拾
*
「───ふーん。じゃあダーリンは、その《リオト》と《アシュレイ》っていう仲間を探してる途中にパパと出会ったのね」
カイナの右腕に細い腕を絡ませ、ぴたりと体を密着させて歩きながら、エリルは彼を上目に見上げる。
「ああ。……ところでエリル。これからどこへ行くんだ?」
セリルから話を聞いた後、別々にハインハイトの書斎から出て、カイナは迷って一人で屋敷内を歩き回っていたという体でエリルと合流し、二人の声が聞こえたから辿ってきたという体でセリルも合流。
もーセリルとさんざん探し回ったんだからねー!!とぷんすかしているエリルに謝罪するや否や、突如腕を引っ掴まれ引きずられるようにして屋敷から歩くこと二十分ほど。
周囲は相変わらず青一色で、ときおりイソギンチャクや海藻の生えた岩がポツリポツリと木のように点在し、道端に咲く野花のように小さな珊瑚が生えているぐらいだ。
相手は無垢な少女たちと言えど、未だ仕組みを掴みきれない世界の中を行き先も告げられずに連れ歩かされると、さしものカイナも不安を覚える。
するとエリルは、よくぞ聞いてくれましたというようにふふーんと得意げに鼻を鳴らして、ニコッと返答。
「カプハムを探しに行くの!!」
「カプハム……?」
オウム返しをしてみるが、特に頭の中でピンと来るものはなく、想像できたのは小さなハムスターがかぷっと果物に齧りつく愛らしい姿。
だが確実に彼女の言うそれとは違うだろう。聞き覚えの無い単語だ。
探しに行く、と言うのだから石か、それとも生き物か……。
「《見つけると幸せになれる》っていう伝説があってね?でも、これぐらいのちーっちゃくて珍しい魚だからなかなか見つからないらしいの……」
エリルが両手で小さな輪を作ってみせるが、彼女の小さな手で作られたそれは、カイナにしてみれば人の目ほどの大きさしかない。
実物と多少の誤差はあるだろうが、小さいのは本当のようだ。
「それで、ダーリンにも手伝ってもらおうと思って!」
なるほど、人手がほしいのかとカイナは内心納得した。
もとより、屋敷を飛び出す前にミリディアナとすれ違い、二人だけでは心配だから悪いが付いて行ってあげてほしいと彼女から双子を任されている。
「捕まえるのか?」
「うん! 捕まえてパパに見せてあげるの! パパ、最近ずっと難しい顔してるから……」
と、エリルは少し寂しそうな表情で俯いた。
幼い少女たちが父親のために健気にがんばっているのだ。リオトとアシュレイのことも気がかりだが、悪いが忙しいんだと振り払うことはできなかった。
「ね! セル!」
身を乗り出して、反対側の、カイナの左隣に向かって笑いかけるが、そこには誰もいない。
あれ?と首を傾げて、足を止めたエリルは後ろを振り返る。カイナも彼女に倣って足を止め、後ろを振り返ると、なにやら思いつめた表情で二人の二歩後ろをついて来ているセリルがいた。
「セル! セルってば!!」
「え。あ、なに?」
怒鳴るような三度目の呼びかけでようやくセリルは顔を上げた。やはり今までの会話を聞いてはいなかったらしい。
「もー! セルまで難しい顔してる!」
「ご、ごめん」
書斎で話してくれたことを、ハインハイトのことを案じているのだろう。
話し合おうにも、この話をエリルに知られたくないと言う以上、迂闊に口にできない。
「セルもダーリンにくっつこうよー!」
「えっ!?」
肩を揺らしたセリルの顔色に赤みがさした。
「い、いいよ私は……!!」
ブンブンと両手を振り回してセリルは首を横に振る。
その真意を知らず、ただ照れているか、遠慮しているだけとしか受け取っていないカイナは、いーじゃんくっつこうよー!!とごねるエリルを見兼ねて、空いている左手をセリルに差し出した。
「お手をどうぞ」
「っ!」
セリルは真っ赤になった顔を隠すように俯き、やがていそいそと歩み寄って彼の手に自分の右手を重ねる。
やはり照れているのかセリルは顔を上げなかったが、様子を伺いながら手を引いてゆっくり歩き始めると、とぼとぼとついてきた。
「それで、そのカプハムとやらはどこにいるんだ? そう簡単には見つからないのだろう?」
「うん。岩場の狭いところに隠れてるらしいから、まずはこの先の岩場を探してみましょ! 初めて探すからちょっと不安だけど、パパのためにがんばろーね! セル!」
「うん! がんばろうね! エル!」
大方の目星はついているらしい。
やる気に満ち溢れているエリルとセリルはそれぞれ空いている手で拳を握る。
やはり、かわいらしい子供のすることは微笑ましいものだ。
「私も、出来るかぎり力になろう」
「頼りにしてるからね! ダーリンっ!」
甘えるようにぴったりと体を密着させるエリルに、カイナの口端が引きつった。
「……ところでエリル、その呼び方は……」
すると、エリルは今度は上機嫌そうにニコッと笑って、
「カイナには、私のお婿さんになってもらおうと思って!」
「へっ!?」
素っ頓狂な声を上げたのはセリルだった。彼女の足が止まり、つられてカイナとエリルの足も止まる。
「どうしたのエル?」
首をかしげたあと、彼女の反応をどう捉えたのか、いいことを思いついたと言わんばかりの清々しい顔でエリルが続ける。
「あ! じゃあ二人でダーリンをお婿さんにしようよ!」
そういうことじゃない!
セリルは心の中でつっこむが、恥ずかしさと照れにより思うように言葉が出ない。
「お、おおおお婿さんて……!」
「セルとエルは双子だから、もらうお婿さんも一人だけだもんね~!」
「そ、そういうことはそんな簡単に決めちゃダメだよ!!」
必死の表情で、セリルは思わず空いている手で握った拳をブンブンと上下に振る。
「そうだぞエリル。その言葉と気持ちは嬉しいが、昨日今日出会ったばかりの余所者と結婚なんてやめておいた方がいい。きっと将来、私なんかよりももっと君たちにふさわしい素敵で立派な恋人ができるだろう。結婚はそのときに考えてみるといい」
それこそ親のように穏やかに諭すが、エリルはよほど彼を気に入っているらしく、む~!と頬を膨らませて食い下がる。
「やだ! ダーリンと結婚するもん!」
「エル! それ以上はカイナさんに迷惑だよ!」
カイナは困ったように笑うと、すまないと一言断って一度セリルから手を離し、腕から手を離したかと思えば、諦めないと言わんばかりに今度は体にしがみついて離れないエリルの頭を撫でる。
「ありがとう、エリル。しかしいつまでもここにいるわけにはいかないんだ。私は、弟子と共に旅を続ける」
そもそも、現在の彼女たちの年齢は推定で十代半ばほどだ。地域によっては成人を迎えたとされ、早ければ伴侶を持っていてもおかしくないが、結婚というものは急いでするものではない。まだ未来あるこの子達のために、伴侶はよく見定めるべきだ。
それにこれは、熱しやすく冷めやすい幼い子供にはよくある一過性の過ちのようなものだ。もう少し歳を重ねれば、それを自ずと悟ることだろう。
だから、若さという勢いだけで軽々しく人生を誰かに捧げてはいけない。
ましてや、自分のような男に……。
「じゃあ私もダーリンと一緒に旅する!」
「旅の連れは今いる弟子一人で事足りる」
「だったら私が弟子になるからその人クビにして!」
ムキになっているエリルの言葉にたまらずカイナは破顔し吹き出した。
よりによって《弟子をクビにしろ》とは、おもしろいことを言うものだ。
「さすがにそれはできないな」
「なんでー?!」
「私の弟子が務まるのは、あのバカだけだからだ」
カイナは左手首に巻いたブレスレットに───、いや、それにしては長すぎる。髪紐だろうか。
ともかく、巻き付けた白いそれに優しい目をして微笑む。
あまりにもその目が優しいから、セリルは──いつの間にかどこで拾っていたのかはわからないが──その髪紐が彼の言う弟子のものであることを悟った。
彼の言が気に入らなかったらしいエリルは益々機嫌を損ねる。
「ダーリンは私のだもん!」
「せめて二人がもう少し大きくなったら、だな。それよりも今大事なのはカプハムなる魚だろう? 早く岩場へ行って、カプハムを見つけて、旦那様に見せに行こう」
エリルをなだめるカイナは隙をみて話をすり替え、岩場へ行くよう促すと、さすがに将来の婿の話と大好きな父親では天秤は後者に傾いたようだ。
渋々といった様子で怒りを収め、エリルはやや八つ当たり気味にこっち!と力任せにカイナの腕を引っ張った。




