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師匠と弟子の旅路録  作者: 蒼理アオ
肆.かつて
58/101

拾参


 *


 開けた瞼は少し重かったが、それでもカイナは確かに目を覚ました。

 おやつをみんなで食べたあと、おいとましようとしたところを今度は遊んでほしいとねだる子供たちにつかまり、断り切れずに渋々了承。

 じゃあオレ夕食作りますからと低い声を出して調理場に逃げたリオトと慌てて手伝いますと追っていったアリエスが作った夕食までごちそうになってしまい、その後も子供たちから解放されず――しかしカイナとしては決してまんざらではない――結局そのままズルズルと孤児院に一泊。

 好き好んでやっていることではあるが、子どもの相手は意外と体力がいるものだ。その平和的で心地よい疲労のせいか久々に深く寝入ってしまっていたが、身に染みついた癖か、人の気配とかすかな物音に目がさえたらしい。

 窓の外はまだ夜で、体を起こしてみれば周りではめったに来ない客人と言うこともあってか、たった半日でかなり懐いてくれた子供たちが自身に甘えるように身を寄せて寝ている。どれもあどけない寝顔ばかりで、自然と頬が緩んだ。

 少し離れたところにはまだ赤ん坊であるエルに母親のように寄り添いながら眠るアリエスと、その隣にリオト、それから彼女にくっついて眠るメルルの姿がある。

 はずなのだが、


―――ん?


 よく見れば、猫のように体を丸めて眠るメルルの隣の寝床は空っぽだった。

とすれば、先ほどの物音はリオトか。

 ただの用場、だとは思うが、なんだか妙に気になった。彼女の寝床をもう一度見てみると、空っぽの寝床の脇にブーツと二―ソックスが置き去りになっていることに気が付いた。

 寝ぼけていたにしてもリオトはそこまで間抜けではない。廊下に出た時点で気づいて戻ってくるはずだが、彼女が部屋を出て少なくとも五分以上が経過している。これはさすがにおかしい。

 気がかりが杞憂ではなくなったようだ。カイナは子供たちを起こさないように起き上がって外衣を羽織り、リオトのブーツとソックスを持って部屋を出た。

 灯りの無い廊下は薄暗い。足元に気を付けながら、とりあえず用場に行ってみる。しかし中にも周囲にも人の気配はなかった。

 方向音痴であるため何度も同じ場所に行ったり戻ったりしながら、長い時間をかけて調理場や居間兼食堂リビングダイニングものぞいてみたが、どこにもリオトの姿は無かった。

 残る場所は外か…もしくは、


「隣接している教会ぐらいか…」


 入れ違いになっている可能性もあるが、やっとの思いで孤児院内を見て回ったのだからとりあえずすべての場所を見回ってから戻ることにした。

 居間兼食堂リビングダイニングから外に出て、晴天の星空を仰ぎながら軽く辺りを見回り、正面の教会の方へ回り込む。

 両開きの扉の前まで来ると、すでに片側の扉が少しだけ開いていた。少なからずここに誰かがいるということになる。

 ドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開ける。ギィと軋んだのは扉か金具か、どちらとも少し古いのでわからない。なかはやはり薄暗いが、左側の窓から月明かりが差していた。


「リオト、いるか…?」


 小さめに出した声に返す返事はなかったが、代わりに覚えのある気配と、軽い嗚咽とすんと鼻をすするような音が聞こえた。

 一応周囲を警戒しながら、そっと足を踏み入れる。

 カイナの靴音だけがやけに大きく響いていた。

 奥の講壇まで続く真ん中の通路を一歩、また一歩と進みながら、左右に一つずつ、それが縦に七つ等間隔で並べられている長椅子を一つずつ見ていく。


「…!」


 左側、前から二つ目の長椅子。

 そこに、リオトが横たわっていた。椅子はリオトが脚を十分に伸ばせる長さで、幅もちょうどピッタリだった。

 眠ってしまっているようだが、眉がしかめられているのは椅子の寝心地の悪さのせいだけではないだろう。おまけに、怯えるように体も小刻みに震えている。

 とりあえず無事な姿で発見できたことに安堵し、手に持っていた彼女のブーツにソックスを押し込んで椅子の足元に置くと、カイナはリオトを抱え上げた。そして今度は自身が椅子に腰かけると、脚の間に彼女を横向きで座らせ、体を自身の方へ持たれかけさせて抱き込んだ。

 結われていない長い黒髪がさらさらと流れる。


「…………め、……さい……」


 胸元から小さな声が漏れでたので起こしてしまったかと顔をのぞき込むが、苦しそうに、辛そうに眉をしかめたまま瞼はかたく閉じられていた。


「ごめ、……なさい……。ごめん……な、……い」


 月明かりを頼りに改めて顔を見てみると、頬に涙痕ができている。

 悪夢にうなされながら、リオトはただ謝罪の言葉だけを重ね続け、涙痕のうえをまた涙が伝う。

 おそらくは昔に少し聞いた《子供を殺したこと》に関係し、避けていた子供という存在と長くいたためにそのことを脳が強く思い出してしまったのだと思われるが、この子が具体的になににうなされているのかは分からない。

 目の前で怯え、震え、悲しみ、また小さく嗚咽しているのに、そばにいても何もしてやれないことが悔しかった。


「リオト…」


 日頃から、リオトは子供と関わることを拒み、避けていた。だから今うなされているのは半ば無理やり付き合わせてしまった自分のせいでもある。

 だからできることならその悪夢を引き受けてやりたい。代わってやりたい。

 なのになにもしてやれない。助けてやれない。

 しかしここに、そばにいると伝えたかった。


「リオト…。大丈夫だ。私がいる…」


 耳元で小さく声をかけてやりながら、頭を撫でてやる。


「かいな、さ…」

「リオト…?」


 涙に掠れた声で名を呼ばれ、頭を撫でる手を止めて再び顔をのぞき込む。

 相変わらず瞼は閉じられたままだったが、辛そうに歪んでいた表情はいくらかマシになったように見える。カイナの声と思いが伝わったのか、リオトの右手がその存在を確かめるようにぎゅっと彼の服を掴んでいた。


「…私はここにいる。…そばにいるぞ」


 もう怖がらなくてもいいように、泣かなくてもいいように。安心して眠れるように。

 クスリと笑みをこぼし、つややかな黒髪を指に絡めながら、カイナは彼女の頭をしばし撫で続けていた。




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