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師匠と弟子の旅路録  作者: 蒼理アオ
壱.放浪する師弟
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 リオトは未だ痛む頭に苦闘しつつ、右手で押さえながら師の大きな背中を追う。その表情は痛みに歪んでおり、やや辛そうである。

 二人の靴音だけが響く裏通りは、日が傾いてきたことにより徐々に薄暗さを増していく。

はぐれないようにと、カイナとの距離を縮めようとしたその時、リオトはわずかな違和感に気がついた。

 この見張られているような、突き刺さるような注目と、一定の距離を保って背後にピタリと寄り添われている感覚。

 つまり―――、  


「尾行されてるっぽいですね」

「気が付いたか」


 カイナは振り返らずに答えた。バレていることを悟られないよう、二人は歩みを止めず、声量を抑えて言葉を交わす。


「表通りでは民間人に被害が及ぶ。ここで手早く片付けるぞ」

「はい」


 カイナが歩みを止めて振り返る。リオトもそれに倣い、立ち止まって半身だけを振り返らせる。


「そこにいるのはわかっている。用があるなら出てくるがいい」


 カイナが声高に叫ぶ。すると、何メートルか先の暗闇から、男が二人、姿を現した。どちらも小汚いタンクトップにレザージャケット、肩やら腕やら、それぞれ体の違う個所にチェーンや腕輪、指輪などがはめられており、男たちの動きに合わせてジャラジャラとやかましい音を立てて揺れる。あれではおしゃれもアクセントもあったものじゃないが、いかんせん本人たちはそれがかっこいいと思っているのだから救いようがない。

 男たちが不意に笑った。それとほぼ同時に背後に感じた殺気。

 瞬時に意味を理解したカイナの体が動く。

しかし、カイナの体が完全に背後を振り返りきるよりも、それが迫るスピードの方が早かった。

 あまり好ましくない金属音がすぐ近く、耳元にも等しい距離で響いた。とっさに端整な顔を歪めるカイナの瞳に映ったのは、暗闇と同化し見まごうような漆黒。


「……あんまり鬱陶しいマネされるとぶっ殺したくなるんだけど」


 カイナよりも先に動いたリオトが服のなかにいくつか仕込んでいる合口型の短刀で弾いたことにより足元に刺さったのは刃渡り十五センチほどのダガー。力加減と腕次第では致命傷を与えづらい背中に投げたとしても確実に人の命を奪える長さ。

 ようするに、今カイナとリオトを取り囲んでいる男たちが望んでいるのはただの殴る蹴るのケンカではない。

 この世にたった一つしか存在しない、互いの命を賭けた危険なやりとり。

 殺し合いだ。


―――本当に、頼もしいやつだな。私の弟子は…。


 世間知らずからきているものの、物怖じしない凛々しさ、目を見張る瞬発力と反射神経、小柄な体躯を活かしたしなやか且つ軽やかにして決して油断もスキも与えぬ強さを、リオトは兼ね備えている。

 自慢の弟子だと胸を張れるほどに、なかなかにできのいい子だった。


「師匠、あいつ、昼間にレイグに怒鳴りちらしていた男です」


 カイナが改めて愛弟子の強さについて考えていると、リオトが小声で告げてきた。

 暗闇のなかから浮かび上がるように姿を現したのは、小汚い黄土色のジャケットに他の連中と同じく体中にジャラジャラとついた金属製の装飾品。

 そしてその隣には同じような格好をした男がもう一人。数は合計四人。

 カイナとリオトは背中合わせに立つ。


「よう、てめえら。昼間は世話になったな」

「わざわざ礼を言いに来たのか? ずいぶんと律儀な連中だな」

「そのうえオトモダチまで引き連れてくるなんて、よっぽど照れ屋なんですかね」

「ああそうさ。あのときの礼はこの口下手の口からじゃ伝えきれねぇ…。だからよぉ…?」


 男たちの手が次々と同時に横や斜め下にぶん、と振られる。なにかを握ったように作られた拳の中にはナイフやらダガーやら鋭利なる刃物がひとつずつ握られている。


「こいつを受け取ってくれや!」


 カイナの正面から一人、リオトの正面から一人、それぞれナイフを振りかぶり突進してくる。


「穢れなき聖なる水流、沸き上がりて悪しき者たちの罪科を浄めよ……」


 迎え撃とうと駆け出しかけたカイナの腕を左手で掴んで制したリオトはすでに詠唱に入っていた。早口で詠唱を唱えるその足元には淡い水色の光を放つ円形の詠唱陣。


「フラッドパージ!」


 突進してくるそれぞれ前後の男たちの数メートル先にリオトの足元にあるものと同じ淡い水色の光を放つ詠唱陣が浮かび上がる。

 男たちがその詠唱陣に足を踏み入れるタイミングに合わせて陣の中心から大量の水流が湧き出た。


「な、なんだ!?」

「うわあっ!」


 水量は瞬く間に増え渦巻き、完全に足を取られている男たちは元々いた地点よりも遠くまで流された。

 詠術えいじゅつ。脳内に発動する術のイメージを思い浮かべ、合言葉のようなものである詠詞のりとを唱えながら自身の中の詠力えいりょくを練り、そこに肉眼では見られないが、空気中に霧散している地水火風と氷、闇、光の精霊の力を引き込んで発動する遠距離型の術。

 そして詠力えいりょくとは、しばしば人の精神力や生命力などと同一視される、人の体内に存在する目には見えない精力とでも言うべきもので、ほぼ全ての人々が持っているが詠術えいじゅつを発動させることができるのは特に強い詠力えいりょくを持っている者だけである。

 また、詠力えいりょくが強い者や手練の術者においては詠詞のりとを省略して即座に発動させることも可能である。


「見事だ」

「やった!」


 カイナが褒めてやれば、リオトは笑った。

 相手の出鼻をくじくことに成功し、今度はカイナとリオトが男たちめがけて駆け出す。

 詠術によって流された仲間に気を取られていたもう一人の男は殺気を感じハッと我に返ると首を回して前を向く。

 その眼前には鋭い目つきで男を見据えるリオトが迫っていた。体を捻ることで威力を増幅する得意の重い一回転蹴りが男の顔面にのめり込み、男は暗闇の向こうへ一直線に吹っ飛んでいく。数秒後に聞こえたなにかが壁に強くぶつかる音。

 間髪入れず、先ほど詠術で流された男がリオトに襲いかかる。手にしていたナイフは流されたときに無くしたらしく、男が繰り出した攻撃は正拳突きだった。

 リオトは冷静に見切ってかわす。

 続けて連続で繰り出される拳は焦りと恐怖に乱れた力任せのものばかりでリオトを追い込むには至らない。むしろ、繰り出す拳がかわされればかわされるほど、精神的な意味でも追い込まれていくのは男のほうだった。

 力任せの拳はリオトに掠りもしない。男にはそれがどうしてか理解できず、額から冷や汗が流れていく。

 しかしリオトからしてみればそれは当たり前だった。計算も狙いもなく力任せでただ相手を制することだけを考えたど素人の攻撃ほどかわしやすいものはない。

 まあ、とどのつまり、


「片腹痛い」


 訳すと、この程度の力しか持ち合わせていないくせに生意気に尾行しておまけに待ち伏せて自分たちを沈めようなんざちゃんちゃらおかしい。


「なっ……!」


 スッと男の視界からリオトが消える。

 正確には正拳突きをしゃがみこんでかわしたリオトが、一気に男の懐に潜り込む。みぞおちに肘打ちをきめ、次いで頬に裏拳ととどめの回し蹴りの連撃。

 体の左側半身から勢いよく壁にぶつかり、男は意識を手放した。


「師匠!」


 薄暗い中で、振り返り周囲を見回す。しかし、カイナは意外とすぐに見つかった。白髪は闇の中でもわかりやすいのだ。

 すでにカイナの足元には二人いたうちの片方が伸びていて、残る一人に手を付けるところだった。

 こちらも同じく流された方を後回しにしたようで、今カイナと対峙している男は昼間にレイグを怒鳴りちらしていた男だった。二度も完膚無きまでにやられ、男は怒りに体を震わせる。


「この…!」


 自身めがけて振り下ろされるナイフの軌道を読んで難なくよけ、次の手を見切ったカイナはナイフを持った男の手首を掴んだ。


「ぐあぁ!」


 その腕を極めてナイフを落とさせ、みぞおちに膝蹴りを打ち込む。大の男である上に鍛えている人間が繰り出した膝蹴りは一撃で男の意識を根こそぎ奪った。


「逃げるぞ!」

「はい! はぐれないでくださいよ!」

「わかっている!」


 新手が来る可能性を考え、二人は薄暗い隘路を走る。

 闇夜の帷が、すぐそこまで降りてきていた。



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