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師匠と弟子の旅路録  作者: 蒼理アオ
肆.かつて
60/101

拾伍


 *



「―――放して! 放しなさい汚らわしいっ!」


 壁際に追いやられ、細い腕を掴まれて拘束されているアリエスは必死に渾身の力で抵抗してみせるが、目の前の男たちはニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべるのみである。


「まあそう暴れるなよ」

「おとなしくしてりゃあ痛くねえぜ?」


 両手を頭上に押し付けられ、薄く軽いがそれほど上等なものではない白のランジェリーが彼女の女性的な体のラインをくっきりと浮き彫りにする。

 それをギラギラと下心に燃える目を剥いて食い入るように見ている男たち。

 薄暗がりで見えにくいが、濃淡様々な茶色や黄色の髪に薄汚れた服と、それから見え隠れする肩から手の甲にかけての大きさも形状もまばらな刺青イレズミ

 数はだいたい五、六人。

 ふと目を覚ませば大事な客人の姿が二つとも見えないので心配になり探しに部屋を出てみれば出くわしたのは師弟二人ではなく、忍び込んで来たのだろうここ数カ月の間この辺りで騒がれている盗賊一味。

 森の中にこもり身を隠していると聞いていたのだが、なんとついていない。


「あなたたちね。近ごろ北東の山で道行く人を襲っている盗賊たちは…!」


 屈することなく、健気に男たちを睨みつける。

 しかしウサギに睨まれて臆するものなどいない。彼らはそれすらも楽しんでいるかのようだった。


「村はずれの丘に女子供しかいねえ孤児院があるって聞いたんでよお? 奴隷商にでも売って金にならねえかと思って見に来てみたら、こんな上玉がいるたぁ驚いたもんだ」


 頭領だろうか、一際大きな体にスキンヘッドに刺青を入れた男が顎に手を添え、品定めのように粘着質な視線がアリエスの体をなめまわしていく。


「こいつは高く売れそうだが、売りモンがまだあるならが少しぐらいつまみ食いしていくのも悪くねえなぁ?」


 男のうち一人がアリエスと向き合うように正面に膝をつくと、口の端を釣り上げて右手でネグリジェの裾をゆっくりとめくり上げていく。


「っ! やめ…! やめなさいこのケダモノ!!」


 窓から射す月明かりを受けて徐々に露わになる柔肌に盗賊たちの興奮は増していき、必死に抵抗を続けていたアリエスは恐怖に苛まれて目じりに涙を浮かべ、もうダメだと顔をそむけた。

 そのとき、


「ぐわあっ!?」


 一味の比較的後ろにいた一人が突如前のめりになりながら苦痛の叫びをあげた。

 アリエスを含めた全員が硬直する。

 ゆっくりと前に傾いていき、やがてばたりとうつぶせに倒れた。その背中には機械仕掛けのおもちゃのネジまきのように小さなナイフが刺さり、血が出ているのがかろうじて見える。


「なん―――いてえっ!?」


 今度はその横にいた男が声を上げた。手を背中に回して忙しなく動き回りながら痛え痛えとわめいている。


「誰だっ!!」


 ネグリジェの裾から手を放した男が背後の薄暗闇の向こうへ威嚇の声を張り上げる。その隣に残りの一味が並んだ。

 冷たい闇の静寂の中に男の声がこだまのように響き、一拍。

 二拍。

 三拍の無音。

 しかし床に寝そべる二人の仲間の背中にナイフが刺さり、血を滴らせているこの現状は気のせいではすまない。

 男が一歩歩み出て、コツ、と靴音が響いたそのとき。

 暗闇の奥からゴウゴウと燃え盛る業火の渦が現れ、盗賊たちに襲い掛かった。

各々の悲鳴をあげて、彼らは左右へ吹き飛び壁に激突。

 こちらに向かってくる業火に驚いて閉じた目を、アリエスはおそるおそる開けた。


「……、…っ!」


 心休まる温かみを持ったその業火はすぐそばで霧散した。代わりに視界に映るのは大きく頼もしい人の背中。それはくるりとこちらに振り返ると、自身の外衣を脱いでアリエスの肩にかけながら言った。


「怖い目に合わせてすまなかった。もう大丈夫だ」


 落ち着かせてやろうと、彼は優しく笑いかけてくれた。

 つられて表情を和らげるアリエスの目じりから、ポロポロと涙がこぼれていく。


「カイナさん…!」


 昼間に子供たちにしたのと同様に頭を撫でてやり、カイナは腰を上げて男たちを見る。

 殺気のこもった紅に、盗賊たちは一人残らず怯んだ。及び腰になり、身の危険を感じてじりじりと後ずさる。


「女子供だけじゃなかったのかよ!!」

「ちっ! ずらかるぞ!!」


 倒れている仲間を立たせて支えながら、盗賊たちはバタバタと駆け出す。

 がしかし、その足はすぐに止まった。

 奥の暗がりからもう一人、人影が現れ行く手を阻んだからだ。


「逃がすわけねえだろ」


 獣が唸り声を出して威嚇するように、腕を組みながらリオトが低い声で言う。

 退路を断たれ、背後からはカイナが距離を詰める。


「賞金首、ダレル・スベットと以下四名。おとなしく投降せよ。さもなくば、こちらは多少の実力行使も止むを得ない」


 カイナの勇壮な声が響く。二人の正体を悟った頭領ダレルが肩ごしに彼を見ながら怒りと焦りに舌打ちを重ねる。


「賞金稼ぎのハイエナどもが警護騎士キャヴァリエルみてえに粋がりやがって…!!」


 とはいえすでに仲間のうち二人が負傷している。三対二で数では勝っていても、二人の纏う殺気と闘気が早くも残りの二人の手下を負かしていた。

 だが先方も盗賊である以上しおらしくはい捕まりますとも言えないようで、ダレルは腰のベルトに下がっているソードを鞘から抜き放ち、切っ先をリオトに向けた。

 それに従い、両脇のまだ無傷である手下たちも仕方なさげに腰のダガーを構える。


「お! る!? そうこなくっちゃ! こっちから探す手間が省けたはいいけど、なにも無いんじゃつまんないからな!」


 途端にリオトが場違いに目を輝かせる。

 そんなバカ弟子も含めて、カイナは腰に両手を当ててため息をつきながら肩をすくめる。


「くれぐれも無駄で不毛な殺生は避けるように」

「はいはーい」


 得意げに返事を返され、師はがっくりとうなだれてもう一度ため息をついた。

 一方、どう考えてもバカにしているとしか思えない二人の会話にダレルは体と唇をわなわなと震わせる。震えは腕や手を伝ってやがて剣へと伝わり、カタカタと音をたてる。


「この、ガキどもがああっ!!」


 ダレルが踏み込み、怒りをこめて剣を振り上げる。威力を強めるためか、剣を掴む手の、その肩を限界まで後ろにねじっている。

 しかしその分、


―――胴はがら空き!


 先手必勝。にリオト自身は賛同しないが、この場合は剣を振り下ろされる前に叩くのが正解だ。

 身をかがめて懐に飛び込み、鳩尾みぞおちめがけて右肘エルボーを打ち込む。

 力強く重い一撃にダレルの体が腹部を中心にくの字に曲がり、頭上から苦しげな声が漏れ出た。

 決まったと確信した瞬間、視界の上部にかろうじて映り込んでいた口が漏れた唾液を垂らしながらも二ィと笑った。

 動きを止めていた剣がとうとう振り下ろされる。


「ちょっ!? うそだろ!」


 言いながら慌てて後ろへ飛び退る。直後ガッと剣が木製の床に食い込んだ。

 もはや執念としか思えない。

 だがそうとくれば、俄然やる気も出てくるもので。


「いいぜ。そんなに痛い目に遭いてえなら、―――遭わせてやんよ!!」




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