拾弐
刺すことを攻撃方法とし、それに特化した通常な針状の刃ではなく、剣と同形状だがそれよりも細い刀身を持つ細剣をまっすぐに突きつけてくる。
「リオト、黒魂魄を拝借したいのだが構わないだろうか」
「いいですけど、刀も使えるんですか?」
「大体の武器の扱いは一通り心得ている。それに、この船の中で使うには大剣は少々大きすぎる。手合わせ中に帆柱を斬り倒したとあっては笑えないからな」
なるほど。
頷いて、リオトは黒魂魄を出し、師に手渡す。
「どうぞ」
「ん。すまないな」
ついでに額辺りに口付けてやれば、またも恥ずかしがり屋を発動させたリオトは顔を赤らめてその箇所を両手で押さえると、ぷくぅと頬をふくらませた。
恨めしげなジト目を無視して紅い昔なじみと向かい合えば、こちらは殺気が迸り始めていた。
「かわいい弟子の前で無様に跪かせてやるよ」
「ほう? やってみせろ」
蒼い下げ緒を腰に巻き、黒魂魄をその間に差して帯刀する。
邪魔にならない範囲まで後退したリオトの隣にゲオルグが立ち、顎鬚を撫でながら興味深そうに言った。
「お、なんだ手合わせか。野郎ども、我らが船長とカイナのケンカだケンカ!!」
「お! マジっすか!」
「よっしゃあ! 俺はアニキに賭けるぜ!」
「頑張ってくださいよアニキ!」
「いやいや! カイナさんだって腕の立つお人だ! 俺はカイナさんに賭ける!」
するとゲオルグの言葉を聞いた乗組員たちの大半が取り掛かっていた作業を放り出してこちらへ駆け寄り、次第にカイナとアシュレイを円状に取り囲む。
「ケンカって……」
「どうせなら盛り上がった方がおもしれぇじゃねぇか。お前さんはどっちが勝つと思う?」
「思うまでもなく師匠が勝つ、と言いたいけど、今回は武器が本命じゃないからどうだろう。引けは取らないと思うけど、ナイフや体術を除いては、大剣以外で戦うことなんてほとんど無いからな」
それに、さきほどのカイナの動き。何が起きたのかはよくわからなかったが、彼はリオトをその場で《すぐに抱えて》ではなく、《抱えながら》避けた。
それはつまり、その場に留まれる猶予が一秒も無かった、アシュレイの動きの方が素速かったということ。武器が細剣であることもそうだろうが、元々彼はカイナやゲオルグよりは小柄だ。
腕を組んで考えていると、隣から口笛が聞こえた。見ると、ゲオルグがニヤニヤと笑っている。
「んだよ」
「いや、てっきりカイナのツラに惚れた盲信者だと思ってたもんだからよ。まさかそんな冷静な分析もできたとは、ヤツの人の目利きもそう捨てたもんじゃねぇってこった」
「オレのことはまだしも、師匠のことまで貶すなら潰すぞおっさん」
「こりゃまた、おっかねぇ黒イヌだ」
面白おかしく肩を竦めてみせると、リオトはがるると唸る。その様子を見て、またゲオルグが楽しそうに笑った。
「今日こそ決着つけてやる。俺様とお前、どっちが上か!」
「悪いが、私にもそれなりにメンツとプライドがあるのでな。やすやすと負けてはやれんぞ」
「上等!」
ダン!とアシュレイが甲板の床を蹴りつけ、突出。
一気に間合いを詰め、細剣が迫る。
これにカイナは抜刀し応戦。肉薄する刀よりもさらに剣幅の細い細剣を弾くが、すぐに次の剣撃が迫る。だがカイナも剣の軌道を見切ってかわし、上から下から斬りかかる。
カイナが体術をまじえて体勢を崩しにかかれば、アシュレイは彼の動きを流して避け、突きを繰り出した。
見物している乗組員たちのやかましい声援をバックに、絡み合う刃から金属音を響かせながら、遊んでいるのか互角なのか、押しも押されぬ戦いを繰り広げる二人。
ほうほうと梟のような声を出して感心するゲオルグが不意に隣をちろりと盗み見ると、リオトは二人に釘付けになっていた。
カイナだけを見ているかと思いきや、まっすぐな蒼穹は一定間隔で注視する先を忙しなく変え、両者の動きを必死にマークしている。ときおりわずかに目を見開いたり表情を変えているあたり、どうやら教えを請う未熟者らしく二人の動きを観察し、学ぼうとしているらしい。
「ところでお前さん、何者だ?」
「え?」
「見たところ東の國の人間に見えるが、それだけじゃねぇっつーか、なにかおかしい気がする」
昨日今日出会ったばかりにも関わらず見透かされているようなセリフに、リオトは押し黙る。
今まで自分が何者かなんて考えたこともなかった。
いや、最初はたった独りで生き抜くことに精いっぱいで考える余裕が無くて、カイナと出会ってからは彼の弟子という居場所にすがり、考えないようにしていたのかもしれない。
彼と世界をめぐる日々が楽しくて、逃げていたのだ。
「オレには、過去の記憶が無い。自分が本当は誰なのか、わからないんだ……」
心の中まで見通すかのようなゲオルグの目から逃れるように、伏せた顔をそらす。
「手がかりは?」
「見ての通りオレの髪色は黒いから、両親は東の國に関わりがあるかもしれないってことぐらいだ。気がついたら知らない場所で一人きりで倒れていた」
両親共に東の國出身であればもちろんのこと、さらに東の國と西の大陸の人間との間にできた子供の髪色は興味深いことに高い確率で黒髪になると言われている。
「世に言う記憶喪失ってやつか。まさか本当にそんなモンに罹るやつがいるたぁ驚いた。で、《自分を取り戻す》気はあんのかい?」
「……そ、れは……」
今まで必死で前ばかり見ていて、後ろを振り返るという発想は浮かばなかった。
最初こそ、必死になくした記憶を思い出そうとした。しかしやがて一人で日々を生き抜くことに手一杯になり、師との旅の道中では記憶喪失が理由で困るようなことは起こらなかった。
今さら突き付けられた問いにリオトは言葉を詰まらせた。
「ちいっといじめ過ぎたか…」
眉を八の字に下げ、すっかり困惑してしまったリオトにゲオルグは苦笑する。
あとで親バカ師匠に何か言われそうだと口を引きつらせながら目線を戻してみれば、ちょうどアシュレイが大きく踏み込み、細剣で横に切りこんでいくところだった。
当然下がりながら躱したカイナの体が突然、不自然にぐらりと大きく揺れた。
散らかされたままになっていたロープらしきものを踏んでしまったようだった。
「…っと、」
なんとか踏ん張り転倒は免れたが、体勢が崩れたその隙を逃さずアシュレイが攻め立てる。
鋼鉄さえも突き破るような鋭い一突き。
寸でのところでかわすが、アシュレイは即座に剣を持つ右手を引っ込めて間髪入れずに乱れ突きを仕掛ける。
これは命を賭した決闘ではない。しかしアシュレイの目は本気で、繰り出される攻撃には一切の容赦も感じられない。
かわし、弾き、かわし。運悪く流れをとられたカイナの表情は崩れてこそいないもののいつもの優然とした余裕はなく、唇を引き結んだ険しい顔つきでひたすら防御に徹する。
乗組員たちの声色が変わり、声量が大きくなる。
「しっ…! ……っ…!」
「なんもこらえるこたぁねえだろ。弟子なら応援ぐらいしてやんな」
リオトは言葉を考える。
アシュレイの強さがどれほどのものかは知らないが、武器が変わったぐらいで師が負けるとは思わない。自分が焦ったような声を出してしまっては、まるでカイナが負けると思っているようではないか。
そうじゃない。あの人が勝つと信じている。
それを一番率直に伝えられる言葉は―――。
「師匠!」




