弐拾壱
「イリアスを連れて逃げろ!」
言い終えたかもわからないうちにリオトは先手に飛び出した。
例え打ち負かすことができなくても、彼を遠ざけ、二人が逃げる時間を稼がなくては。
右手に短刀を取り肉薄。勢いのままに飛びかかった。
短刀を大剣に突き立てる。無論防がれるが、あちらに攻める隙をあたえなければなんとかなるはず。
これで詠術が使えればまだよかったのだが……。
「っと!」
こちらを押し退け、迫る大牙を躱す。太刀風が吹き付ける。
突風にも似たそれに耐えかね、リオトは動きを止め、目を閉じてしまった。
しまったとすぐに目を開けるが、頭部をかばって上げた右腕越しに既に大剣が迫っていた。
「───っ!! がっ!!」
硬い刀身が腹に叩き付けられる。体が後ろへ吹っ飛んだかと思えば、直後に背中を十メートル弱離れた折れた支柱に強打し、強烈な痛みが襲う。
「リオト!」
アシュレイが叫び、イリアスはリオトの元へ駆け寄る。
「……っ……、……ぁ……」
すぐに起き上がろうとするが、痛みが体の感覚を奪い、思うように動けず、体を支える腕が重みに耐えかね震える。
「しゃあねぇな!」
リオトに代わり、アシュレイは古式銃を手に構えながら振り返る。
カチリと安全装置を外し、詠力をこめ銃弾を放つ。
連続した発砲音を伴って、火の詠力をまとった小石ほどの大きさの弾丸がカイナの体を穿たんとする。
対し、カイナはその場に立ったまま、右手を横に薙いだ。音もなく浮かび上がったのは緑の光を散らす風の詠術陣。
目前まで迫った炎弾を、鎌鼬の様な白い風の刃が粉々に切り裂いた。
「ちっ!」
もう一発と詠力を練り直すが、カイナが間合いを詰める方が早い。
「なっ―――うぐっ!!」
彼の右手がアシュレイののど元を掴みあげる。体が持ち上がり、足が地を離れた。
逃れようともがくが体格差や力の差に敵わず、大した効果はみられない。
「が、あ…、あぁ…」
喉を絞める手に力がこもっていく。
その強さに、アシュレイは抵抗する猶予を奪われ、ただ口から呻き声と唾液を流すだけだった。
「ア……シュ、レ……!」
あの人物は本気だ。本気で自分たちを殺す気なのだ。
アレが偽物だろうが本物だろうが、今は戦うしかない。
「封欺解呪!!!」
右手を突き出して叫ぶ。
やはり同じように杭やナイフのような鋭利なものが心臓を貫き、体の中でなにかが暴れ回るような痛みと苦痛に侵されたが、リオトは歯を強く食いしばって痛みに耐えた。
よれよろとやっとの思いで立ち上がると黒魂魄を抜刀し、地を蹴る。
気づいたカイナはアシュレイを脇に放り捨て応戦。刃と刃がぶつかった。
交差した剣越しに精一杯の怒りと殺気をこめて睨んでやるが、あちらは一ミリとも真顔を崩さず、まるでその顔自体が人形か面のようであった。
大剣の刀身に比べれば黒魂魄は細剣と変わりないが、それでもリオトは牙を引かない。
こちらを弾いた大剣が斜め上から迫る。防いだが、刀身が大きい分、手から腕へ伝わる衝撃が大きい。
「くっ……!」
痺れるような感覚に腕の力が弱まる。
押し負けてしまうと悟り、リオトは大剣を受け流した。
刀を握る力を入れ直し、斬りかかるが、その全てを悉く防がれ、かわされる。
ならばと迫る大牙を見切り、素早く懐に飛び込み掌底でみぞおちを狙うが飛び退ってかわされ、不発に終わった隙を狙って今度はカイナが回し蹴りを繰り出す。
「っ!」
左手を突き出し、勢いのままに前のめりになり体勢が崩れているリオトはかわせない。
音も立てずにリオトの体が再び吹き飛び、左の古びた壁にのめり込む。亀裂が走り、いくつかの小さな破片がポロポロと落ちて、それからリオトが倒れ込んだ。
「……ぅ…………」
痛む体に鞭を打ち、起き上がろうとするが、上体を起こすのがやっとだった。
口内にあふれる血を吐き出し、顔を上げると、カイナは一滴の汗も流さない涼しい顔で、しかし氷のように冷たい眼差しでこちらを横目に捉えている。なんだ、まだくたばらないか。とでも言いたげだった。
「くっ……そ……!」
口を動かすのがやっとだが、それも虚勢に等しいほど消耗していた。詠術を行使できない上に相手が敬愛する最強の師とはいえ、負けじと常に精進し続けてきた剣術でここまで歯が立たないとくれば、さすがに悔しさにくわえ悲しさや虚しさまでもがこみ上げる。
「地を砕け、空を揺らせ、賢怜たる地人の鉄槌、───グランマテロ!!」
カイナの後ろから、詠唱する声が飛んできた。どこか苦しげだが、声に潜む意志は強い。
すぐにアシュレイだと察すると同時に銃声が響く。放たれた土色の光はカイナの前で静止し、詠唱陣を展開する。
構えるカイナの前に姿を現したのは大きな槌と、それを握っている人の右手を模した巨岩。
そして巨岩は意思を宿したように動き始め、ゆっくりと槌をそれを握る右手を振り上げる。
リオトは歯を食いしばると無理やり体を突き動かして走りだし、再びカイナに黒魂魄を振り下ろした。
防がれると分かっていてそうしたのは、少しでもカイナをその場に留まらせておくためだ。アシュレイが出した詠術による岩の鉄槌の頭部は目測で幅五メートル。長さ十メートル。
対処する時間を奪えればそれなりのダメージは与えられるはず。
力の限り大剣を押さえつけていると、やがて鉄槌の影がリオトとカイナに覆い被さった。
飛び退りながら、ダメ押しの衝撃波を放つ。カイナは同じく衝撃波を放って相殺すると、慌てずに身をかがめながら早口で詠術を起動させる。
彼の瞳と同じ紅い陣が展開し、術が発動し、爆発。砕かれた巨岩の鉄槌が岩石になり、石になり、小石となって降り注ぎ、湧き上がる砂埃は辺りを覆い尽くした。
「こんなやつ相手にしてたらこっちの命が足んねーっての!! 逃げんぞ!!」
「同意見だ!!」
まだ苦しそうにのど元を押さえながら、恨めしそうにカイナを一瞥するアシュレイに続き、リオトは得物をしまい、忘れずにイリアスの手を引っ掴んで疾走。
少しだけ、一度だけ後ろを振り返ってみたが、砂埃と瓦礫のような岩の残骸に埋もれ、カイナの姿は見えなかった。




