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師匠と弟子の旅路録  作者: 蒼理アオ
肆.かつて
53/101



「…………」

「……っ! ……」


 少し睨みをきかせてみると、わずかに肩を揺らして身を引き、怯えた――ように見えた――が、引いた身を前へ押し戻し、またじっと見つめてくる。

 仕方が無い。こういうときは無視が一番だ。なにせ相手は子供だ。子供は熱しやすく冷めやすい。飽きるまで放っておけばいい。うん。


「―――ふっ…! っと…」


 最後の幹を割り終わり、額の汗を腕で拭う。斧は重い刃を下側にして、持ち手部分を切り株に立てかけて置いておき、次は割った薪を裏口の横に雨をしのげる屋根付きで設けてある薪置き場に整列させていく。

 どちらかといえばリオトは大ざっぱな性格だが、薪を割るだけ割って散らかしていくわけにはいかないし、ひょっとしたら子供たちが足を引っ掛けて転ぶかもしれないし、適当に薪置き場に置いたら全部置けないかもしれない。

 奥側から薪を倒して置き、横に並べていく。一通り並べたら今度はその上に薪と薪を噛み合せるように置いて積み上げていく。ふと、視界の隅を栗色がかすめたので見てみると、メルルが無造作に転がっている薪に小さな手を伸ばしていた。


「お、おいバカ!」


 慌てて横から薪を奪い取る。子供の肌はか弱い。木屑が刺さってケガをされても困るのだ。


「こういうのは木屑が落ちやすい。ケガしたらどうするんだ! 手伝おうとしてくれたのならありがたいが気持ちだけ受け取っておく。危ないから離れてろ」


 子供は苦手だが無闇にケガをされるのは見過ごせない。思わず少し声を荒らげてしまったが、メルルは大した反応を返さない。


「とにかく、絶対に、絶対に! 薪に触るなよ!」


 作業に戻り、手早く薪を積み上げていく。十と数分を要したが、これぐらいの作業で息が上がったりなどはしない。

 薪の片付けが終わっても、メルルは未だ裏口の段差に座り続けていた。


「で、君はどうしてオレといるの?」


 横を向いて、手や服についた木くずを慎重に取りながら問いかける。

 メルルと面識は無い。まだ一度も笑いかけていない。遊んでやったわけでもない。なのに彼女はどうしてリオトのそばから離れないのか。

 すると、メルルがおもむろに腰を上げ、一歩近寄った。リオトは思わず小さく肩を揺らすと、一歩後退る。


「おにいちゃん」

「んえ?」


 言動のせいでリオトが女だとわかっていないのか、それともわかっているがマニッシュな言動からわざとリオトを《おにいちゃん》と呼んだのか。


「おにいちゃん」


 ぬいぐるみを両手で抱きしめ、つぶらな瞳でメルルはリオトを見つめた。

 頭をかき、とりあえず薪割り作業の終了をアリエスに報告しようと、リオトはメルルの脇をすり抜けて裏口の扉を開けた。すると、小さな足音が背後につく。ついて回る気らしい。


「好きにしろ……」


 観念したように呟くと、背後でくすりと小さく笑う声が聞こえた気がした。



「本当にすみません。カイナさん」


 隣を歩くアリエスが申し訳なさそうに身を小さくする。


「構わない。これぐらいのこと、気にすることはない」


 そう笑って返すカイナの腕の中には彼の胸にもたれかかり寝息をたてるユーティスがいた。

 カイナからこれまでの旅の話を夢中になって聞いていたものの、昼寝の適時でもあったせいか、いつしか子供たちのなかで物語は子守唄へ変わっていったらしく、しばらくするとすやすやと眠り込んでしまった。

 それに気づいたカイナはアリエスと一緒に子供たちを寝室へ運び、人数が奇数なのでユーティスが最後の一人となった。

 客人の手を煩わせてしまったことが、真面目な性格のアリエスの良心に罪悪感を抱かせる。

 そのうえ彼は子供たちを運ぶ際に、比較的近くにいたルノアを抱き上げて運ぼうとしたアリエスを制し、重いだろうから男児は任せてほしいと申し出てきた。おまけにさっきも、最後に残ったユーティスを抱え上げようとしたらやんわりと制され、結局現状が出来上がった。

 ダイニング奥の扉を出て左に進み、突き当たりを右に曲がった先にある部屋が子供たちの寝室である。十畳ほどの質素な一室に使い古された小さなマットレスにシーツを重ねてタオルケットや毛布をかぶるだけの、これまた質素な寝床が二列に等間隔で敷いてある。それぞれ子供たちの好きな色なのか、枕や毛布がとても色とりどりになっている。

 左側の手前から二番目の寝床にゆっくりユーティスの体を横たえてやる。すると、なにかがカイナの胸元の服を引っ張っていた。ユーティスの小さな手だった。よほど懐いているのか、離れたくないとでも言うように服を掴み、自らの体を寄せる。

 カイナは苦笑しながらユーティスの手をそっと解くと、靴を脱がせて毛布をかけてやった。くすぐったかったのか少し身じろぎしたので驚いたが、すぐに穏やかであどけない寝顔に戻り安堵。

 そっと扉を閉め、次に二人はキッチンに向かった。


「本当にすみません。おやつ作りまで手伝っていただいて…。ゆっくりしていただいて大丈夫ですよ?」


 エプロンを着け髪をまとめたアリエスが棚から今日のおやつの材料を並べていく。


「いや、構わない。まだリオトも戻っていないし暇なんだ。迷惑ならすまない」


 彼が申し訳なさそうに柳眉を八の字に下げると、慌てて手や首を振って否定する。ゆるくカールした毛先がアリエスの動きに合わせて揺れた。


「い、いえ! 迷惑だなんてとんでもない! ただ、お二人は大事なお客さまですから。なのにわざわざ手伝いをさせるなんて、それこそすごく迷惑なのではないかと……」

「リオトはじっとしているのが苦手なんだ。私はそうでもないが、弟子リオトが手伝いをするというのなら、わたしだけがまったりと寛ぐわけにもいくまい」


 上の棚からボウルを出し、アリエスが出した材料の隣に並べていく。


「で、なにを作るんだ?」

「種類の違うクッキーを作ろうと思っています」

「では分担して、二人で二種類ずつ作るのはどうだろう?」


 その方がアリエスの負担が減り、様々な種類のクッキーが作れると考えたからだ。

 袖をまくりながら提案すると、彼女はおずおずと頷いた。


「では、お願いします。あ、古いですけどエプロンどうぞ」

「ああ、すまない。ありがとう」


 手渡された簡素なエプロンを身に着け、二人はおやつ作りにとりかかった。

 他愛もない話を織り交ぜながら、材料を混ぜ合わせ、生地をこねる。ある程度こねたらボウルに入れて休ませてから麺棒で薄く伸ばし、型抜きでくり抜いて天板に並べ、予熱をしておいたオーブンで焼いていく。


「ところで、リオトくんは子供たちが苦手だと言っていましたが、過去になにか…?」


 使った調理器具を洗い終えたアリエスがタオルで手を拭きながら問いかける。


「ん? ああ、リオトは……」


 残りの生地を型抜きし、天板に並べていたカイナはわずかに目を伏せる。


「あの子は昔、


ーーー《子供を殺した》ことがあるそうだ……」





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