拾陸
猛然と剣を振りかざす頭領とは対照的に、ダガーを構える手下二人は半分あきらめてしまっているようで、その手も体も怒りとはまた違う意味で震えていた。
これでは相手は盗賊と言えどいい頭領に巡り会えなかったことに同情せざるを得ない。
さっさと気絶させてやりたいが、背後にアリエスがいる手前、こちらからは飛び出せない。下手なことをすれば彼女が人質にとられかねないからだ。
子どもたちのところへ避難してほしいが、見たところ恐怖から救われた安堵に腰が抜けてしまっているようだ。
「うおおおああっ!」
半ば捨て身の突進と共に、片方の手下が逆手に構えたダガーを振り下ろす。かわしながら武器を持つ手首を掴み、その根元の肩に掌底を食らわせる。
「ぐぁっ!」
おそらく脱臼したか、最悪折れたと思われる肩を押さえながら、声をあげ、力の入らない手からダガーが滑り落ちた。みぞおちに拳を打ち込み一人目撃破。
あっけなく仲間が倒され、残りの手下もやけくそにダガーをぶんぶんと振り回しながら向かってくる。
ああ、これは危ないと暢気に、冷静に考え、まだ手に持ったままの気絶している手下を向かってくるそれに投げつけた。
とっさに仲間を傷つけられないと思ったのか、ぎょっとした顔をして、手下は動きを止めた。そして吹っ飛んできた手下と衝突。足を止めていたせいで余計にその勢いに押し負けたのだろう。
背中から床に転がった。
「すまないな」
起き上がる前に、手刀で首を打つ。
すると、横からダン、と大きな音がした。
見てみれば、ダレルが壁にもたれかかって座り込んでいて、その表情はしかめっ面。そして彼の正面には、普段なら黒いニーソックスに覆われているが今は裸足に直にブーツを履いているため露となっているほどよく引き締まった美しく健康的な脚を前へ出した状態のリオトがいる。
弟子の得意な蹴り技をまともに受け、背中から壁に激突した。というところか。
リオトは体勢を戻し、クセの腕組みをしながら座り込んだままのダレルを居丈高に見下ろす。
「観念するんだな。おっさん」
ボコボコにされてようやく負けを認めたか、ダレルは睨みながらリオトに負けず劣らずの噛み付くような態度と表情で舌打ちをしたが、抵抗はしなかった。
隣にカイナが立つと、いよいよ観念したようにだらりと頭を垂れた。
「よし、ではタナトスたちを───」
カイナが言葉を切った。
小さな足音が聞こえたからだ。
それはダレルがもたれかかっている壁から横に一メートルほどずれたところにある曲がり角──確かその先は用場だったか──の暗がりの中から聞こえた。全員が一斉にそちらを注目する。
…とこ、…とこ、…とこ。間のあるリズムのそれが少しずつ近くなり、やがて正体を現した。
「メルル!?」
「お前なにやって……!?」
ライトブルーの寝間着姿のメルルがそこに立ち、状況を理解出来ずエメラルドの瞳をキョトンと丸くしてリオトとカイナを見ていた。
驚き唖然としているリオトたちの動きが止まった隙に、ダレルは図太く動く。素早く腕を伸ばしてメルルを引き寄せ、まだ持っていたらしいナイフを首にあてがった。
「メルル!!」
「貴様…!」
見ていたアリエスが叫び、リオトの表情が険しくなる。
さすがのメルルも自身が危機に陥ったことを理解したようで、声は出さなかったが怯えた表情をうかべた。
「人質をとったところで逃げ切れはしない。おとなしく捕まれ」
カイナが低い声を出すが、ダレルはなにをしてでも追い詰められているこの状況を打破するべく血走った目を見開いて叫ぶ。
「うるせえっ!! このガキが死んでもいいのか!?」
「っ!」
「よせ!」
ナイフがメルルの白く細い首との間を詰め、メルルはぎゅっと目を閉じ、リオトが叫ぶ。
「おい、退け! そこを退け!」
今度はナイフを二人に向け、横に振るう。従うほか無い二人は念のためアリエスの方へ下がりながらその場を離れた。
腰を上げたダレルはメルルを脇に抱えると、ナイフを二人に向けたまま窓──人一人ぐらいなら十分に通れるぐらいのサイズだ──へ歩み寄り、渾身の力で窓を蹴破った。
ガラスが砕け散り、耳を劈く音が鼓膜に突き刺さる。その音を間近で聞いたメルルがビクリと体を震えさせた。
一度ではこじ開けきれず、二度目で鍵が壊れ、三度目でようやく窓が開き、少し冷たい夜風が吹き込む。
ガッと枠に足を掛け、ダレルはナイフを手に、そしてメルルを抱えたまま窓から出て行った。カイナとリオトが駆け寄る。
「逃がすか……!!」
「おいリオト!?」
キレたのか、地を這うような重低音で呟いたリオトが止める間もなくダレルと同じようにもはやただの風穴と化した窓に足をかけて外に出た。
「ここを頼みます!」
「待て! 落ちつ───リオト!!」
カイナの声などまるで聞こえていないかのように、制止の声を振り切ってリオトはダレルを追って駆け出す。
その方向は渓谷に至る森のある北東だった。




