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師匠と弟子の旅路録  作者: 蒼理アオ
陸.魔海域《後編》 ~沈む虚想郷~
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 濃い紺色の中に見えにくいがおそらく木目と思われる細長い筋が走っている。質のいい木材に塗料を塗って作られているようだ。

 蓋をよく見てみると、中心よりもやや上辺りになにか文字が刻まれていた。


「クロ、なんか蓋に文字が書いてある」

「こっちもだ」


───セリル・リュネルノ・トレストラー。享年十五歳。


───エリル・シュレルノ・トレストラー。享年十五歳。


 順番に読み上げたあと、二人は青ざめた顔を見合わせた。

 さらに側面を見てみると、端の方にまた文が、しかもこちらは直接掘られており、塗装が剥がれている。


───愛しき娘達よ。どうか安らかに。

───この不甲斐ない父をゆるしておくれ……。


「アカン。こっちにも同じこと書いてあんぞ……」


 くわばらくわばらとアシュレイが両手をすり合わせる。

 同じファミリーネーム。同じ年齢。ということは、この棺で眠っているのは双子の少女たちということか。

 二人共が同時に、もしくは同日に命を落としたということになるが、そんな偶然が起きるものか。

 起きたとして、なぜ埋葬ではなく海に沈めた? しかもどうしてこんな、あからさまに怪しい場所に?


 いったいなにをどう赦せ(・・)というのか。


「イリアス」


 階段を上がりきったところからこちらを見ていたイリアスの表情はどこか悲しげだった。


「君はこれを見せたくて連れてきてくれたんだよね。オレたちがどういう原理でここに引っ張りこまれたか知っているのか?」


 問うと、彼女は胸の上で手を重ね合わせ、悲しげな表情のまま頷くと、少し申し訳なさそうに目をそらし、顔を伏せた。

 病的なまでに白いその肌か。まるで妖精か人魚のようなどこか人間離れした不思議な雰囲気か。ただ単純に口が聞けないせいか。初めて会ったときからイリアスはかなり特異な存在なのではないかと薄々勘づいていた。

 あるいは彼女が、この海そのもの(・・・・・・・)なのではないかとさえ考えた。


「じゃあ、オレ達がどうすればここから出られるかも知ってる?」


 顔は上げず、頷いた。


「もしかして、イリアスは俺らにここから出るためのヒントを出してくれてるっつーことか……?」

「なんだ、意外と鋭いな」

「いっぺんぼてくりまわしたろかてめぇ……」

「お前とのタイマンもやぶさかではないがそれはあとのお楽しみにするとして、イリアスが出してくれたヒントを辿って謎を解けば、オレ達は生きて帰れるかもしれない。っていう解釈でいい?」


 イリアスの方へ首を回せば、彼女は顔を上げて首を縦に振った。

 それから胸の上にあった両手を下ろし、彼女は二人に向かって体を折り曲げ頭を下げた。長い髪がするすると滑り落ちる。


「どうして謝るのか今はわからないけど、でもいいよ、イリアス。呑気に構えてられる状況ではないけど、息をしながら海の中を自由に探索できるなんて簡単に味わえる体験じゃないだろ?」


 これで師が一緒であれば、言うことは無かったのだが……。

 申し訳なさそうに、おそるおそるイリアスは顔を上げた。


「まあな。それに、麗しの淑女にそんな悲しい顔をさせたとあっちゃ、海賊の名が廃るってモンよ!」

「それにきっとイリアスもこの世界のことでなにか困ってんだろ? お互いに手伝いながら切り抜けていこう!」


 笑う二人につられ、イリアスは感極まったように胸の前で手を握り合わせながらようやく笑顔を浮かべた。


「んーじゃあ話もまとまったところで、探索再開しますか!」

「そういえばさイリアス、コレ開けなきゃダメ……?」


 リオトが苦い顔で指さしたのは足元の棺桶らしき箱。施錠はしてあるがこちらには武器がある。無理矢理にでもこじ開けることは可能だ。本音を言うと開けたくはないが、元の世界へ帰るためにやむを得ないなら開けざるを得ない。

 すると、イリアスは安心させるように微笑みながら、かぶりを振ってくれたので、二人はよかったぁと息を吐いた。

 もしもイリアスが頷いていたら、リオトとアシュレイはどちらが棺桶をこじ開けるかで即刻その場でタイマンを張ることもいとわないつもりだった。

 呪われると怖いし、半透明な白い何かが出てきても怖いし、中途半端に髪の毛の生えた骨がカタカタと関節を鳴らしながら出てきても怖い。

 万が一得物なんて持って追いかけてきたらますます怖い。

 とりあえず、怖い。


「ならここはもういいか。別の場所を、……って、どこに行けばいいかもわかんないな……」


 どこかヒントになるものがある場所は無いかイリアスに尋ねようとしたそのとき、彼女の方からリオトの手を取って歩き出した。

 イリアスに続いて階段を降り、リオトの足が簡素な門の外に出ると同時に、ゴウゥという激しい水流のような不可解な音が耳に届いた。

 立ち止まり、音の正体を探していると、イリアスは前から、アシュレイは後ろからのぞき込んでくる。


「おーい。つっかえてんだけど?」

「今、なにか音が……」


 門の前に立っているので、アシュレイの足はまだ門の内側にあった。しかしそれよりも、不可解な音の方が気になる。ここはあまり安全な世界じゃない。危険分子は早めに見つけて対処した方がいいだろう。

 イリアスの手をすり抜けたリオトは門から離れ、周囲をぐるりと見回して音の正体を探した。目を丸くしながらもその様子をまねるようにイリアスが首を振る隣でようやく門から出ることができたアシュレイも「音、ねぇ……?」と腕を組みながら半信半疑に周囲を警戒する。

 すでに一分弱が経過して、気にし過ぎかと気を緩める直前、もう一度同じ音がして、狂暴な気配が上から隕石のように勢いよく降ってきた。


「!」


 気配に気づきイリアスの肩を抱いたアシュレイと共に、リオトは飛び退る。その三秒遅れで、気配の主が砂の地面に激突した。もわもわと舞い上がる砂塵。

 あと一歩リオトたちが遅ければまんまと奇襲に遭っていただろう。

 イリアスから手を放し、アシュレイはリオトと肩を並べる。


カイナ(あいつ)か?」

「まだわからん。が、」


 安全なものではないだろうとリオトは腰に帯びている黒魂魄くろみたまつかに手をかける。

 これで大丈夫ですあなた達の味方ですなんて言い出したら、随分と照れ屋な性質のところ悪いがこちらを驚かせた報いとして少なくとも一太刀は受けてもらうつもりである。

 二人が睨みつける砂塵に浮き上がる影は細長い。

 やがて姿を現したのは、蛇とも魚とも似つかない、不気味な顔をしたそれだった。

 刀身のように銀色に鈍く光り、うねうねとうねる縦に平べったく横に長い体は見た限り確実に五メートル近い。背中には赤い背ビレが尾まで生え、同じ色をした長い触角が頭から一本、喉元あたりから二本、さらに口元に細く長い髭が一対、それ自体が意志を持っているかのようにゆらゆらと揺れていた。

 口から見え隠れする牙はのこぎりのように尖り、なかでも上顎の、人で言うところの犬歯あたりに左右対称で生えているゆるく湾曲した牙は鎌のように鋭い。

 あれが一度でも体を貫けば致命傷になりかねない。たやすく折れるようなハリボテというわけもないだろう。

 三人を獲物と捉えた丸い目はギョロギョロとしていてが生気がなく、目を剥いたように白目よりも黒目のほうが小さく、下顎が前に突き出ていて不気味な顔をしている。

 ウミヘビとウツボを足して、二で割ったところにさらに狂暴さを付け加えた、と言うべきか。


「こいつぁちぃと荷が重いな……」


 アシュレイも自身の得物を手に取るが、その口元は引きつっている。


「かと言って、とんずらも許してくれそうにないぞ……」


 もしヘタに逃げようものなら、あの長い体や尾でなぎ倒されてしまうのは目に見えている。

 さてどう戦うか。思案していると、突如後ろにいたはずのイリアスが二人の前へ飛び出し、庇うように両腕を広げる。


「お、おいイリアス下がれ! 危ないぞ!」


 リオトが叫び、目の前の魔物が口を大きく開けて鋭い牙を見せながら、シャー!!とヘビのように威嚇する。

 するとイリアスはなぜか否を唱えるように首をハッキリと横に振った。

 再び魔物が威嚇するが、なおもイリアスは首を振り、その場から動かなかった。

 不可思議にもまるで魔物と会話をしているかのようだが、どのみち出くわすや否や上から襲撃してきた挙句に威嚇するような気性の荒い相手に話し合いが通じるわけがない。

 リオトはイリアスの腕を引きずり無理やり後ろへ下がらせた。


「お前、今詠術使えねぇんだろ。下がった方が……」

「お? 《ここは俺が食い止める! お前達は逃げろ!》的なやつか? そう言うならお言葉に甘えて───」

「いやいやいやマジ勘弁してっ!?」


 黒魂魄くろみたまを下げ回れ右をすると、アシュレイは縋るようにガシッとリオトの襟首を掴んで引き止めた。


「イリアスにおとこを見せるチャンスだぞ? いいのか?」

「今は素直に命が惜しいっス!!」

「うんうん。人間素直が一番だ」


 のちに《リヴァイアス》という名であることが判明するその魔物に向き直り、リオトは再び愛刀を手に構えながら、イリアスに距離を取るよう促す。

 先手をうったのはリヴァイアスだった。尾で地を打って二人に踊りかかり、どちらかの体にその牙を打ち立てんとする。


「いくぞ!」

「おうともさ!」


 リオトが黒魂魄くろみたまで足元の地面を斬りつけ、衝撃波が砂塵を巻き上げた。

 湧き上がるそれに怯み、リヴァイアスが動きを止める。すると砂塵の中から地属性の光を纏い、鋭く尖った岩石に姿を変えた弾丸が連続で三発打ち上がった。

 アシュレイの古式銃ピストルから放たれたものだ。

 目くらましに起こした砂嵐が引いていき、姿が見え隠れするリヴァイアスは少し驚いた様子でその場に留まりながらも、二人が次にどう出るか警戒している。

 見たところ、あちらの体に弾丸がかすった形跡はない。


「当たってねーじゃん!!?」

「っせーな標的まとうしィんだよっ!!」


 ぎゃんぎゃんと言い合っている間に甲高い雄叫びをあげてリヴァイアスが襲いくる。

 噛みつきを左右に散って避け、二人は各々の武器を構える。


「ちゃちゃっと終わらせんぜ!」

「おとなしく死んでくれればいいがな……!」


 挟み撃ちにする形で立った二人はリヴァイアスの長い体越しに声をかわすと、詠力を込めた刀と銃を体内にじかに響きわたるような咆哮をあげる魔物へと突きつけた。





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