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師匠と弟子の旅路録  作者: 蒼理アオ
肆.かつて
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 アリエスに連れられやってきたのは村の奥の小高い丘。木は一切生えておらず、そよ風に草そよぐ見晴らしの良い平原にその少し古びた建物は立っていた。

 大きな窓が二つ、等間隔で縦に二つ並んでいるということは、きっとこの建物は二階建てなのだろう。

 ただの教会にしては大きな建物の正面玄関の扉の上には花のリースに飾られた十字架が下げられており、もっと上には鐘らしきものがぶら下がっている。錆びているのか、焦げ茶色に変色しているところを見ると、鐘は久しく鳴らされていないようだ。


「ここは元々、世界と我ら人を創りたもうた我等がしゅ、聖オルディメガスを信仰する小規模な教会で、月に一度ミサを行ったり、頼まれれば婚姻の儀や葬儀なども執り行う傍ら、頂いたお布施や寄付金で孤児院を営んでいました」


 教会にしては建物が大きいのは始めから孤児院経営を視野に入れていたかららしい。

 オルディメガスとは古代語で創造主という意味である通り、この世界の創造主とされ崇められている最高神で、これを信仰する一神教宗派とその拠点である教会が各地に点在している。


「こちらです」


 アリエスはおそらく教会の正面玄関だと思われるその扉を目の前にして手前で右折する。回り込むような形で歩いた先には普通の民家と変わらない一枚だけの小さな開き戸が付いた玄関。

 扉の隣には錆びかけた小さな玄関灯ポーチライトが、脇には所々に少しこけが生えた小さな郵便受けが棒立ちになっているが、どちらも年季が入っている。


「さあ、どうぞ」


 右手で年季の入った扉を開け、中へ入るよう促す。その左手にはしっかりと仏頂面でそっぽを向いているルノアの腕が掴まれている。ゆっくりと開けられた扉の金具がキィと軋み、さきほどの一斤まるごとの食パンを抱えたままのリオトが鼻の右側あたりを引き攣らせた。

 リオトはカイナの前に立っているので、彼女が歩かなければカイナは中へ入れない。リオトが古い金具の鳴き声を嫌がっていると分かっているカイナは苦笑すると、彼女の肩に手をかけて押しながら中へと足を踏み入れた。

 十五畳ほどの広いこの空間は居間リビングだろうか。部屋の左側には使い古され所々が黒ずんだ大きな赤いカーペットが敷かれ、その上には動物のぬいぐるみや積み木、小さな絵本などが散らかっている。壁際の隅には子供たちのことを考えてのことだろう。背の低い本棚が三つほど並べて置いてあり、いくつかの絵本と、絵本を卒業した子供向けの本がしまわれている。その側にはおもちゃ箱だろうか、大きな木箱が置いてあり、ほかのぬいぐるみなどのおもちゃが見え隠れしている。離れたところには白い暖炉も設けられていた。厳しい冬には重宝しそうだが、こちらも所々炭や汚れの黒ずみが目立つ。

 部屋の右側には木でできたごく一般的な、しかし大きな長方形のテーブルと、それを囲う同質の椅子が並んでいる。となるとダイニングのようだが、どこにも調理場は見当たらず、別の場所にあるようだった。

 居間リビング側とダイニング側の天井にそれぞれ一つずつ、詠力もしくは詠術、あるいは詠力の塊である詠響石レジスタルを用いて明かりとする装置がついているが、今は点けられておらず、窓のカーテンも閉められているせいか部屋の中は薄暗い。


「えいっ……!」


 二人のあとに中へ入ったアリエスが明かりの装置に近づき、それに向かって右手を振ってみせた。その足元には薄黄色の詠唱陣。光の詠術だ。

 アリエスの右手から同色の光が飛び、装置へ吸い込まれるように集束した。そして少しして、人が二、三度瞬きをするように何度か明滅したあと、装置はおよそ部屋の半分ほど、居間リビング側のみを照らし出した。

 無事に居間リビング側の装置が点いたことを確認したアリエスは胸を撫で下ろして安堵すると、部屋のもう片方、ダイニング側の装置にも同じように詠力を注ぎ込み、明かりをつけた。


「アリエスって詠術使えるんだ。すごいな」


 あまり戦闘に関わりを持たない一般人が詠術を会得しているのは比較的珍しいため、リオトが感心する。すると、アリエスはぶんぶんと勢いよく首を振って否定する。


「ち、違います違います! これは暖炉に火をつけるのと同じような作業なので、そんな大それたようなことじゃありません!母からこの方法を教わったんですけど、これ以外の戦闘向きの詠術なんて一つも使えません。というか、装置あれを点けることができるだけなので、実質詠術なんて使えません」

「しかし、詠力を操ることが出来るなら、詠術を使える素質は十分にある」


 帝都の軍隊や、警護騎士キャヴァリエルにおいても、志願し入隊試験を行う上で、詠力が操れること、詠術を操れること、そしてその素質があるか否かはとても重要な事柄とされている。両者ともに相手はなんであれ戦闘を経験することは免れ得ないからだ。これにより合否が決まるといっても過言ではないし、出世の鍵ともなり得るのだ。


「やめたほうがいーよ。ちょっと前、水の詠術使ってラクに洗濯しようとしてすぐそこの川を氾濫させかけーーー」

「ルノア!」


 アリエスが真っ赤になりながら慌てて口を挟む。さっきの説教のお返しか、両手を頭の後ろで組んだルノアは口を尖らせてつーんとそっぽを向く。

 血色の紅潮はそのままに、アリエスはゴホンと大きく咳払いをし、弁解する。


「たまたま洗濯物が溜まっていたので、効率よく洗濯しようとしただけです!」


ルノアが口を挟まぬよう大きな声で、かつ《効率よく》を強調しながらハッキリと言い切ったところで、どこからかガチャリと扉が開く音がした。


「せんせー?」





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