漆
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賞金首とは、なんらかの罪を犯しておきながら捕まることなく逃亡し、指名手配された者たちであるため、軍や警察騎士たちにしてみても捕縛する対象である。しかし彼らからすれば賞金稼ぎであるリオトたちは獲物を横からかすめ取るハイエナに等しいため、あまりよく思われていない。
軍は言わずもがな帝都に本部を構え、その周囲の街や地域にも支部を構えている。しかし、軍は皇族の警護や税の取り立てぐらいにしか精を出さず、皇族至上主義な働き方をしているため、民たちからの信頼は薄い。
「対し、警察騎士は元々は自警団だったためか地域密着型で、サリウス地方の海の玄関口にして多種多様の人や物が集まる《貿易港湾都市レレオミルト》に本部を置き、魔物の被害や市民たちの要望、相談、依頼に対応している…」
自身の頭の中に記憶した知識を思い出し、それを文にしてまとめ、リオトはすべてを出し切った。
「ん。よく覚えたな、なかなかよかったぞ」
「えへへ……」
大好きな師に褒められ、リオトははにかみながら笑う。
街の中央広場。
一定の間隔でベンチが設置されていて、端から端は縦におよそ二キロメートル、横に一キロメートルの長方形の形をしており、子供達や親子連れはボールや追いかけっこで遊び、老人や大人たちは気持ちのいい日差しを浴びなから日向ぼっこや散歩を楽しんでいる。
そんな午後の静かなひと時。カイナとリオトもまた空いたベンチに座り、散策の休憩がてら師は弟子に座学を説いていた。
本人が自覚しているかはわからないが、リオトは頭を撫でられると喜ぶことを把握済みであるカイナは、褒めるときは必ず頭を撫でてやる。そして、リオトに施してやるととても喜ぶことがもう一つある。
「ほらリオト、ご褒美だ」
目の前に差し出されたソレに、リオトの表情がぱあっと華やぎ、蒼色の瞳が輝く。
「チョコおおおぉう!!」
「おっと」
飛びつかん勢いで両手を伸ばすが、それはひょいっとリオトの前から消えた。カイナがベンチから腰を上げて立ったのだ。
銀紙にくるまれた長さ五センチ、幅一センチのそれは、甘党な子供達を中心に絶大な人気を誇る菓子、チョコレート。通常日持ちしないが、リオトへのご褒美用にカイナが持っているこのチョコレートは特殊加工を施されて製造されたもので、一年は保つ優れもの。そのかわり少し値が張るので、たまにしかあげない。
日持ちするものしか持ち歩けない旅人の事情を考えれば、貴重な糖分である。
「ふおぉぉ~…!」
リオトもカイナを追ってベンチから立ち上がり、一生懸命に手を伸ばすが、愛しのチョコレートは意地悪く笑う師の長い腕とその指の先にぶら下がっている。
しかし騎士、もといリオトは諦めない。姫、もといチョコレートへの愛を胸に、つま先立ちになって必死に手を伸ばし、奪還を試みる。
だが悲しいかな、身長差二十数センチはあまりにも大きな、いや、高い壁であった。カイナは完全に悪ノリ状態で、リオトからすればナニがおもしろいのか知らないが心底愉しそうな笑みをうかべてぐぬぬとがんばるリオトの頭をポンポンと撫でる。そして弟子は思い出す、この青年には若干のSっ気があったことを。
「カイナさん、リオトさん…」
二人は動きを止め、首を同時に動かす。その先にはこの街に来てよく世話になっている少年、レイグが神妙な面持ちで立っていた。
「うりゃあっ!」
カイナの注意がレイグに逸れたところで、リオトは思い切りカイナに飛びつき、右手をカイナの肩にかけて体重をのせ、精いっぱい左手を伸ばす。不意をついてぐっとカイナの上体を屈ませるように下へ押さえるように引けばチョコに手が届くのではと考えたのだ。
だが、リオトの考えはまさしくチョコのように甘かった。
確かに不意はつけたようで、カイナは一瞬惚けた顔をするも、すぐにいつもの余裕綽々たる飄々とした表情を取り戻し、さらにそこにSっ気を含んだ意地の悪い笑みが加わる。
しくじった、そう悟ると同時にリオトの足が広場の石畳から離れる。
「わっ!?」
突然体を襲う浮遊感。カイナの頭よりもさらに高くなる目線。太ももの裏から膝裏にかけて感じる温もり。
気がつけば、リオトは師の左腕のみで抱きかかえられていた。
いくら彼が逞しいといえど、左腕一本でリオトの体を支えるには不安定で、咄嗟に縋るようにしてカイナの首と肩に手を回し、体を彼の方へ寄りかからせてバランスをとる。
「残念だったな」
勝ち誇った笑みが、リオトの怒りに火をつけ、額に青筋を浮かび上がらせる。たとえ口元が笑んでいようとも、目は笑っていなかった。
そろそろキレだす頃だと察し、下ろしてやりチョコを差し出す。すると、数秒前までの殺気のこもった表情はどこへやら。
「チョコおおぉ!!」
リオトは再びぱあっと顔を明るくし、差し出されたチョコレートに飛びつくと、早速嬉しそうに食べ始める。
こう子供のように単純でーー事実子供だがーー、コロコロと表情や態度が変わるのがおもしろくて、つい加虐心が疼くのだ。
「すまなかったなレイグ。用件を聞こう」
しばし師弟の仲のいい戯れを見せられていたが唐突に話をふられ、思わずレイグは一瞬だけ用件を忘れていたが、すぐに思い出し、慌てて告げる。
「あ、あの……。お話があって…、ついてきてもらいたいのですが…」
「了解した。リオト、行くぞ」
「はーい」
踵を返すレイグのあとに続くカイナとリオトは、彼の苦しそうな苦悶の表情を知らない。