参
「へぇ? つまり、溜まったときの発散用───」
「死にたいか」
アシュレイの言葉が終わらないうちに、カイナの一際低い声が響いた。同時にアシュレイの額に音も無く銃口が構えられる。フリントロック式の、特に海賊たちが好んで使う古式銃で、無論それはカイナのものではなくアシュレイのものだ。
この古式銃を、海賊はよく腰の飾り帯やベルトに挟んで携帯している。
向かい合えば古式銃の銃床がこちらを向いているため、隙を付けば奪うことは容易である。
「無二の親友との感動の再会にしてはちょっとばかし顔が険し過ぎやしませんかカイナさん?」
「誰のせいだ誰が無二の親友だ」
カイナが一歩前へ出たため彼の斜め後ろに位置するリオトに彼の表情は見えなかったが、本当に撃つ気はないにせよ、アシュレイの額に突きつけた古式銃の鶏頭と当たり金──通常の銃でいうところの撃鉄──を左手で引き上げている辺りに怒りの度合いを感じ取れる。
一方、彼の軽い逆鱗に触れたとようやく自覚したアシュレイは冷や汗を流しながら両手を上げて降参のポーズをとる。
いつまで経っても彼らの関係性が見えないので、リオトはくいくいとカイナの服を二、三度引っ張った。
「し、師匠、この人は……?」
「ん? ああ、コレはとある縁で知り合った昔なじみの、」
「俺はアシュレイ。よろしくな! リオト!」
カイナの威圧から解放されたアシュレイは無垢な子供のように、ニッと歯を見せて無邪気な笑顔を見せ、指先部分の無いグローブに包まれた右手を差し出してきた。
右手で握手をして応え、少し気になったことを訪ねてみる。
「よろしく、アシュレイ。さっき、物資の補給とか陸より海の方が落ち着くとか話してたけど、それってどういうこと?」
すると、彼は放した手を腰にあててなにやら得意気な顔をして胸を張り、告げた。
「聞いて驚け! 俺達は風の向くまま気の向くまま、宝を求めて大海原を駆け巡る大海賊! そして俺は海の荒くれどもを束ねる船長サマだ!」
海賊。大きな艦と多数の子分たちを従え、海上の輸送船や沿岸近くの村や街を襲い略奪行為を行う海辺の盗賊たち。
子供たちに聞かせるおとぎ話にはよく出てくる存在だが、まさか実在しようとは。
それに、無益な争いをよしとしない平和主義者の師の知り合いにしては随分と物騒で、しかしそれでいて彼自体はとても人の良さそうな、気さくな雰囲気を纏った人物なのだが。
「賊であるなら、こいつらは賞金首では?」
「心配ない。海賊というと聞こえは悪いが、彼らは無殺生を信条とする義賊で、主な収入は依頼の報酬金だ」
「そ。殺さないのが俺らの流儀。まあ、今まで人殺しをしたことが無いと言えばウソにはなるが、俺らは俺らなりに、人様に迷惑かけない範囲でおもしろおかしく海賊やってんの」
まるで爪や牙のない猛獣のような、随分と可愛げのある賊である。
「ちなみにさっき積荷の輸送依頼がきたから、今日一杯は準備にかけて、明日の朝イチで海に出る」
彼の言葉に反応したのはリオトだった。瞳を輝かせ、なかでも一番惹かれたそのキーワードを復唱する。
「海!? 海に出るのか!?」
胸の高さで拳を握り、興奮した様子でアシュレイに詰め寄る。
「ああ。なんだ? お前さん、海見たことねぇのか? だったら一緒に乗ってくか?」
「今まではずっと地平線が続く陸地を走ってきたから、まだ海を見せてあげられていなかったんだ。このあとにでも見せてやろうと思っていたのだが、そういえば船に乗せたこともまだなかったな。せっかくの機会だ。乗るか? リオト」
「いんですか!?」
勢いよく振り返ったリオトの嬉しそうな笑顔につられ、カイナも笑んで返す。
「アシュレイも構わないようだし、リオトさえよければ」
「船旅と海はいーぞぉ?!」
腕を組みウインクを飛ばすアシュレイの言葉にますます期待が膨らみ、リオトは大きく頷いた。
「乗りたい! 乗る! 乗せてくれ!」
「うーっし、乗組員二人と一台追加な。ただし進路は俺達の都合優先、多少はこっちの仕事も手伝ってもらうかんな。賃金代わりだ」
「いいだろう。できる限り手伝わせてもらう」
「交渉成立!」
ぱん、とカイナとアシュレイが右手を打ち合わせた。
そして、やったー!と隣で喜んでいるリオトに、カイナは意地の悪い笑みを向け、コホンとわざとらしく場を改める。
「さてリオト、なにか忘れていないか?」
「え。……あ」
思い当たる節をすぐに思い出したらしい。なにかに気づいたように短い声を発した。
酒場の店主やウェイターの娘も含めて、全員がアシュレイという第三者の登場に気を取られていたが、それでも今、酒場の中がこぼれた食べ物や飲み物、割れたビンや皿の破片でひどく散らかっているという事実に決して変わりはない。
「今後の進路が決まってお楽しみもできたところで、ちゃんとここの後片付けをするんだぞ」
お前が散らかしたのだからな。とリオトの肩に手を置く。
「……はい」
我に返って思い出すと少し面倒に思えたのか、リオトはがくりと頭を垂れた。




