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師匠と弟子の旅路録  作者: 蒼理アオ
伍.魔海域《前編》 ~誘うモノ~
76/101

拾壱


 *


「なあアシュレイ」


 朝食を済ませ片付けを手伝ったあと、カイナに連れられ甲板へ続く廊下を歩きながら、後頭部で両手を組んで後ろをついてくるアシュレイに肩ごしに声をかける。


「なんじゃい」

「積み荷の輸送依頼を受けたとか言ってたけど、結局誰に何を運ぶよう言われたの?」

「ああ。念のため中身見してもらったら装飾品とか編み込みの布地とか結構いろいろあったけど、ほとんど食いもんだったな。今このノーデル海洋を北東に進んでんだけど、五日後にはサリウス地方の海の玄関口にして、世界屈指のあきないの港街《貿易港湾都市レレオミルト》につく予定だ。そこに出荷するための売りもんを運んでくれって昨日泊まった港町付近の村の連中に頼まれてな」


 《貿易港湾都市レレオミルト》は陸から海から、世界中の様々な物品や食材、そして人々で溢れ返る大交易都市である。またあの街には警護騎士キャヴァリエルの本部があるため、サリウス地方は治安がいいことでも知られている。


「サリウス地方って確か師匠が昔住んでた地方なんですよね」

「ああ。しかしよく村人が海賊おまえたちを信用してくれたものだな。外の世界の怖さを一番知っているのは街よりも無防備で襲われやすい村に住む人々のはずだ」


 今や世界中のどこにでも魔物や賊が出没するこのご時世、山だろうが海だろうがと聞いていい顔をする人間はいないだろう。

 にもかかわらず、村人が苦労してこしらえた大事な収入源とも言える売り物を自らやすやすと海賊に預けるとはいったいどういうことなのか。


「俺らは先々代船長、つまり俺のじっちゃんの代からあの港によく顔を出してんだ。だから俺らはあの港と周辺の村ぐらいなら多少顔が利く。俺らが賊だろうが役人だろうが分け隔てなく頼ってくれんのよ。昨日の酒場の店主マスターも然りだ」


 言われてみれば、昨日彼は酒場の店主マスターから親しげに名前ではなくなにかのあだ名らしきもので呼ばれていた。


「じゃあ紅猫クルックスはどういう意味?」

「あれはあの辺りでの俺のあだ名だとよ。俺は紅い服きた人懐っこい猫みてぇなやつらしい」


 まあ確かにと、カイナは声には出さずに同意する。

 彼の雰囲気や笑顔には愛嬌があり、初対面の相手にも不信感や不快感を与えずにするりと懐に入り込んで馴染むことが出来る性質だ。加えて気が向けば陸でも水上でもどこへだって向かう奔放さを併せ持つ彼を猫と呼ぶのも頷ける。

 ふむふむと頷いているうちにやがて甲板へ出る扉の前にたどり着き、カイナは足を止めた。


「さてリオト、目を閉じなさい」


 意図が読めなかったリオトはきょとんとした表情で首をかしげた。

 その横でアシュレイがニヤニヤと笑う。


「おうおう、見せつけてくれんじゃねぇの───

 イタッ!? ちょっ!? 痛い痛いですカイナサン!! 痛い蹴らないで痛い痛いごめんなさい痛い冗談です痛い!!」


 戯れ言を抜かす阿呆あほうを容赦無くげしげしと蹴り倒して黙らせてから、


「いいから」


 ウインクとともに念を押すと、リオトはおずおずと目を閉じた。私がいいと言うまで閉じているんだぞという師の言葉に返事を返し、彼の次の行動を待つ。

 やがておそらくは目の前の扉の開く音がして、潮の香りを孕んだ風がふわりと吹き付ける。思わず目を開けてしまいそうになるが耐えた。

 程なくして右手になにかが触れたが、目を閉じているため正体がわからず反射的に引っ込める。


「先導する。おいで」


 落ち着かせるような優しい声色。

 その手がカイナのものだとわかり、こわばった腕から力が抜ける。そっと出した右手が温かく大きな手に包み込まれ、優しく引かれた。

 そして手を引かれるがまま足を動かし、歩き出す。

 ゆっくりと歩いているせいか、目を閉じて感覚が麻痺したのか、それほど時間は経っていないはずなのにずいぶん長い道のりを歩いているような気がした。


「この辺りならよく見えるだろう。もういいぞ」


 引かれていた大きな手が動きを止め、上から合図が降ってくる。

 そしてゆっくりと、目を開けた。


「…あ……、わぁ……!!」


 目を見開き、けれど顔をほころばせたリオトはそのなかへ飛び込もうとするように船縁ふなべりへ駆け寄る。


「これが……」

「そう。これが《海》だ」


 空と海の境界線が混ざり合い、視界を埋め尽くす一面青の世界。それが彼方まで続いており、周りには島も建物も人影も無い。

 風に揺れる水面みなもは低く静かな波を立て、陽光を反射し宝石のようにキラキラと輝いていた。

 まだ見ぬあの水平線の先にはなにがあるのか、それこそ、あの先に《世界の果て》があるのではとさえ思う。

 昨日にこうしてもよかったのだが、昨日は乗組員クルーたちが船出の準備に追われてバタついていたし、リオトもすぐにフレディーに手伝いに駆り出されていった。

 一人で先に見てしまったかとも思ったが、声をかけてみれば、そういえばまだでした……。とすっかり忘れていたみたいだった。

 そこで、普通に見せるよりは一気に目の前に広げてみせる方がより驚いてくれるのではないかと考え、目を閉じさせて連れてきてみれば、予想以上に驚き、そして喜んでくれた。

 海と同じ、しかし海よりも深い色をした双眸が目の前の絶景を取り込もうとでもするかのようにいっぱいに見開かれ、負けじとこちらも感激に輝いている。


「な? すっげーだろ!」

「ああ! すごい! 有り得ないぐらいに大きな水たまりが! いや、水たまりどころの話じゃないな!」


 隣に立つアシュレイとうなずき合うリオトの姿に、カイナは微笑んだ。


「そうだアシュレイ。近頃ノーデル海洋沖で船が突然消息を絶つという事件がたびたび起きていると聞いたが……」


 アシュレイは肩越しに一度振り返って、それから体をカイナに向ける。


「ああ。客を乗せた定期船やら商船やら漁船やらが何も無いはずの海上で船ごと忽然と姿を消してるそうだ。理由はまだわかってねぇ。だが、そういう類の船はどれも魔物が出るようなルートをわざわざ通るほどバカじゃねぇはずだ」


 だから、どうしても解せない。そう言わんばかりに、アシュレイは腰に左手を、右手は顎に添えると、器用に右の眉だけを眉間に寄せ、彼方の水平線を横目にいぶかしげに首をひねった。

 では、いったいなにが理由で船が消息を絶つのか。

 この事件は重く捉えられ、警護騎士キャヴァリエルから調査隊が派遣されたが、調査はなんの手がかりの発見も、進展もしなかった。

 嵐や魔物に遭遇したなら、周囲に大なり小なり船の残骸が見つかるはずだ。しかし、それも見つからなかった。まるで最初からそんな船など存在していなかったかのように。

 ただごとでないのは明白だ。


「心配すんな。ちゃんとその海域を通らない航路を考えてあっからよ。俺達だって命が惜しいからな。無謀なマネはしねぇさ」


 原因不明の連続船舶失踪事件は気がかりだが、ともあれ船長である彼がそう言うのなら、安全な船旅が出来るだろう。

 かわいい愛弟子の初めての船旅に、初めての海。その感動と興奮に水を差すような事態にはなってほしくない。

 カイナとアシュレイの物騒な世間話も耳に届かないほど、リオトは穏やかな波を立てる大海原に未だ興奮冷めやらぬ様子だ。

 普段は賞金首をぶっ飛ばして捕まえて、悪人をぶん殴って反省させて。

 リオトは口より先に手足と武器が飛ぶような少し荒っぽい面が目立つため、こうして時おり見せる年相応の反応を目にすると、つい微笑ましくて笑みがこぼれる。

 すると、視線に気づいたのかこちらを勢いよく振り返る。結い上げられた黒髪がマフラーとともに揺れた。


「師匠!」

「ん?」

「オレの頼みを聞いて、船にのせて、海を見せてくれて、本当にありがとうございます!」

「喜んでもらえたのならなによりだ。じっくり見て、目に焼き付けておくといい」

「はい!」


 笑った顔が愛らしくて、つい頭を撫でてしまう。するとまるで犬かなにかのように嬉しそうに笑いながらも気持ちよさそうに目を細めるものだから、それがまたかわいくて、と循環ループする。

 よしよしと声を出していると、アシュレイのジト目に気がついた。


「俺様の目の前でずいぶんいちゃついてくれんじゃねぇのよカイナくんよぉ」

「羨ましいか?」

「ちょっと弟子が女の上にかわいいからって調子こいてんなよ」


 なんだ、気づいたのか。と呟いていると、リオトが驚いたような顔をする。


「昨日は気づいてなかったじゃん!」

「よく考えたらどこの世界にショートパンツとニーソ穿いてるヤローがいるんだよ引くわ」

「ほう。バレたのなら仕方がないな。中々かわいいだろう?」


 自慢しながら腰を引き寄せて抱きしめてやると、案の定リオトは胸の中で暴れだす。


「しししし師匠ギブですギブ! ギブアップ!」

「まだだ」

「あががががっ!!」


 まるで関節技でもハメられているようなセリフだが、実際は照れ屋を発動させたリオトが真っ赤になりながら両腕をバタつかせてもがいている。

 わりと身長はあるものの小柄なため大した効果は見られないが。


「お前いつからロリコンに成り下がった……」

「失敬だな。せめて親バカと言ってくれ」

「どっちでもいいからいちゃついてんじゃねっ!!」


 額に青筋を浮かべたアシュレイが腰のレイピアを抜いた。そのまま一閃する。

 カイナはリオトを抱えあげて飛び退った。


「びっくりした……」

「いきなり剣を振り抜くとはなかなかに問答無用だな。あと少し遅ければ当たっていたぞ」


 抱き寄せられカイナの胸しか見えていなかったリオトはなにがあったのかわからず驚いていた。

降ろしてやり、再び頭を撫でて落ち着かせながらアシュレイを見やると、彼はレイピアを肩に担いで恨めしそうにこちらを見ていた。


「ハナから当たる気もねぇくせによく言うぜ。おら、来いよ」


 目的地までは想定あと五日。暇つぶしがてら試合しあう気らしい。






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