捌
言われるがままにレイグについてきたカイナとリオト。そのあいだ、彼は一度も言葉を発しなかった。彼がおとなしいことは、出会って短時間の間によくわかっていた。しかし、終始無言とくれば、さすがの二人もなにかがおかしいと訝り始める。
しばらくしてついた先が、街の外の、鬱蒼と茂る森とくればその訝りは確固たる確信へと変わる。
―――なにかある。気を抜くな。
―――はい、師匠。
アイコンタクトを取り合い、どんどん森の奥深くへと足を踏み入れるレイグのあとに続く。カイナはレイグの気配を読んでみるが、術や変な気は感じない。とすると、誰かが作った偽物でもなければ、操られているわけでもないようだった。
まるで言い伝えやお伽話の、魔女や幽霊でも出てきそうな背の高い木々に陽光を遮られ暗い森のなか、レイグが不意に足を止め、二人もまた立ち止まる。
「僕、見つけたんです……。お二人が追っている人物を……」
唐突に問わず語りで喋り出しながら、レイグは二人がいる背後へ振り返る。
同時に、周囲を満たす気配と殺気。
「賞金首の人を……」
踏み分けられた茂みがガサガサと鳴く。出てきたのは昨日相手をした不良たちと似たり寄ったりな見た目の男たち。カイナとリオトを囲い、輪になっているので、ざっと見積もっても三十はいる。ただでさえここ連日不良を見ているというのに今日もまたここまで大人数のうえに同じような服装の不良を見るとなると、たとえ髪型や顔つき、服装の細かな装飾やデザインが違うとしても、もはや見分けがつかなくなり、同じ人間が影分身でもしたかのようである。
おまけに全員の手には剣や斧、槍などご丁寧に様々な種類の得物が一つずつ。それはどれをとっても殺傷能力が高いものばかりだ。二人は背中合わせになる。
「うわぁい……」
デジャヴなこの状況に、虫のようにわっと湧いて出たこの数に、殺す気マンマン殺気ムンムンな不良たちに、その他諸々に対してうんざりとした表情でリオトが呟く。
「暴れられるからといって、そう嬉しそうな声を出すな」
背後から聞こえたからかうようなカイナの声。
「師匠こそ、ちょっとわくわくしてませんか?」
「私に戦闘バカな気が多少なりともあることは認めるが、お前の比ではあるまい」
「偉そうに突っかかってきたやつを完膚無きまでに叩き潰して惨めなさらし者にするのって、なかなか快感だと思いますけど」
「ふむ。それは一理あるな」
「師弟揃って口だけは達者らしいな。やっちまえ!」
皮切りとなったその言葉を言ったのがどの不良か知らないが、不良たちは一斉に得物を振り上げ二人に向かってくる。
対し、カイナとリオトは真っ向から打って出た。
一番目に駆けてきた相手にリオトは足払いを繰り出す。バランスを崩した男の胸ぐらを遠慮なく掴むと、その場で一回転してから適当に放り投げる。すると投げられた男は振り回されたことにより通常よりも勢いを増して吹っ飛び、その先にいた数人のゴロツキを巻き添えにして倒れた。
続いてまっすぐ向かってきた片手剣の切っ先を避けながらその持ち主の顔面に右肘を叩き込むと鼻からバキリという嫌な音。その場で鼻血を出しながら声にならない声を出して痛そうに悶える二人目を非情にも蹴り飛ばして退かせると今度は左から鋭利なナイフがブン!と空を切る。
それを体を屈めて避け、一気に懐に飛び込み右ストレートを繰り出し、続けて顎を蹴り上げると、三人目は背中を反らしながら仰向けに倒れた。
今度は右から剣を片手にこちらへまっすぐ猛進する四人目の男を横目に捉え、ベルトに取り付けられている投げナイフを一本ずつそれぞれ剣と四人目の足元に投げる。
ナイフに弾かれた剣は彼の手元をすり抜け宙を舞い、足元に刺さったナイフは反射的に足を止めさせた。リオトはすばやく四人目の後ろへ回り、宙を舞う剣を手に取り奪うと同時に隙だらけなその背中を蹴っ飛ばした。
水を得た魚のように、心なしかイキイキした様子でゴロツキたちを次々と捌いていく弟子を、師は誇らしげに見ていた。
あの様子ならば、手を貸す必要もないだろう。
「よそ見してんじゃねええ!!」
横から男が躍りかかる。その手には小型のナイフが握られている。カイナは目の前まで迫ったナイフが握られている男の右手の腕を左手で掴んで右手でゴロツキの背中側の服を掴み、鳩尾に右膝をねじ込む。
ゴロツキは腹を殴られたことにより口を大きく開けてがはっ!と唾をはくと、気絶したのか力なくだらりと体を垂れさせ、力の抜けた右手からナイフがすべり落ちた。
すぐにまた横からスキンヘッドのゴロツキが拳を振り上げ殴りかかってきた。カイナは気絶させたゴロツキを放り一歩半ほど下がって拳を避けると、目の前に出てきた拳の、その手首に手刀を落とす。いてえっ!?と悲鳴をあげている間にその首にも手刀を打ち込み黙らせる。
そのとき、真後ろから殺気を感じ、左に避け殺気のする方を見る。仕損じた三人目は標的の位置を再確認し、長剣を手に再びこちらへ駆けてくる。放たれた矢が一直線に的に向かうような真っ直ぐな突きが連続で放たれるが、カイナは後退しながらその切っ先を的確に避けていく。
だいたいの動きと剣の軌道を把握し、攻めに転じようとしたそのとき、
「うわあっ!」
「ぐわっ!?」
横から覚えの無いゴロツキがこちらへ飛んでくる。慌てて大きく飛んでかわすと、カイナに乱れ突きを浴びせていた男を巻き込んで通過し、木にぶつかって倒れた。
ゴロツキが吹っ飛んできた方を見れば、呆然としているリオトと目が合った。おそらくゴロツキを吹っ飛ばしたのはリオトで間違いないだろうが、本人はその先にカイナがいることに気がつかなかったようだ。
「助かったが、もう少しで巻き添えを食っていたぞ」
「結果オーライってことで」
「お前な…」
グっ!と右手の親指を立てるリオトを、カイナがジト目で睨む。
「まったく……」
振り返りながら、カイナは真っ直ぐに振り下ろされる棍棒をいとも簡単に右手で受け止める。完全に不意打ちをついたつもりだったのか、途端にゴロツキの表情が焦りに崩れる。
カイナはさらに左手でも棍棒を掴み、振り回しながら奪い取った流れでゴロツキを殴り倒す。続いて両手にメリケンサックを装備したゴロツキが右の拳を振りかぶる。接近戦の武具を付けているだけあって、なかなかに動きがすばやいが、しかしカイナにとっては取るに足らぬ相手だった。棍棒の先でゴロツキの鳩尾を思い切り突き、怯んだ隙に首に棍棒の先をたたきつけて意識を奪う。
ここまででかなり片付けたが、まだ半数は残っている。
「ぐあっ!」
打撃音と、低いアルトの悲鳴。それは誰の声か。しまったとカイナは首を動かす。
「リオト!」
地に伏せるは紛れもない愛弟子の姿。そのすぐ横にはしてやったりと笑うゴロツキが一人。おそらく背後から殴られたのだろう。ゴロツキの右手には拳が作られていた。
「くっ…!」
このまま戦闘を続けたところでリオトが人質に取られることは目に見えている。カイナは手に持っていた棍棒を放り投げると、さっきまでの余裕のない焦りの表情とは打って変わって勝ち誇った笑みを浮かべる残りのゴロツキたちを睨みつける。
ゴロツキたちのあいだから垣間見えたレイグの顔はうつむいており、その表情は見えなかった。
「うっ!」
後頭部あたりを殴られ、カイナもまた地にふせ意識を失った。
「ごめん、なさい……、ごめんなさい…!」