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師匠と弟子の旅路録  作者: 蒼理アオ
壱.放浪する師弟
7/101



 *


 朝。

 起床したレイグは着替えを済ませ、母が寝ている部屋へ向かうと窓のカーテンを開く。

窓から射し込む眩しい朝日に目を細め、レイグは背後を振り返る。


「今日もいい天気だよ、お母さん……」


 反応がなくても、母はまだ、確かに生きている。それだけで、今はよかった。

小鳥たちの囀りを聞きながら静かに朝食を済ませ、片付けを終えたところで、不意に玄関の扉が叩かれた。


「あ、はーい!」


 大きく返事をし、レイグは玄関へと向かう。

 朝から客とは珍しい。手伝っている店の親父さんか、はたまたカイナやリオトたちか。


「どちらさま───、で……」


 勢いよく玄関を出たレイグの目に映ったのは、予想のはるか上を行く人物。


「てめえがレイグだな?」


 くすんだような暗い色あいの金髪、やや下がった目じり、この街では見かけないリオトとはまた違った目つきの悪い顔つき。レイグよりも十センチ弱ほど高い身長や体つきから推測すると歳はおおよそ二十代後半。カイナから聞いた特徴と一致する。

 おそらく、この人物の名は、


「俺はティラウ・ハーンっつーんだけどよ」


 レイグがわずかに見せた反応を、ティラウは見逃さなかった。口の端を釣り上げて笑う。


「知ってますってカオだな?」

「な、何かご用でしょうか…」


 否定も肯定もしない。話を逸らして適当にやり過ごし、あとでカイナとリオトに報告するのが一番安全だとレイグは考えたのだ。


「お前、かぁちゃんが病気なんだってなぁ?」


 ビクリ。さっきよりも大きくレイグの肩が揺れた。二つの青が丸くなる。

 ティラウはポケットに手を突っ込むと、やけに膨らんだ袋を取り出し、レイグの足元へ放る。地面に強くぶつかった衝撃で、大きな金属音とともに中に入っていたものが少しだけこぼれ出る。レイグは警戒しつつそっと足元を見た。


「っ!?」


 それは硬貨だった。それ一枚で千ソルドと規定されている銀貨が二枚、袋から溢れて地面に転がっていた。入れすぎて締まらないのか、微妙に空いている袋の口からも同じ溢れんばかりの大量の銀貨が見えている。それだけではない。その銀貨の中に一枚で一万ソルドである金貨がほんの少しだが見え隠れしていた。

 ボールのように丸々と膨らんでいるその袋の大きさは見た限りでは大体直径十センチほど。どう考えても銀貨だけで十万ミスリル銀貨一枚に相当する額はある。


「その金、全額てめぇにやるよ」

「い、意味がよくわからないのですが…」


 この上なくありがたい申し出ではある。これだけのお金が今手に入るのならば、母親のために薬を買い、この苦しい家計を、母を助けてあげられるのだ。

 しかし、レイグとて子供でもなければバカでもない。いきなり面識のない人間からこんな大金を譲ると言われて訝らない人間がこの世のどこにいようか。レイグは後ずさり、扉のかげへ半身を隠す。もしもの時は、振り切って扉を閉めようとそう決めて。


「不審がるのはもっともだ。しかし、俺は本気だ。マジでこの金を全額お前に譲ってやる」


 ただし、と一度言葉をきり、レイグの足元の硬貨が入った袋を拾い上げ、ティラウは言葉を続けた。


「俺に協力してくれればの話だがな」


 魚を釣るためのエサのように、目の前で硬貨の袋がユラユラと揺らされ、なかで硬貨が擦れ合いカチャカチャと音を鳴らす。

 ティラウの言葉と、瞳に宿る底なし沼のようなの闇が、レイグの心を惑わせ、揺るがし、引きずり込んでいく。

不意に、ティラウはレイグの耳元へ顔を寄せると、まるで悪魔の囁きのようにゆっくりと言葉を告げた。


「……どうするかは、てめぇ次第だ」


 ティラウがゆっくりと身を引き、踵を返して去っていく。レイグはしばしその場で固まっていた。

 ぐっと左拳を握りしめて。



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