陸
確認するようにまずそう口にすると、アリエスは一拍置いて自身が知っている情報を整理し、口を開いた。
「最初に山賊が出たのは一ヶ月ほど前のことでした」
四方を山と森に囲まれているこの村から南側の山道と森を抜ければ街道があるミュークリィ平原に、北東の森を抜けてそのまま北に進めばインディト渓谷に出る。ちなみに、二人は南側の山道と森を進んでこの村に入った。
この二つの出入り口のうち、山賊の目撃情報が出たのは北東側の、インディト渓谷に至る森でのことだった。村で牧場を経営している男性が牛乳を配達しに馬車で隣村へ向かっていたのだが、森の出口までたどり着き、何事も無かったと安堵し気を抜いていたそのときに襲撃にあったらしい。男性はやむを得ず来た道を走って戻り、命からがら逃げてきたが、引き換えに大事な商品と馬二頭を失った。村の牧場主なら相当痛手だろう。以来男性はすっかり塞ぎ込んでいるらしい。
「南側の山はすぐに抜けられますが、北東側の森はおよそ十キロにもおよぶうえに深いんです。運が悪いと狂暴な魔物に出くわすこともありますし、昼はなんとか大丈夫ですが、夜は月明かり程度の光では視界確保も難しく、朝には霧が出て視界が悪くなります」
カイナは組んでいた腕を解くと、今度はテーブルに肘をついて両手を組み、親指の上に顎を乗せる。
「そんな森に身を潜めて馬車を襲うことができるという事は、山賊たちは相当な手練だな」
「賞金首っぽいですね」
魔物ならまだしも、並の山賊ならば、そんなところを拠点にするのはあまり賢いやり方ではない。二人は目だけを向け合い、笑う。
「山賊が出たという話はそれを含めて今まで三件です。しかも襲われた場所は森の真ん中あたりだという話もあれば、さっきの話のように出口付近だったりとバラバラで…」
「へぇ、用心深いな。ということはそいつらに関して分かっていることは、」
「少なくとも大体の人数と武器を持っていることぐらいです」
ほほう、それはそれは……。
返された言葉に今度はリオトが腕を組み、笑う。それも楽しそうに。
相手に関する大した情報が無いなら、戦略や大体の相手の攻撃パターン予測もできないというのに、この戦闘狂ときたら……。苦い顔一つしやしないのだから、まったく困った愛弟子である。
「ある程度連中の情報が集まるまでは様子見だ。もし一人で飛び出したりしたら承知しないぞ」
「りょーかいです。親愛なるお師匠サマ」
本当にわかっているのかこのバカ狼め……。
「あの、お二人は警護騎士の方、にも失礼ながら見えませんが……」
遠慮がちにアリエスが問う。
軍はまず無いとして、警護騎士にしては――旅人にしても、かもしれないが――カイナとリオトの出で立ちはあまりにも軽装で、しかし危険な賊の話をわざわざ聞きたがる変わり者の一般人などそういないだろう。おまけに二人は明らかに麓の村や別の村などの人間ではないため、アリエスが不思議がるのも無理はない。
「ああ、私たちはしがない旅烏だ。とある目的があって旅をしている」
最も、基本的には気ままに各地を流浪しているだけだがな、と付け足しカイナは笑う。その笑顔がこの旅を心の底から楽しんでいることを物語っていた。
「さて、では私たちはそろそろお暇するとしよう。アリエス、忙しいところをすまなかったな。協力感謝する」
「ありがとうな」
「いえ、そんなとんでもない。大した力になれなくて、本当にごめんなさい」
席を立ったカイナに続き、二人も腰を上げる。そのとき、カイナの腰になにかがぶつかってきた。
「ねえ、おにーさんたちたびしてるの?」
右腕を少し上げて右の脇腹より少し背中側をのぞきこむ。
さっきの会話を聞いていたのか、拙く問いかけてきたのは紫色の髪と瞳を持つ少年だった。短い腕をカイナの腰に回して無邪気な瞳で彼を見上げる。
「ん? ああ、そうだ」
それの正体が子供だとわかるや否や、カイナはにこりと笑う。それにつられたか、少年もまた笑みを浮かべてはしゃぎ始める。
「すっげー! ねえねえ! たびのはなしききたい!」
「え」
短いそれはリオトの口から出たものだった。眉間にわずかにシワが寄る。
「あ! アルドずるい! わたしもたびのおはなしききたい!」
少年の声が聞こえたらしい。今度は水色の髪の少女が声を上げて飛んできて、カイナの腕を引く。
「こらアルド、ミーシャ、お客様を困らせてはいけません」
「えー」
「つまんないー」
窘められ、口を尖らせる二人はしかし彼から離れようとしない。アリエスはもう、とため息をつき、カイナは苦笑する。
「おれもたびのはなしききたい!」
「わっ、」
今度は自身のそばで無邪気な声がし、まさか自分に寄ってくるとは思わなかったリオトは肩を揺らして勢いよく振り返る。
金糸の髪の少年が歯を見せ、にー!と人懐こい笑顔を見せる。その両手はちゃっかりリオトの肩口から後ろへ垂れ下がっているマフラーの片方を握っており、リオトは隠すことなく青ざめていく顔を歪めた。
「ユーティス、あなたもですか……」
おそらくその少年のものであろう名を呼んで、アリエスはがくりと項垂れる。
「……その、私たちは構わないが、」
アリエスと子供たちを見兼ねたカイナがそう言うと、アリエスは驚きの声を小さく出して彼に目を向け、カイナとリオトにまとわりついている三人の子供たちが、彼の言葉にぱぁっと顔を輝かせる。
ちなみに横から向けられている『は? 何言ってんのアンタ正気? 構わなくないよ? オレは構うよ?』とでも言いたげな弟子の抗議の目には一切取り合わない。
カイナの許しを得た子供たちは次にまだ首を縦に振っていないアリエスにつぶらな瞳を向けて抗議する。その瞳が、彼女の心を貫いた。
純粋な、まるで子犬のような目を向けられれば、誰だって良心を痛めることだろう。子供たちに自覚が無い分、とても悪辣である。
「…………わ、わかりました。そのかわり、絶対にお二人にご迷惑をおかけしないこと、いいですね?」
『はーい!!』
根負けしたアリエスが右手の人差し指をピンと立てて言った。瞬間、やったぁ!と子供たちはとびきりの笑顔ではしゃぎ始める。
「おいみんな! にーちゃんたちがたびのはなしきかせてくれるってさ!」
「おはなし?」
「ききたいききたい!」
ユーティスが居間側で遊んでいる他の子供たちにそう声をかけると、興味を持ったらしく、一斉に遊ぶ手を止めてカイナに群がり始め、居間側へと引っ張っていく。
ユーティスから解放されたリオトは、この隙に逃亡。
「アリエス、家事かなんかで手伝えることない?オレガキの相手は苦手なんだ。力仕事でもなんでいい」




