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追憶  作者: 葉月☆
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第二十二章 憎悪




久しぶりに、あの子を見た。


謹慎が解けて学校に再び戻ってきてから数日、彼女には一度も会っては居なかった。彼女は自分の前で宣言したとおり自分の前から「消えた」。


元々一階に用があることなんて殆ど無いのだから、今まで毎日のように彼女に会っていたことのほうがめずらしいことなのだろう。



数日たった今でも思う。「逃げた」のは彼女ではなく自分ではないかと。



そのきっかけを作ってくれたのは確かに彼女だ。しかし、実際逃げたかったのは誰でもなく自分のように思えてならなかった。


彼女と対話していくうちに気づいてしまったのだ・・・駿の死を責めることに意味は無く彼女に咎があるわけではないということに。


だが、その事実を信じたくなくてずっと目を背け続けていた。恨む人間が誰も居なくなったら、残るのは駿が死んだという事実だけ。それが綱紀自身耐えられなかったのだ。



でも、今は・・・その事実を少しずつ受け入れられるようになった。それは・・・おそらく彼女のおかげだ。彼女の真っ直ぐさを見るたびに、彼女を恨み続けることを馬鹿らしいように思えた。それほど、弟が好きだった少女は素直な人間だった。




教育実習生であるために後期の帰宅時間は早い。今日も5時半くらいには業務が終了した。


荷物をまとめて音楽室を出、廊下を通る際に何気なく窓から外に目を向けた・・・そこから見えた光景に思わず足を止めた。



窓から見えた裏庭には数名の上級生と思われる女子と男子に囲まれる、あの少女が居た。


なにやら険悪な雰囲気である。少女は困った表情を浮かべ、上級生はいちおうに恐ろしい形相で彼女を睨みつけている。



何故彼女があんな所に呼び出されているのかということには察しがついた。上級生の中で一番すごんでいる生徒・・・あれは自分の所に何度か通ってきた生徒だった。


おそらくあの集団が彼女に対しての怒りを引き出した原因は自分にある。こうなることも計算のうちに入れていた。


自分がしむけたことだった・・・なのにこんなに釈然としないのは何故なのだろう。




綱紀は向っていたほうと逆の方向を向き、走り始めた。







全身が、逃げろ、と叫んでいるのを感じていた。


それほど彼女の目の前にいる人間達がまとうオーラは尋常ではなかった。

彼女以外のここにいる全ての人間が、自分の事を憎んでいる。その事実に嫌でも気づかされた。


憎しみをぶつけられることに慣れたのではないかと、小雪は思っていた。でも、そうではなかった。負の感情をぶつけられることに慣れることなんてありはしない。いつだって胸はずきずきと痛むし、受け止めることが辛くて知らないふりをしてしまいたくなる。


「有森さん、ちょっと調子に乗りすぎなんじゃない。自分は興味ないですみたいなふりしちゃってさぁ、先生に色目使って、騙しちゃって。なんかさぁ、友達の好きな人だったのに取っちゃったらしいじゃない。噂になってたわよ。・・・あんた自分が最低だって分かってる?先生も馬鹿だよね、あんたみたいなのに騙されてあげく謹慎食らっちゃうなんて。教育実習生なのにまずいでしょ。本当、全部あんたのせいだからね。」


今だってそうだ。怖いものすごく怖い・・・逃げ出したい・・・胸が苦しい。


様々な方向から向けられる憎しみのこもった眼差し。特に小雪の目の前で喋っている茶髪の上級生はその中でも一番恐ろしい形相で憎悪を全身からみなぎらせている。



小雪を裏庭までつれてきた先輩は、一言小雪に謝るとそそくさとその場を立ち去ってしまった。かかわりたくない、そういうことだろう。でも、きっと彼女は好きでしたわけではないだろうけれども。


裏庭には数人の先輩達が居た。その中の先輩―今小雪の前にいる先輩―には見覚えがあった。茶色に染めた長い髪に、大き目のピアスをしたその人は、素行が悪いと有名な先輩だった。男好きで有名で、いつもその整った顔立ちを生かして、とっかえ引返しているらしいというもっぱらの噂で、そのほかにも良い話を聞いたことが無い。



「先輩は・・・先輩は先生のことが好きだったんですか。」

思わず口からそう出てしまっていた。


その噂が本当ならば、先輩は彼の事にそこまでむきになる必要はない。ならば、彼女は先生のことを本気で・・・?


まさか直球でそんな質問が来るとは思っていなかったらしく、少女はぎょっとしたようだったが、しばらくしてふっと笑った。


「・・・好きだったわよ。今まで私になびかなかった人なんていなかったのに、あの人は違った。私を平気で振って、おまけにあんたなんかと噂になって・・・むかついてしょうがないわ!!」

そう叫ぶと、先輩は小雪を憎悪の満ちた瞳でにらみつけた。


あまりに恐ろしいその視線に小雪は身がすくんでしまう心地を体全体で感じる。しかし、目をそらすことはあえてしなかった。まっすぐに先輩を見据え、言葉をつむいだ。


「それは・・・好きだとは言わないですよ。」

小雪は静かに言った。

「何ですって・・・。」

意外な言葉だったのだろう、先輩は目を見開いて小雪を見つめている。


「相手を独占したいって気持ちは、分かります。それで苦しい気持ちになることだって・・・でも先輩は自分のことを好きにならなかったから腹を立てているだけでしょ?それは好きだとは言いませんよ。」

淡々と小雪は言う。だんだん意味が汲み取れてきたのだろう・・・先輩の顔つきがどんどん険しくなっていく。


自分でも意外だった、こんなことを言うなんて。でも、彼女の言っていることは間違っていると、思ってしまったのだ。以前の自分なら、絶対に謝るだけで済ませてしまったはずなのに。


「あんた・・・許さない。生意気なんだよ!!あんた達・・・。」

そう言って先輩は後ろにいる男達のほうを見た。3人の男は、その言葉を待っていたかのように一応ににやりと不快を与える笑みを浮かべる。


「穏便に済ませてやろうと思ったのに・・・あんたのせいだからね。あんた達・・・この子、好きにして良いよ。」

そう言って先輩は小雪を見て、ふっと鼻で笑った。


「二度と先生の前に出られない体にしてやるよ・・・。」

やばい・・・本能的に小雪は感じ取り、体の動きを封じようと近づいてきた残りの女子の先輩たちを振りほどき、後ろも見ずに駆け出した。


不意をつかれたため少し遅れて、その後を男達が追っていく。








「逃げても無駄よ・・・。」

一人残った少女は薄く笑みを浮かべて少女はぽつりと言った。残酷なほど、その笑みは冷たかった。







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