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追憶  作者: 葉月☆
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第十五章 部屋







田村が車を止めたのは、線路沿いに建てられた家々の中の1つである二階建ての古いアパートの前・・・どうやらここが綱紀の家らしい。



彼が車を降りたのに続いて、小雪も降りる。


「お前先に部屋まで行ってろ。俺はこいつ連れて行かないといけないから。部屋は2階の一番奥。」

後ろのドアを開けて中に入りながら田村は言う。


「はい、分かりました。」

小雪は返事をした。


「あっ、それとこれ。」

なにやらごそごそ車内でやっていた田村がひょっこり顔を車から覗かせて、小雪の方に何かを投げてきた。


小雪はそれに反応してその物をキャッチする。

手に取ったものを見ると、銀色に光る鍵だった。


「鍵開けよろしく。」

田村が言う。


勝手に開けて良いものだろうか・・・と小雪が一瞬戸惑ったことに気づいたのか、



「俺はこいつ連れて行かないといかんから開けられない、頼むわ。」

と付け足されたので、小雪はおとなしく彼の部屋に先に向った。


錆びついた階段がぎしぎしと小雪が登るたびに鈍い音を立てる。


踏み台のいたるところに穴が開いていて、いつかは破けてしまうのではないかという心配を無駄にしてしまった。



一体ここは築何年の家なのだろうか・・・小雪が見る限り軽く30年は越えていそうだった。



昔のドラマに出てきそうな木で出来た壁と鍵を掛けていても壊せるのではないだろうかと思わ

れるような簡単なつくりの扉で出来た部屋の前をいくつか通り、田村の言葉通り一番奥の部屋を目指した。



部屋には表札が出ていなかった。


着いて、先ほどもらった鍵を開ける。


がちゃりという音とともに、何の抵抗も無くドアの鍵は開いた。


すこし緊張しながら小雪はドアノブを回して部屋に入る。




部屋の中は彼の部屋らしい、余計なものが何もないすっきりとした内装だった。


およそ6畳の部屋にはタンスと机、そしてベッドがあるだけという生活感を感じさせない、モノトーンで統一されたどこか寂しい部屋。


唯一流しの中に置いてあった使用されたと思われる皿が、ここに人が住んでいることを示しているように思われた。



小雪は部屋の中を見回していたが、ガタリという音がしたため慌てて玄関に戻り、戸を開けた。


やはり物音の正体は田村で、

「おっ、サンキュー。」

と言って、小雪が扉を押さえている間に部屋に履物を脱いで部屋に上がった。


綱紀は、相変わらず身じろきひとつせずに彼の背に乗っている。


普段の彼には想像もできないほど素直な態度である。


意識が確かならば絶対に拒絶するはずだ・・・他人の助けが誰よりも嫌いな人間であるだろうから。



田村は何度か部屋に来たことがあるのか、全く迷うことなく綱紀のベッドまで進むと、後ろを向きゆっくりと背中からベッドに綱紀を横たわらせた。


そして上から掛け布団を掛ける。


「よし、これでひとまず大丈夫、かな。俺は一旦学校に帰る・・・授業は無いが仕事は一応残っているからな。お前も学校に・・・。」


「私は、ここにもう少し居ます。このままにしておくのは心配だし・・・先生に無理させたの、たぶん私のせいだから。」

小雪がそう言うと、田村は苦笑した。


「お前は残るって言うと思ったよ。・・・調子悪くなって早退したってことにしといてやるから安心しろ。後で鞄届けてやる。」


「・・・ありがとうございます。」

田村の気遣いに、小雪は礼を言った。


仕事終わったら覗くからそれまで綱紀のことよろしくな、そう言い残して彼は去っていった。



田村が居なくなった後、小雪はしばらく綱紀の顔を見つめていた。


綱紀は相変わらず目を覚ますことなく、いつもは決して見ることの出来ない穏やかな表情を浮かべて眠っていた。


男の人にしては長いまつげ、目をつぶっていても分かるはっきりとした二重、女の人のように

白い肌・・・やはり彼はとても綺麗だった。


女の小雪からすれば、その美貌は羨ましいものである。


そっと綱紀の前髪を上げて、額に手を当てる。


やはりまだ熱い・・・一度も起きていないから薬も飲めていないし、下がらないのも当たり前からかもしれないが。



小雪はタオルの場所も分からなかったので、自分のスカートに入っていたタオルを濡らして彼の額にゆっくりと起こさないように慎重に乗せる。


突然の冷たさのせいだろうか、タオルをのせた際に「うっ・・・」と低いうめき声を上げて眉間にしわを寄せたが、それでも瞳を開くことは無かった。



この人を追い込んだのは・・・私のせいかもしれない。


熱を出すほどに、彼は疲労していたのだろう。


思えば、自分と同じ空間に彼の大切なものを奪った女がいるなんて虫唾が走るほど嫌な状態だろう。


彼に自分の気持ちを分かってもらいたくて音楽室に通っていたけれど、それは逆効果だったようだ・・・彼の苦痛しか自分は引き出すことが出来ない。



これからは・・・あの音楽室には行かない。


彼が悲しい思いをするのは目に見えているから・・・これ以上苦しんでほしくないから・・・。



「ごめん・・・なさい・・・。」


涙が・・・一粒彼の顔の上に落ちた。


慌てて優しく彼の顔から水滴を拭うが・・・涙が止まらなくなって彼から顔を背けた。



謝ってもすまないことをした・・・彼の前では決して泣くことは許されないほどのことを。

でも、今日は耐え切れなかった・・・後から後から涙がこぼれる。



駿を大切に思っていた彼が・・・どれほどの悲しみを抱いたか計り知れない。


その心は今も彼を苦しませ続けている・・・その要因である私にとって。


ごめんなさい・・・貴方の前には二度と顔を見せないから。


どうか苦しまないで・・・前を見て、今を、生きて。




力が抜けて小雪はその場に座り込む。







そして、しばらく綱紀に聞こえないように声を潜めてひとしきり泣いた。








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