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師匠と弟子の旅路録  作者: 蒼理アオ
陸.魔海域《後編》 ~沈む虚想郷~
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 うねうねとうねりくねる長く太い体の体当たりやのしかかりを掻い潜り、詠術は使用せず、体内の詠力だけを練ったものを刃にのせ、一閃。

 弧を描きながら青い光をなびかせる衝撃波が魔物の体にぶつかる。ダメージが通ったのか、長い胴体をくねらせながらリヴァイアスは悲痛な声を上げた。深追いはしない。リオトは一度後退して間合いを取り、様子を見る。

 銀色に輝く鱗に覆われた、縦に平らな体に発砲音とともにさらに打ち込まれる追撃の弾丸。

 あちらの体が傾いたが、まだ倒れはしない。扇型の赤い尾ヒレが生えた尾で虫を払いのけるように薙いだ。

 ブン!と勢いよく振った尾ヒレから突風が吹き付け、白砂ごとアシュレイを吹き飛ばそうとする。


「のおおぉおっ!?」


 近くに掴まることが出来るものは無いため、アシュレイは半ばその場に這いつくばるようにして姿勢を低くし、砂の中に手を突っ込んで飛ばされまいとすがり付く。

 その間にリオトは背後からリヴァイアスの体を斬りつける。しかし、その体を覆う鱗が思ったよりも硬い。刀傷はついているが、詠力無しではあまり大きなダメージは見込めないようだった。


「くっそ……!」


───人が調子悪い(・・・・)ときにめんどくさいのが出てきやがって……!


 恨めしげに睨みつけながら再び詠力をのせて刀を一閃する。砕け飛び散る透明な鱗の破片が真上から差す光を受けてガラスのようにきらきらと瞬く。

 剥き出しになった体に、ついでに詠力を足にまとわせて威力を重くした回し蹴りをくらわせた。

 ここまですれば、さすがにあちらの注意はリオトに変わった。どこからどこまでか分からない首をグルンと曲げ、牙をみせて唸りながら口元の長い髭がそれ自体が意思を持ったように小刻みに揺れ、怒りを露わにする。

 大きな口をガバリと開けて、牙とともに巨体が迫る。

 飛び上がってかわし、脳天に刀を突き立ててやろうと着地点をリヴァイアスの頭に定めたそのとき、右足首になにかが巻き付き、力強く引っ張り回された。


「なっ……!?」


 見てみると、それは赤い触角だった。その根元はヤツの頭。恨めしくも触角をうまく利用できるだけの知能はあるらしい。

 獲物を誘う頭部の突起を垂らすチョウチンアンコウのように自らの眼前に捕らえたリオトを吊り上げ、一息に飲み込もうと口を開けた。


「クロ!」


 助けようとアシュレイが銃を構え詠力をこめるが、一歩遅い。


「……っ、ざ、けんなこのブサイクな顔をした魚(ブサカナ)がっ!!」


  足元まで迫る焦燥を、恐怖を、死を振り払うように暴れながら、黒魂魄くろみたまを一閃。

 太刀風が詠力を纏い、目に見える衝撃波となってリヴァイアスの口に打ち込まれ、蛇のように先が二つに別れているリヴァイアスの舌が斬り落とされた。

 ドッと音を立てて落ちた大きな舌先の断面からは血と思わしきおぞましい紫色の液体が流れ出ていた。

 相当痛かったのだろう。遠吠えをする狼のように、リヴァイアスは弾かれたように顔を真上に振り上げて断末魔に似た悲鳴をあげ、のたうち回りながら暴れ出す。

 片足に絡みついていた赤い触覚が緩んだスキをついて振りほどき、リオトは体勢を立て直しながら真下に着地。そのまま飛び退って間合いをとる。


「大丈夫か、クロ」


 のたうち回る巨体を避けて大回りし、アシュレイがそばまで駆け寄ってきた。


「危うく胃袋に収まるとこだった……。ってか、そのクロ(・・)ってのやめろよ。オレはリオトだ」

「見た目が黒いんだからクロでいいじゃん」

「イヤだね。やめないならお前をアホタレイって呼ぶ」

「おい!?」


 聞き捨てならないとアシュレイが目を剥くが、リオトはふんだとそっぽを向く。

 その横目には、のたうち回って気が済んだのか、体をぶつけまくって正気に戻ったのか、砂埃のなかでゆらりと体を持ち上げたリヴァイアスが映る。

 丸く濁った眼は血走っており、わざとか偶然か、広い眉間には怒ったときの人のようにぐしゃりとシワが寄っていた。


「んだよアイツまだやる気なんか……!?」

「図体がデカイだけにしぶといな。魔物相手に見逃してやるって言ったって無駄だろうし、沈めるしかない」


 一歩前へ出たリオトが黒魂魄くろみたまの切っ先を突きつける。


「しゃーなし、か」


 隣に並んだアシュレイが古式銃ピストルを握り直した。

 小さな穴から多量の空気が抜けるような唸り声を出して、リヴァイアスは頭と顎下の触角を鞭のようにしならせる。

 古式銃ピストルが詠力を撃ち出す。二、三度と連続で撃ち出されたそれが空を切る。触角はうねうねとうねりながらそれを掻い潜り、二人に向かって手を伸ばした。

 黒魂魄くろみたまが音もなく閃き、三本の触角のうち、頭についたものと顎下にある二本のうちの片方が斬り落とされた。釣りたての活きのいい魚のようにバタバタと暴れ回る触角。

 怯み身を引いた隙に肉薄しブヨブヨしたような感触のリヴァイアスの体を愛刀で斬りあげるも、あちらも尾でリオトを叩き潰した。


「こんにゃろっ……!」


 脇に吊り下がっている細剣エペを鞘から引き抜き、リヴァイアスの体に突き刺してやる。針のような刀身が綺麗に並んだ鱗をたやすく貫いた。

 短い悲鳴があって、もう一発と剣を引き抜いて構え直した直後、


「だぁっ!?」


 細長いものが二本、アシュレイの体を絡めとり、動きを封じられ、そしてそのまま勢いよく真上へ放り投げられる。

 体が宙にあるということを把握したときには、すでに重力がアシュレイを引き寄せ始めていた。真下を見れば、そこには大きく口を開けたリヴァイアスが構えている。一思いに丸呑みするつもりということか。


「勘弁しろっつの……!」


 吐き捨てながら、ありったけの詠力に、引き込めるだけの火の詠力を混ぜ合わせ、右手にある古式銃ピストルに込める。


「泣く子も黙る大海賊(オレサマ)が、こんなところで死ねっかよ!!!」


 落下するにつれ迫るリヴァイアスと、長い牙が目立つ大口。リオトがアレの舌を斬ってしまったため、口の端からは紫色の血が糸を引いて垂れている。

 幸いリヴァイアスの頭部よりもさらに数メートル高いところまで放り上げられていたので、距離をはかる猶予はあった。

 あと少し。いや、まだだ。慎重に、慎重に弾丸を放つタイミングを見計らうアシュレイの表情が強張る。

 落ち着け。慎重に、確実に仕留めろ───!

 すると、アシュレイの落下を待ち構えていた長細くひらべったい体が突如ぐらりと大きく揺れた。


「!」

「しくじったら殺すぞアホタレイ!!」


 罵声を飛ばすのは、先ほどのお返しにリヴァイアスに渾身の一撃をくらわせたリオトだった。


「上等だ退いてろクロすけェ!!」


 言葉を聞いてか聞かずか、リオトが大きく飛び退ると同時に、細剣エペを鞘に収め、古式銃ピストル鶏頭コックと当たり金を後ろへ引き上げると、銃口に赤い光を散らして詠唱陣が浮かび上がる。

 残りほんの三メートルまで迫ったところで、リヴァイアスがふるふると体を振りもう一度口を開けるよりも早く、アシュレイが引金ひきがねを引いた。

 小規模な爆発音をたてて、大きな炎弾が放たれ、的に吸い寄せられる一矢のようにリヴァイアスに向かって一直線に飛んでいく。

 間もなく頭から着弾ヒット。痛みと、身を焦がす灼熱に叫び声をあげ、ぐらりとよろめくリヴァイアス。

 そのまま倒れ伏すかに見えたが、リヴァイアスは傷だらけの体を動かして突如二人に背を向けた。


「なんだ……?」


 様子をうかがうリオトと、落ちる瞬間になんとか受け身を取りながら着地したアシュレイは首をかしげた。

 二人に牙を向けるような素振りはなく、急におとなしくなったリヴァイアスはよろよろとどこかへ移動を始めた。

 負けを悟って戦意喪失したのか、それとも死に場所を選ぶ習性でも持っているのか……。


「どーするよ。なんか急に逃げたぞあいつ……」

「結構体力は削ったと思うけど……、ちょっと追ってみるか。イリアス! おいで!」


 黒魂魄くろみたまを鞘に収めながら声を張り上げると、祭壇の陰に隠れていたイリアスがおそるおそる顔をのぞかせ、安全と判断したのかひょこひょこと駆けてくる。


「なんか手がかりくれりゃあいーんだけどな」


 古式銃ピストルをしまったアシュレイは腰に手を当てて一息。

 だが休んでいる暇はない。イリアスが合流すると、リオトは速度を合わせるために彼女の手を取って、一言。


「とりあえず、追跡追跡!」

「へいへい、っと」


 リヴァイアスは負った傷の影響でそう早くは移動できないようで、まるで通常の魚のように未だ視認できる距離をよろよろと進んでいた。

 これなら、早歩き程度の速度で追うことができそうだ。



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