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追憶  作者: 葉月☆
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第三章 大切な場所で




(何なの、あの態度!?・・・あんな人格破綻者がいつか先生になるなんて信じられない。)


小雪はむしゃくしゃした気持ちのまま、学校を後にした。


・・・しかし、そのまま家へは向かわない。

彼女にはいつも寄り道する場所がある。





それは・・・大切な人が死んだ場所。








大切な人−駿−は、小雪と彼女の従兄弟である風との共通の友人だ。


駿が小雪の通っていた小学校に転校してきて以来、三人はいつも一緒だった。


彼は同い年なのにもかかわらず、風と小雪の世話を何かと焼いてくれる、二人にとっては兄的な存在であり、そしてとても優しい人物であった。


小雪はそんな彼が大好きだった。


「小雪。」


駿が自分の名を呼んでくれるだけでとても嬉しかったことを小雪はよく覚えている。


でも・・・もうその名を彼が呼んでくれることは、無い。


彼は死んだ。


私の目の前で。


彼は私の事を恨んでいるかもしれない。


なぜなら彼は・・・私が殺したようなものだから。






駿との思い出がたくさん詰まったイチョウの両脇に並ぶ坂道を小雪は駆け上る。


満開の桜がはらはらと舞う。


季節が秋から冬へ移り変わるころ。




−駿の命日がもうすぐやってくる−






並木道が途切れたところで小雪の足は止まる。


目指していた場所に着いたのだ。


町外れにある、今ではほとんど人が来ない錆びれた公園。


遊具は数えるほどしかなく、トイレすらも存在しない本当に小さく粗末なもの。




―三人の秘密の場所―


この公園に向かって、目を閉じて手を合わせるのが小雪の日課だ。


瞼を閉じれば、浮かぶのは駿の笑顔。


優しくて、朗らかで・・・穏やかな微笑み。


小雪に向かって、あの頃の姿で満面の笑みを浮かべて手を振っている。



手を伸ばせば、すぐ駿に届きそうな気がするのに・・・本当は決してもう届かないところに駿は、いる。


分かっているつもり、だ。


でも、今でもここに来るたびに、いつも涙が出そうになる。


彼の名前を呼びたくなる。



―駿、今どこに居るの?元気にしてるの?私を助けたこと・・・後悔、してる?―



聞きたいことはたくさんある。

だけど、知ることはかなわない。



理解しているのに頭がついていかなくて・・・いつもここまで考えて、そこで思考が停止してしまう。


答えが出ないことばかり考えても仕方ないのに・・・堂々巡りの考えを巡らす。


ただ一つ小雪に分かることは・・・もう小雪が駿にしてあげられることは無い、ということだけだった。






「・・・そこで何やってんの?」

不意に声をかけられて、小雪は現実に引き戻された。


目を開けて手を合わせるのをやめ、小雪はその声のした方向に目を向けると、小雪と同年代くらいの青年がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


少し天然の入った明るい茶髪が目を惹くその青年は、小雪の前まで来ると足を止めた。


青年が不思議そうな顔で小雪をまじまじと見つめてくるため、小雪は少したじろく。


「なっ・・・何か?」


「あっ、ごめん。いや・・・ここにも人が来ることがあるんだなって思ったから、つい。ここに来始めてから一度も誰にも会ったことなかったからさあ。」

愛想よく笑いながら青年が言った。


「そう・・・なんですか。」

小雪はまだ戸惑いの余韻を残しながらも、なんとか返答した。


「うん。・・・そうだ!・・・あのさぁ、君暇?」

突然顔をぱぁっと明るくした青年は、小雪に向かって尋ねた。


「・・・はい?」

いきなり突拍子も無いことを聞かれ、小雪は思わず聞き返した。


「もし良かったら一緒に話さない?俺ちょうど行き詰ってたところだったんだ。・・・ねっ、お願い。」

青年は両手を合わせて、頼み込むポーズを取る。


「えっ・・・はぁ。」

小雪は青年の勢いに圧倒され、思わず生返事を返してしまった。


「あっ・・・!」

しまったと思ったときにはすでに遅く・・・青年はうれしそうににっこりと笑っていた。


「良いの!?やりぃ!・・・じゃあ中に入って話そうよ。俺、中に道具置いてるから。」

切れ長の目を少年のように輝かせた青年を前に、もはや小雪に断る勇気は無かった・・・。







本当はすぐに断るつもりだったのだ。


よく分かりもしない人と話すことは、人見知りなところがある小雪には苦手とするところだったから。


・・・しかし、つい青年の勢いに流されて話をすることになってしまった。


このまま帰ってしまいたい心境に駆られたが、それはさすがに失礼に値するだろうという気持ちから、今、小雪は青年の隣に座っている。



この小さな公園に一つだけ存在する、小雪が住んでいる町がよく見渡せる位置にあるベンチに、小雪たちは、居た。


どうやら、青年はここで何かをやっていたあげく、煮詰まっていた・・・らしい。


「・・・それで、あなたはここで何してたの?」

単刀直入に小雪は尋ねた。


「絵。」


「え?」


「絵・・・描いてたんだ。」

今までの元気はどうした?と小雪が思わず質問したくなるくらい、小さな声で青年は言った。


・・・どうやら照れているらしい。



確かに、言われてみると、青年が座っているベンチの右側のほうには絵の具や水入れが置いてあり、青年の膝の上には、いつ置いたのだろうスケッチブックが存在していた。


小雪には、正直意外だった。


それというのも、青年はいかにも体育会系だったから・・・。


・・・別にごついという意味じゃない。


彼のかもし出す雰囲気は、年相応のはつらつとしたもので、いかにも運動が得意そうな身軽な体つきだった。


だから、あまり絵を描くというイメージは湧かない。


むしろサッカーだとか、野球をしているというほうが説得力があった。



「・・・似合わないよな、やっぱり?」

暫しの沈黙が続いたとき、青年はぽつりと呟いた。


「えっ・・・?」


「・・・よく言われるんだ。(全然似合わない)って。俺には運動してるほうが似合ってるんだってさ。確かに俺、運動も好きだよ。高校の途中まではサッカー部だったし。でも・・・絵を描くことは、どうしても諦められなかった。」

寂しそうな表情で、青年は言った。


まるで出会ったときの彼とは別人のようである。


・・・絵について、これまで悩むことも多かったのだろうか。



「・・・私は、良いと思うけどな。」

小雪は言った。


「・・・どうしてだ?」


「だって、貴方は・・・えっと、名前は?」


勝司かつじ。」


「勝司君は絵を描くことが好きなんだよね?・・・なら何言われたって気にしなきゃいいよ。諦める必要なんて無い。・・・好きなことを続けたいっていう気持ちがなりより大切なことなんだから。」

思っていることを素直に、小雪は勝司に告げた。


勝司に元気になって欲しかったのだ。


出会ったばかりの変わった人間ではあるものの、勝司の態度は好感の持てるものだった。


・・・だから、気がつくと小雪はそう言葉に出していた。



「・・・。」


「・・・あっ!?あたし何言ってんだろう!?・・・ごめんね、差し出がましいこと言って。余計なこと・・・だったね。」

勝司が無言になってしまったため、小雪は急いで謝る。



よく考えてみれば失礼な話だ。

相手のことを良く知りもしない人間に、勝手なことを言われても、きっと煩わしいだけなの

に・・・。


「・・・とう。」

不意に、勝司が口を開いた。


「・・・えっ?」


「ありがとう。・・・おかげで元気が出たよ!何かごめん。・・・描くことに煮詰まっちゃうとさ、何かブルーになっちゃって、昔言われた嫌なこととか色々思い出しちゃって・・・君につい愚痴っちゃった。こんな話するつもりは無かったんだけど・・・本当にごめんな。」

微笑みながら、勝司は言った。



どうやら本当に元気が出たようだ。

笑顔に最初に見せた明るさが戻って来ている。


それを見て、小雪は内心ほっとした。


「・・・あっ、うっかりしてた。そういえば、君の名前は?」

勝司はハッとしたように言った。


「あれっ・・・?まだ、言ってませんでしたっけ?」

小雪は目を丸くする。


「聞いてない。じゃあ改めて自己紹介。俺は不破勝司ふわかつじ。年は19で、現在大学1年生。ちなみに趣味は絵を描くこととサッカー、以上!」


「へぇ・・・って、えっ!?19歳なんですか!?」

驚いて、小雪は思わず声を荒げた。


「そうだ。・・・そんなに驚くようなこと?」

不思議そうに勝司は尋ねた。


実際のところ小雪にとっては驚くべきことだったのだ。


勝司は年下に見えこそすれ、年上にはとても見えなかった。


どちらかというと童顔な顔つきであるからなのかもしれないが、彼の放つはつらつとした少年

らしい空気のせいなのかもしれない、と小雪は秘かに思う。


「いえ・・・そんなことは。」


「そう?それなら良いけど・・・ほら、今度は君の番。」

無邪気な顔で勝司は言った。


「えっ・・・あたしもやるんですか?」

小雪は思わず聞き返す。


「当たり前。一人で自己紹介って虚しいだろ。・・・なっ?」

勝司は小雪に向かって期待をこめた眼差しを向ける。


小雪はこういう自己紹介のような形式が苦手だったので、正直戸惑ったが、言うより他に手立

てが無く、仕方なく口を開いた。


「・・・私は、有森小雪。17歳で、高校2年生。趣味は本を読むことと・・・ピアノを弾くこと、かな。」

かすかに恥ずかしさのため頬を赤く染めながら、小雪は言った。



「小雪ちゃん、かぁ。良い名前だね。何か君にぴったりだ。」

うんうんと頷きながら、勝司が言う。



「そっ・・・そうですか?」

そんなことをあまり言われたことが無かった小雪は、半信半疑で勝司に聞き返した。


「うん。白くて、ふわふわした女の子らしい感じがまさに小雪ちゃんって感じでとっても似合ってる。」

笑顔でそうはっきり言い切られると、小雪のほうがなんだか照れくさかった。


しかし、小雪は自分の名前が気に入っていたので、似合っていると言われて、実はとても嬉しかったのだ。

お世辞だとは分かっていても、気持ちがほんのりと温かくなるのを、小雪は感じた。


「あっ・・・ありがとうございます。」

小雪がそう礼を言うと、勝司は照れくさいのか、

「俺は本当のこと言っただけだから、お礼なんて良いのに。」

と笑いながら言った。


「・・・でっ、でも、不思議ですよね!」

小雪が無理やり話題を変えた。


「えっ、何が?」

勝司は聞き返す。


「最初に会ったとき、不破さんは(ここに来始めてから一度も誰にも会ったことなかった。)って言ってましたよね?私実は毎日来てるんです。だから会わなかったなんて不思議だなって。」

小雪は言った。


「確かに・・・あっ、でも俺最近まで大学からこの公園まで歩いてきてたんだけど、さすがに遠くて疲れちゃったから、最近バスを使い始めたんだよ。だから時間が少しずれたのかも。バス使うのはどうかなって思ったんだけど・・・正解だったな。」

勝司は微笑んだ。


「どうして・・・?」

言葉の意味が汲み取れず、小雪は聞き返した。


「・・・小雪ちゃんに会えたから。ここで友達が出来るなんて思ってもみなかったから、すごくうれしいよ。」

屈託の無い表情で勝司は言う。


「友達・・・ですか?」


「うん。・・・あっ、もしかして嫌だった?」

勝司が余りにも寂しそうな顔をするため、小雪は慌てて首を横に振る。


「そんなことないです!・・・私、ここで友達が出来るなんて思ってもみなかったから、戸惑っただけで・・・。」


「そうだったんだ・・・良かったぁ。嫌われちゃったりしてたらどうしようかと思ったよ。」

心底安心したように、勝司は笑った。


そのとき、町の中心にある時計台から5時を告げる鐘が鳴り始める。



―トロイメライ―



・・・駿が大好きだった曲だ。


部活もしていないのに遅く帰ると、不思議に思われてしまうため、小雪はこの鐘が鳴ると、家に帰ることにしている。




小雪は、自分がここに通っていることを、両親にも、友人にも、風にすらも言っていなかった。


言ったらきっと心配をかけてしまうから。


駿が死んでから一年くらい、私は抜け殻のような生活を送っていた。


いつも当たり前のように一緒に居た駿が、今は私の隣に居ない・・・それが受け入れられなくて、悲しくて・・・そんな私だったから、両親や周囲の人たちにすごく迷惑をかけた。


それが分かるようになったのはそれから2年後。


少しずつ現実を受け止められるようになってから・・・今まで周りに心配を掛け続けてきたことが理解できた。



それから・・・なるべく笑うように、何にでも精力的に取り組むように、努力、した。


最初は違和感を抱いていたそれらも、少しずつ慣れてくると普通になった。


自然に笑えるようになったし、休みの日には遊びにいくことが出来るようになって・・・元の生活に近くなっていく。



でも・・・それは同時に駿との距離を如実に示すような気がして、何だか素直に喜べない自分が居た。




だから・・・だから今も小雪はこの公園に通っている。


自分のしてしまったことを忘れないために・・・駿のことをいつまでも心に刻み付けておくために。



「・・・私、もう帰らないといけないんです。不破さんは?」

小雪が尋ねる。


「俺はもう少しここにいるよ、もう少しここで描いてたいんだ。」


「そうですか・・・。」


「ねぇ、小雪ちゃん、毎日来るって言ってたけど・・・また、明日も来るの?」

勝司は小雪に聞いた。


「はい・・・そのつもりですけど?」

小雪は答える。


すると、勝司はとても嬉しそうに笑った。


「そっか!じゃあ、また会えるな。そのときは、俺とまた一緒に話さないか?」


「あっ、はい、ぜひ。・・・それじゃ、また来ますね。」

小雪は、ベンチから鞄を持って立ち上がった。


「うん、それじゃあな!」

笑顔の勝司に見送られて、小雪は公園を後にした。



足どりも軽やかに、公園から出た小雪は、坂を駆け下りる。


今まで、こんなにこの公園から去るとき明るい気持ちだった事は小雪には無かった。


勝司の明るい笑顔は、小雪の心までほぐしてくれるような気がする。


会ったばかりの人なのに話しやすく思えたのは、彼の性格のせいもあったのだろうが、どことなく駿に似ているからかもしれなかった。


顔が似ているとかそういうのでは無い。


纏っている雰囲気が似ているのだ・・・明るくて、温かい・・・そんな雰囲気が。


(何だか、良い友達になれそうな気がするな・・・。)

小雪はそんなことを思いつつ、日が落ち始め、闇に包まれつつある景色の中、家路を急いだ。






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