肆
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酒場の表にひっかけてある、営業中と書いてある札に《仮休業中》という紙を貼り付けて小二時間とちょっと。
壊れたテーブルや椅子の回収──修理すればまだ使えそうなものは道具を借りて修理した──と、破砕したビンや皿の破片拾いは危険なのでカイナが引き受け、その他の安全な、かつ大体の作業をすべて愛弟子にさせ、ようやく綺麗になったところで、改めてきちんと頭を下げて謝罪し、したいのは山々だったが悲しくも完食できなかったパフェとコーヒーの代金に気持ち分を上乗せした代金をこれだけしてくれたらいらないよと首を振る店主に無理やり渡したあと。
一度宿に戻ってとっておいた部屋をキャンセルし、ディーヴを連れてアシュレイと合流し案内されたのはこの街の南東側の、商船や定期船が停泊し、運ぶ荷物の積み込みや運んできた荷物を船から下ろしたり、あるいは人々が船に乗降したりと賑わう大きな港。
「───アレが俺サマの艦、ブレイヴァーレ号だ」
少なくはない人通りをなんとか抜けて港に端に行き着いたところで、アシュレイが鼻息荒く自慢げに指さした先には一隻の、ほかの商船や定期船の比にならないほどにとても大きな船が停泊していた。
一般にはガレオン船に類する型の帆船で、停泊中であるため帆はしまってあるが、大きく太い帆柱を三本備えている。
下からではあまり見えないが、甲板からはいかつい声と、バタバタとせわしなく動き回る足音がいくつも聞こえてくる。
舷から港へかけられた舷梯を伝い、甲板へと上がっていくアシュレイに続き、カイナとリオトもディーヴを押し上げながらあとに続く。
予想通り、甲板の上はさきほど酒場で見た彼の子分たちと同じシャツやブラウスに、必ず赤いベストやジャケット、飾り帯など、服装のどこかに赤を織り交ぜた動きやすそうな軽装に身を包んでいる。しかし、その腰にはレイピアやカトラス、短銃など、各々の得物が吊り下げられていた。
乗組員のなかには、引き締まった体の者やそこに筋肉が上乗せされた筋肉質な肉体の者が目立つ。
「てめえら! 今帰ったぞ!」
アシュレイに気づいた乗組員たちが作業の手を止めてこちらを見たり、あるいは笑顔で出迎え寄り集まってくる。
アシュレイにほど近い、あどけなさの抜けた年若いのから多少の無精髭を生やした中年ほどまで、年齢に幅はあるものの、乗組員たちからはそれなりに慕われているようだ。
「お! 帰ってきましたねアニキ!」
「おかえり船長!」
「お待ちしてました!」
あっという間に前方をガタイのいい屈強な男達に囲まれ、少し圧倒されたリオトは思わずカイナの影に身を潜める。
「客を連れてきた。なかには見覚えがある奴もいるだろ。俺の親友のカイナと、ちっこい方はその弟子のリオトだ。……なんだ、ビビったか?」
「怯えることはない。大丈夫だから、挨拶しなさい」
リオトの様子に気づいたアシュレイがケラケラと笑い、カイナが頭を撫でてやる。
「よ、よろしく……」
「弟子共々、よろしく頼む」
おずおずと彼の影から出たリオトの肩に手を添え、カイナが軽く頭を下げた。
「こいつらはしばらく一緒に乗船する。面倒見てやってくれ。それから、賃金代わりに色々手伝ってもらうってことで話つけてあっから、なにか仕事があれば回してやんな。手が空いてる奴はバイクを船倉に運んでやれ。解散!」
『ウッス!!』
子分たちの野太い声が重なり、そして一斉に散らばる。ある者は立てかけていたモップを手に床を磨き始めたり、ある者は舷梯を降りて貨物の確認をしたり、ある者は近くにいた何人かとディーヴを船倉へ運んでいき、止んでいた活気のある声が再び飛び交い始める。
「相変わらず、お前自慢の乗組員たちは元気なものばかりだ」
甲板やその周囲で快活に動き回る彼らの様子を眺めてカイナが言うと、アシュレイは顔の高さで拳を握り、意気揚々と返した。
「おうともさ! 海賊ともあろう男が、夢とロマンの詰まった大海原を前に沈んだ顔でなんかいられるかっつの!」
「───確かに、いつもはガキみてぇに元気な我らが船長サマが沈んだ顔なんかで船出した日にゃあ、海が驚きのあまり大シケになって、俺たちもろとも海の藻屑になっちまうだろうよ」
コツ、コツ、コツ、と。
からかいまじりの言葉とともに、ゆっくりと階段を降りて来る足音が一つ。
しかしリオトはおかしいと思った。足音らしき音に混じって、トン、トン、となにかが床を突くような音が二つ。普通の人間が普通に階段を降りているにしては、その足音はあまりにも不自然だったのだ。
リオトを含め、三人は一斉に声がした方向に顔を向けるとそこには、船尾側の、操舵輪が設置してある露天甲板へと続く階段を降りて来る一人の男がいた。
肩よりも下あたりまで伸びた白髪混じりの灰色の髪に、こちらを見て笑みを浮かべているにも関わらず、鋭い眼光を放つ榛色の三白眼。
鼻下の髭は八の字に整えられ、顎から左右の下顎角まではうっすらと髭を生やしている。
乗組員たちに劣らないたくましい体つきに胸元を大きく開けてブラウスとベストを纏い、アシュレイ率いる海賊団であることを象徴する紅いヘアバンドを頭に、紅い大きめの飾り帯を腰に巻いて短銃を挟み込んでいる。
階段を降りてこちらへ歩み寄る彼は三人よりも二回り弱ほど歳を重ねているせいか、纏う雰囲気に歴戦の猛者のような風格が表れていた。
そこでリオトはふと彼の脚が目に入り、そして見開く。




