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追憶  作者: 葉月☆
11/23

第十章 噂







次の日、弥生は学校に久しぶりに登校した。



さすが弥生というべきか・・・お見舞いに行ったときの憔悴しきっていたのが嘘のようにいつもの格好に戻っていた様子を見て、1人小雪はほっと胸をなでおろした。


ただ1つ違うのは、弥生が小雪と口を聞いてくれないということだ。



澪とは普通に口を聞いていたが、小雪が近づくと何処か他の方に行ってしまう。


その様子を目の当たりにした澪は苦笑した。


弥生の行動だけで今の状況を察したようだった。


しかし、澪はその話題については触れなかった。


小雪の意思に任せてくれているのだろう・・・それが嬉しかった。



早く仲直りがしたい・・・小雪は授業中、弥生の背中を見ながらそう思った。



彼女との机の距離は離れていない・・・長い髪を時折手でいじる姿も、授業が暇な際にシャー

ペンを回す癖もちゃんと見える距離。


変わらないはずなのに、なんだかとても遠くに感じた。



その一日、小雪は弥生に避けられ続けたままで終わってしまった・・・少し落ち込んだ小雪だったが、仕方が無いと自分を奮いせて、いつものように音楽室に向った。


なんとなく予想はしていたが・・・綱紀は今日は居なかった。


自分の言ったことを理解してくれたのかどうかは分からない。


でも、結果はどうあれ綱紀に本音をぶつけることができてよかったと小雪は思った。





そして、その後公園に向うともう勝司が来ていて、いつものように手を合わせて中に入った小

雪に気づくと、ベンチに座ったまま手を振ってくれた。



昨日来なかったことを勝司に謝ると、幸い快く彼は許してくれた。


「何かあったの?」

と気遣わしげに聞いてきた彼に、ちょっと体調が悪くて・・・と初めて嘘をついた。


これ以上勝司に心配をかけたくなかったのだ。


嘘に気づいたのか、そうでなかったのか小雪には分からなかったが、彼はそれ以上追及してこ

ず、「もう大丈夫なの?」と表情を崩さず尋ねてきた。


小雪が頷くと、

「そう、なら良かった。」

それだけ言って勝司は安心したようににこりと微笑んだ。


そして、いつものように勝司は絵を描きながら、小雪と会話をする。



勝司は主に水彩画を描いていた・・・人物画などではなく、風景画が多い。


よほどこのベンチから見える風景が気に入っているのか、様々な視点でその風景を描いたもの

が何枚かあるのを小雪は目にしている。


しかし、どれも同じ絵に見えないのが不思議だ・・・対象物は同じであるのに、角度や色彩の違い、影の付け具合や技法の使い分けにより、全く違う作品のようだった。


それが、彼の絵の上手さを如実に示しているのだろうと、小雪は密かに思っていた。


しかしそれだけではない・・・彼の絵はとても穏やかだった。


見ているだけで優しい気持ちになれる・・・そんな絵だ。



・・・小雪は勝司の絵を眺めながら、そんな事を考える。



二人の間にはとてもゆったりとした空気が流れていた。








翌日のことだ・・・小雪が朝教室に入ると、様子がいつもと違うことに気づいた。


皆、小雪を見て指を指しては、なにやら小声で言っている。


何だろう・・・と小雪が首をかしげていると、自分の席に落ち着かない様子で座っていた澪が

小雪の姿を認めると駆け足で彼女の元にやってきた。


「小雪!!・・・ちょっと来なさい。」


「へっ?あの、ちょっと・・・!」

小雪は澪に突然手首を掴まれ、引きずられるように教室を出た。


その様子を、少し離れた席から弥生が静かに見つめていた。





屋上に着いたところでようやく小雪は澪に手を離される。


朝ということもあり、屋上には誰も居なかった。


「あんた・・・まずいことになってるわよ?気づいてる?」

澪は小雪の顔を真っ直ぐに見つめて尋ねた。


いつになく真剣な表情に小雪は圧倒される。


よっぽど自分にとって芳しくないことが起こっているのだろうか・・・と小雪は思案する。


「まずいこと・・・って?」


「噂になってるの。・・・あんたと瀬川先生がキスしてたって。」

澪が言った。


「・・・嘘!?」

一瞬何を言われたのか理解出来なかった小雪だったが、徐々にその重大性に気づき大声で叫んだ。


「私がこんなたちの悪い嘘つくと思う?・・・本当のことよ。小雪・・・誰かにキスの現場目撃されてない?」

澪が小雪に尋ねる。


「分からない・・・でも、めったに音楽室に人は来ないし、実際にはっきり見られたのは・・・。」

小雪はそこまで言うと口をつぐんだ。


その現場を目撃したことをちゃんと立証できる人物は、小雪の知る限り弥生しかいない。


しかし、ここでそんなことを言ってしまえば弥生が犯人のように言っているような気がして、

小雪はそれ以上言葉をつむぐことができなかったのだ。


「弥生だけ・・・なんでしょ?」

澪の言葉に、小雪は静かに頷く。


「でも、弥生じゃないよ!・・・弥生はそんな事、しないもん。」

小雪はうつむいて言った・・・弥生はそんなことしない、そう信じたかった。



「私もそう思う。・・・とにかく、噂の元を徹底的に洗ってこきおろす。そうしないと怒りがおさまらないもの・・・もしかしたら、このままだとあんたが危険になるかもしれないってのに。」

苛立ち気に澪は言った。


「危険・・・って?」

小雪は訳が分からず、澪に聞き返す。


(この子は・・・変なとこで鈍いなぁ。)

澪ははぁっとため息をつく。


「瀬川先生もてるでしょ・・・だけどアプローチしてきた人を冷たい言葉と態度で徹底的に排除してきた。それなのに、小雪にキスしたなんて噂が出ると・・・。」


「出ると?」


「ここまで言っても分かんないの!?・・・逆恨みする奴が出てくるかもしれないって言ってんの!」

思わず澪は小雪に対して叫んだ。


「ええっ!?」

小雪は素っ頓狂な声をあげる。


「分かってないなぁ、小雪。何回も言ってるけど、あの人はもてるの。顔は下手な芸能人負かすくらいなんだから。あの弥生が夢中になったのからして、証明されてるでしょ?」

澪の言葉に、小雪は納得したように頷いた。


「だから・・・ファンがたくさん居るの。この噂は、その人達を煽るかもしれない。・・・これはまだ不確かなことではあるけどね。だから・・・気をつけなさいよ。何かあったらすぐ私に言うこと、良いわね。」

澪が念押しするので頷いたものの、小雪は正直それほど心配していなかった。


噂なんて、曖昧なものだからすぐに消えてしまうだろうし、自分が否定しておけば大丈夫だろうと。




小雪はまだ気がついていなかった・・・事はそんなに簡単なものではないということに。







「小雪先輩、一体どういうことなんですか!?」

3時間目が終わった後の休み時間、夜月は2年のクラスにやってきて小雪の姿を見るなり叫んだ。


どうやら、噂はその日のうちに早くも1年にまで回ってしまったらしい。


小雪は澪の机まで行って談笑していたが、夜月を見るなり顔を見合わせて、はぁっとため息をついた。


「あの噂、本当じゃないですよね?まさか本当じゃないですよね!?・・・あんな教師に小雪先輩の純潔奪われてないですよね!?」

夜月は小雪に掴みかからん勢いでそう尋ねた。


顔面は蒼白、目には涙をうっすらためている。


小雪は思わずたじろく。


(うわぁ・・・皆すごい耳澄ましてる。)

冷静に教室内を分析していた澪は心の中で思う。


教室はいつの間にか静かになっていた。


少数の空気の読めない男子が会話しているのみで、後は、目はこちらに向けないものの何も喋

っていない。


先ほどの夜月の大声で嫌でも耳に入ったのだろう。


(それなら・・・それを利用させてもらうのみ。)

澪はこっそり小雪に視線を向ける。


その意味が分かった小雪は、夜月に向って安心させるように微笑んだ。


そして、彼女の肩を優しく掴んで少し離し、間を取る。


「・・・してないよ。噂だから、そんなに気にしないで夜月。心配させてごめんね。」

小雪がそう言うと、夜月の顔は一気にぱぁっと明るくなった。

「本当ですか!?よかったぁ。もしそうだったらどうしようかと思いましたよ!小雪先輩にも

しものことがあったら私立ち直れない・・・。」

とうとう泣き出した夜月は、しゃくりあげながら言う。


小雪はこんな夜月を見ながら罪悪感に胸が痛む。


これは澪が立てた策の一つだ。


どんなことがあっても小雪は綱紀とキスをしたことを認めないこと・・・そうしなければ、面倒なことになるかもしれなかったからだった。


騙しているようなものだ・・・抵抗はあったものの、小雪は澪の案に乗ることにした。


誤解を受けるのはとりあえず避けたい・・・認めてしまったらどのように噂が歪められるか分からない。


小雪はちらりと弥生の方を見る。


彼女はちょうど自分の席で伏せて寝ているところだった。


話を聞いているかどうかは・・・分からない。



そんな時、小雪たちの教室に風がやって来た。


泣いている夜月とそれをなだめる小雪はそれに気づかないが、澪は彼の存在に気づいて彼のい

る教室の出入り口へと足を運んだ。


風は夜月のほうを見ていたが、自分の方に澪が近づいてくることに気づき、彼女に向って微笑んだ。


澪は風の傍まで来ると、軽く一礼した。


「おはようございます、先輩。」


「おはよう、澪ちゃん。・・・夜月の奴やっぱりここに来て迷惑掛けてたんだな。迎えに来て正解だった。悪かったな、すぐ連れて帰るから。」

苦笑しつつ風は言う。


「いえ、かえって好都合でした。」


「は?」

澪の言葉に納得がいかないのだろう・・・風は首を捻る。


「ここじゃあ詳しい話ができないんで・・・ちょっと着いてきてもらってもいいですか?」


そう澪が風に言うと、彼は不思議そうな表情を浮かべたが、

「・・・良いよ。」

と、素直に請け負った。






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