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師匠と弟子の旅路録  作者: 蒼理アオ
伍.魔海域《前編》 ~誘うモノ~
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 一方、三人の前で立ち止まった彼もまた目を丸くし、左手にT字型の杖を持ったまま腕を組んで、一言。


「なんでェ。すぐ帰ってきたと思えば、懐かしい顔が一つと、黒いのが一匹増えてらぁ」


 首をかしげながら、アシュレイと、カイナと、リオトの顔を順番に眺めたが、彼もまたカイナには見覚えがあるようだ。


「ちょっとそこで運命の再開をはたしたんで連れてきたんだ。こいつらも乗せてくぜ」

「久しいな、ゲオルグ」


 アシュレイが親指を向けて指し示し、カイナが前に出ると、彼、ゲオルグはほう、と感心したような声を出して、右手でジョリジョリと錨を模したような形の顎髭を撫でた。


「覚えてたか」

「もちろん。昔、初対面だった貴殿にいきなりどうしてもと言われて頼みごとを聞いたら、結果的に街外れの森に住む凶暴で大型の魔物の相手を押し付けられて死にかけたということがあったおかげでな」

「しっかり覚えてやがったか……」


 涼しい顔で返すカイナに、ゲオルグはバツが悪そうに目を逸らしながら首を掻く。

 すると自身を、ただしくは自身の脚を食い入るように見つめるリオトに気づき、笑った。


「よぉ黒いの、こいつが気になるかい?」


 言いながら、手持ちの杖で右脚を、それに取って代わった杖に似た細い義足を軽く叩く。違和感を感じさせた足音の原因はこれだったのだ。

 声をかけられ、我に返ったリオトは弾かれたように勢いよく顔を上げるも、驚きと少しの後ろめたさを感じ、言葉を詰まらせて慌てだす。

 しかしゲオルグは怒気を浮かべることもなく、笑顔を崩さずにリオトの頭を撫でた。


「そう慌てなさんな。おっちゃんは一ミリも怒ってねぇよ。俺はゲオルグ。あえて言うなら航海士だが、お忙しい船長サマに代わって乗組員クルーたちのケツを引っぱたくのも仕事だ。お前さんは?」

「カイナ師匠の弟子の、リオト……」


 カイナの名が出たことにより、三白眼が捉えていた先が移り変わる。


「へぇ、お前さんが弟子をねぇ……?」


 興味深いものを見るように細められた目とニヤついた表情が気に食わなかったのか、カイナの眉間にシワが寄った。


「何が言いたい」

「若いねぇ。おっちゃんうらやましいよ」

「どこかのあか阿呆あほうと一緒にしないでくれ」

「誰だそりゃ?」


 ため息とともに心外だと吐き出した言葉に、アシュレイが腕を組み首をかしげる。

 呆れた二人がジト目を向けるが、それでもアシュレイに話を理解した様子はない。この話を深く掘り下げたところで時間の無駄なので、二人はそれ以上言葉を発することはしなかった。


「アシュレイ? 乗組員クルーが増えるって聞いたんだけどー? ……あら!」


 突如、船の中へと続く扉の向こうからアシュレイを呼ぶ声がした。だが、女性的な口調に反しそれを彩る声は、低い。

 開いた扉から顔を出したのは、目を引くブロンドの天然パーマに碧の瞳の、

───男。


「カイナじゃなあい!!」

「やあ、フレディー。久しい───わっ!」

「また会えて嬉しいわぁ!!」


 カイナを見るなり駆け寄ってきた彼は、挨拶も最後まで聞かずに嬉しそうに抱きついてみせる。

 カイナやアシュレイにほど近い歳と背丈で、来ている服装はやけにシンプルなうえに少々年季の入ったエプロンを重ねており、少なくとも海賊には見えない。


「元気そうで何よりだ」

「そっちこそ、一人でどっかでぶっ倒れてないかしらってずっと心配してたんだから!! ……あらまぁ?」


 言動こそ立派な女性だが、骨ばった手や腕、決して細くはない体つきはどうあがいても男にしか見えない。

 堂々と生物学の境界線に仁王立ちしている彼はリオトに気付き、カイナの首に回した腕を解いた。


「この子は私の弟子のリオト。弟子共々、しばらく世話になる」

「うふふ、かわいいコ♡ アタシはここでコックやってるフレディーよ。よろしくねん!」


 風に揺れる天然パーマの髪を上品に押さえながら、彼はんふふと笑う。


「よろしく、フレディー。ここに置いてもらう代わりに、できることは手伝うからなにかあったら呼んでくれ」


 すると、フレディーは両手を顔の横でポンと叩き合わせながら言った。


「だったら、早速このあとの夕飯作りを手伝ってちょうだいな! 意外とみんな忙しいからいつもアタシ一人で作ってるんだけど、みんな男だからよく食べるし、いっぱい作らなきゃいけなくて大変なのよぅ。お料理は得意かしら?」

「人並みには。まあ出来ることから手伝うよ」

「お願いするわ。じゃあ、ついてきてちょうだい。この子お借りするわよ~!」


 ひらひらと手を振って、フレディーはリオトの肩を押していく。


「そうだ、リオト」

「はい?」


 呼び止められ、足を止めたリオトの肩に手を置いているフレディーも一緒に足を止めて振り返る。


「少し出かけてくるから、すまないが留守を頼む」

「え……」


 驚いたような、少しさみしそうな呟きに唯一気づいたフレディーはリオトの顔をのぞき込む。

 しかし、少し幼さの残るその顔はさきほどの呟きとは異なり、そして予想よりも穏やかなものだった。


「わかりました。迷子にならずに、ちゃんと帰ってきてくださいね」

「ああ。ありがとう」


 フレディーはすぐそばにいたからか、リオトのその言葉がやせ我慢であることに気がついた。なんだかかわいそうに思えて、さ、いきましょ!と急かすように肩を押し、足早に中へ続く扉をくぐった。


「一人で出るのか?」


 ゲオルグが拍子抜けしたようなほうけた顔をしたのはリオトを置いて行くことが意外だったからだろう。


「ああ。野暮用だ」


 カイナは踵を返し、舷梯タラップの方へ向かおうとして、振り返る。


「すぐに戻る。言っておくが、リオトになにかしたら無事では済まさないぞ」

「いくらかわいい顔してるからってお前みたいにヤロー相手にまで催すほど俺は終わってねーよ」


 呆れ混じりに冗談じゃないとアシュレイが返すと、はた、とカイナが止まる。

 そうか、二人はリオトが女の子だと気づいていないのだ。仮に何が起ころうと、リオト自身もここの連中相手なら引けを取らないだろうし、これなら一安心だ。

 ちなみに名誉のためにここに記しておくが、カイナはいたって正常な男性であって、男相手に催したことはただの一度も無い。


「ならいい。行ってくる」

「遅くても朝までには戻らねぇと、置いてくかんな」

「承知した」


 アシュレイの声を背に受けながら舷梯タラップを下り、カイナは一人で再び街の中へと戻っていった。




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