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追憶  作者: 葉月☆
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第十四章 真実



真っ白なベッドに横たわる男は穏やかな寝息を立てて眠っている。


そんな姿に小雪は安堵しつつも、濡れたタオルを起こさないように細心の注意を払いながら男の額にゆっくりと当てた。



綱紀は、音楽室で小雪と話している間に倒れた。


ちょうどその時音楽室にやって来た田村がちょうど授業がもう無かったため、彼を病院に連れて行ってくれることになった。


田村は倒れている綱紀と、その傍に居る小雪の姿を見て一瞬呆然としていたようだったが、すぐに綱紀に駆け寄ると、彼の様態を調べ始めた。



彼には熱があった・・・しかもかなり高い。


荒い呼吸を繰り返している。



保健室では間に合わないという田村の判断から、綱紀を病院へ連れて行くことになった。


小雪は彼に止められたが、授業に行っても心配で見に入らないことが明らかだったので、反対を押し切り、彼の病院についていくことを決めた。



幸いなことに、教員専用の駐車場は校舎から離れたところに位置しており、校舎の裏から出た小雪たちは目立つことなく学校から出ることが出来た。


そうでなければ、綱紀を負ぶった田村と、その傍にいる噂の渦中にある小雪が歩いている姿はかなり目立ってしまっていることだっただろう。



彼の診断は風邪。


ただ、疲労が溜まっており、しばらくは安静にしておかないと治りづらいだろうということだった。



そして、現在治療が終わり、綱紀の自宅に向う田村の車の中に小雪はいた。


6人乗りの四角い白いワゴン・・・車内は思ったよりも綺麗にされていて、小雪は拍子抜けした。


田村の性格や、教師用机の上の状況から想像することは到底出来ないこの状態。


もしかしたら彼の妻が綺麗好きなのかもしれない・・・彼は確か結婚しているはずだ。


この何にも囚われない自由人を素で生きてそうな男が妻の尻に敷かれている所を想像すると、不謹慎ではあったが小雪には少し面白く思えた。



そんなことを思いながら、小雪はちらりと後部座敷に目を移す。


そこには綱紀が横たわっている。


こちらに顔を向けず、背もたれのほうを向いているが、未だ彼は目覚めない。


静かな車内に、彼の規則正しい寝息が小さく響いていた。



「お前ら本当に付き合ってないの?」

そんな時、田村は不意に小雪に尋ねてきたため、びくりと小雪は体を反応させて田村の顔を見た。


しかし、それは好奇心で、というわけではなさそうだった。


助手席に座る小雪が見る限り、彼はいたって普通・・・いやむしろいつもより真剣な表情のように見えた。


小雪は横に首を振る。


「私は先生と恋人なんかじゃないです。あの噂だって、色々な誤解があって・・・。」

信号に差し掛かり、車を一時的に止める。


その間、煙草に火をつけて吸う。


一気に車内には煙草特有の香りが漂う。


もっとも、小雪は煙草が苦手ではなかったから苦痛には感じないが。


「へぇ・・・キスは嘘だって完璧には否定しないのな。」

何気なく言った田村の発言に小雪はしまったと思う。


「それは・・・。」

特に言い訳も思いつかず、二の句が告げない小雪。


「有森って嘘つけないだろ?顔に図星ですって書いてあるぞ。」

田村は苦笑しつつ言う。


そして信号が青に変わり、煙草をくわえたまま、再び車を進行させる。



「綱紀は、誰にも興味を示さない奴だと思ったんだ。」

再び沈黙が訪れた車内。


小雪はこの気まずい状況をどうにかしたかったが、これ以上何かを話したらまたあの噂の信憑性が露になってしまいそうで、何も言えず口をつぐんでいた。


そんな不安定な雰囲気を振り払ったのは田村だった。


「えっ・・・それってどういう意味ですか?」

小雪はその言葉の意味が気になり、田村に聞き返す。


「俺はあいつの高校時代の担任だったんだよ。俺が知る限り、あいつはいつも何を考えているか分からないくらい自分の考えを相手に悟らせない奴だった。いつも冷静な面下げていて、殆ど笑う事だってない。したくないことはしないし、興味がなければ眼中にも入れない。だから友達だって数人しかいなかった。でもな、ピアノを弾いているときだけはあいつ楽しそうでなぁ・・・音楽室にだけは惜しまず通って来ていた。」

(ちょうど有森みたいにな)と田村は付け加える。


「そんな奴だけどあの顔だろ?学生時代は相当もててなぁ・・・あいつはあの性格だからいつも適当にあしらっていた。あいつは誰にも本気になってなかったような気がする。だが、お前に対してはどこか違う・・・あいつは誰にも興味を持たない。なのにお前が来る時間あいつは必ず音楽室に居た・・・あいつの仕事時間は終了しているのに、だ。だから俺は・・・。」


「違います。」

小雪は田村の言葉を聞いていられなくて遮った。


興味、じゃない。


彼が自分に対して抱いているのは憎しみと怒りの感情だけ。


それ以外には何も無い・・・興味だなんて問題外。



「えらく・・・きっぱり言い切るんだな。」

呆れたように田村が言う。


「・・・だって、私嫌われていますもん。」

小雪は言いながら苦笑した。


「嫌われている、ねぇ・・・それ本人に言われた?」

田村の質問に小雪はうなずく。



「偽善者ぶるのもいい加減にしたら?君のそういうところが・・・僕は嫌いなんだ。」



思い出して、小雪の胸がずきりと痛んだ。


直接言われると、さすがに傷つくものだ・・・好かれているなんてありえないが、嫌われていると実感するのはいささか辛い。



ふっと突然田村は笑った。


「・・・どうしたんですか?」


「いや・・・有森は分かってないなと思って。」


「えっ?」



「興味を持たないってことは、嫌いって感情も持たないって事だ。あいつはそういう奴だ。あいつの冷たい言葉ばかりを真に受けるな・・・本当に伝えたいことを汲み取ってやってほしい。・・・あいつの本心はそこにある。」







勝司は、一人道路沿いの道を歩いていた。


大学の講義も午前で終了したため、自宅に帰ることにしたのだった。


茂がどこかに遊びに行こうと渋っていたが仕方がない。


あいつが自分の事を元気付けようとして誘ってくれているのは知っていたため申し訳ない気持ちを抱きつつも、断った。


何だか一人になりたい気分だったから。



国道であるため、車通りは激しくスピードを上げた車が勝司の横を通り過ぎる。


学校が早く終わったらしい小学生が、何度もすれ違う。



しかし、そんな光景も勝司の瞳には映っていなかった。


常にうわの空・・・頭の中では小雪のことばかり考えている。



彼女が好きだという気持ちに、本当は茂が言う前から気づいていたのかもしれない。


でも、あえて見て見ぬ振りをしていた。



相手は自分よりも二つも年下の高校生。


そして・・・ずっと好きな人が居て、その人の事を思い続けている。



彼女が彼と過ごしていた時間は、自分との時間よりも何倍も多くて、その分思い出だってきっとたくさんある。


勝てるはずがない、と思っている。


でも初めから逃げ腰なんて格好悪い、こんな自分は嫌いだとも思っている。



・・・もう諦められないところまで心があふれ出しているのは分かっていた。



彼女の笑顔も悲しい顔も、困った顔もはにかんだ顔も、全部好きだ。


小雪のことを考えるだけで胸が熱くなって鼓動が早くなる。


頬が火照る・・・まるで自分じゃないみたいな、純粋な反応に正直勝司は戸惑っていた。



出会って間もないのに、彼女のことをこんなにも自分が好きだなんて、相当驚いているはずなのに、妙に納得している自分が居ることにも心のどこかで気づいている。


初めて会ったときもそうだった。


彼女を呼び止めていっしょに会話することに、何の不自然さも抱かなかった。


むしろさも当たり前のように、彼女が居てくれると絵が進むことを知っているかのように、自分は彼女を引きとめた。


後で考えても勝司自身不思議なことだった。


一目ぼれとは違う気がする。


確かに小雪は可愛いが、自分は一目ぼれをするような可愛い性格をしていない。



じゃあどうしてなのか。



分からないけれど・・・彼女といっしょにいると安心する。


それが答えなのかもしれない、と思った。


知らないうちにその答えを見つけて声を掛け、そしてその暖かさに触れ、気づいたときには正解を見出したような気がする。



俺は小雪ちゃんのことが好きだ・・・例え彼女が誰を好きだとしても、この気持ちに偽りはない。



そう明確に気持ちが定まると、何だか気持ちがすっと晴れたような気がした。


好きなものは仕方が無い・・・こればかりは抑えた所でどうしようもない気持ちだから。


彼女に気持ちを伝えるかどうかは別にしても、自分の気持ちがはっきりと分かったことで少し前に進めそうな気がした。

だいたいもやもや考えているのは自分の性に合わないし。



気持ちが定まると自然と周囲が見えてくるものだ。


いつの間にか、勝司はいつも曲がらなくてはならないところをだいぶ過ぎた場所まで来ていた。


その事実に気づいて勝司は苦笑し、もと来た道を引き返そうとしたが、ふと目の前の歩道が目に付いた。


黒いランドセルを背負った小学生低学年くらいの男の子が歩道の向こう側に居る同級生らしき男の子に手を振っている。


そしてそのまま道路を渡って彼らの場所へ行こうとした。

信号は赤・・・危ないことをするなと思って見ていた勝司だったが、ここから少し先にあるカーブから曲がってきた車の存在に気づく。


スピードを上げて急に曲がってきたため、男の子もまだ気づいていない。

そのまま道路に足を踏み出す。


「危ない!!」

勝司はそう叫ぶと、考えるよりも先に彼の元に走り出し、彼が駆け出すのを防ごうと手を伸ばす。


幸いなことに、彼の制止の声が聞こえたのか男の子は立ち止まったため、勝司の手は彼の腕に届いた。


その瞬間、だった。


鈍器で殴られたかのような鋭い痛みが頭の中を侵食した。


何とか男の子を道まで引き戻したが、立っていられなくなり、男の子が無事だと確認した後、頭を手で押さえてうずくまった。


「兄ちゃん、大丈夫・・・?」

男の子が勝司に心配そうに問いかける。


「大丈夫だから・・・ちょっと立ちくらみがしただけ。もう行きな。今度は危ないことするなよ。」

勝司は無理やり笑顔を作り、彼を見上げて言った。


男の子はその言葉にしっかり頷いて、「ありがとう」と不安そうな表情のままそう告げ、やがて去っていった。



勝司はそれを見届けて、立ち上がることも出来ずにそのままの体制で頭痛が治まるのを待つ。


「・・・何だ・・・。」

男の子の手を掴んだとき、勝司は一瞬こんな光景がどこかであったような気がした。


そのせいなのかは分からないが、直後に起こったこの頭痛。



・・・痛みとともに、様々な場面が一気に勝司の頭の中に流れ込んできた。


勝司が忘れていた、数々の記憶たちが・・・。








確かに自分は、過去に人を助けたことがあった。





・・・自分にとって大切な、大切な少女を、彼は助けていた。







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