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師匠と弟子の旅路録  作者: 蒼理アオ
参.激走バイクレース!
45/101

拾捌

 まっすぐに降ってきたブザビオの拳をいなし、掌底で顎を打ち上げる。勢いよく体を反り返らせ突き出されたガラ空きのみぞおちに最後に振り絞れるだけの詠力をのせた追撃の裏突き。

 声を上げる間もなく意識を失い、ブザビオは後ろに吹き飛ぶ。危うく下敷きにされかけた観客たちが慌てて身を引き退いたため、ブザビオは背中から地面へ倒れた。

 直後に限界がきたか、カイナもその場で膝を折った。


「師匠!」


 駆け寄り、そのまま倒れ込んでしまいそうな上体をリオトが支えるが、頭は落ち込んだようにがっくりと垂れたままだった。


「さすがに、疲れた……」


 カイナの口元に耳を寄せれば、聞こえたのは疲労を帯びたか細い呟き。呆れ混じりに安堵の息をついていると、間もなく穏やかな寝息が聞こえ始め、ずしりとした重さがリオトの肩にかかる。

 間も無く気絶したままのブザビオの巨体を数人の警護騎士キャヴァリエルたちが運んでいった。


「ブザビオの手下たちが自白しました。なぜか全員気絶していましたが、これまで一連の妨害工作を認めています。よって、彼の身柄は我らが預かります」


 前半は不思議そうに首をかしげる警護騎士キャヴァリエルに、すいません目障りだったのでオレが全員黙らせましたとは言わずに、頼むとだけ言って頷いたリオトがカイナに肩を貸しながら立ち上がる。すると何人かの警護騎士キャヴァリエルたちが手を貸しましょうかと尋ねてきたが、リオトはかぶりを振りながらやんわりと断った。

 さすがにブザビオほどの巨体は無理だが、鍛えているとはいえ比較的細身であるカイナ一人ぐらいなら同じく鍛えているリオトだけで運べる。しかし身長差の問題で彼の足を引きずることになり、見かねたアムルスが手を貸した。


「ブザビオの妨害やらお前さんの手助けやらがあったにしろ、初出場で優勝たぁ、大したヤツだよ」

「当たり前だ。師匠はこんなレースの経験こそないが、操縦歴も長いしバイク乗りとしては一流さ。それにオレは妨害を止めただけで一切手助けなんてしてない。これが師匠の実力だ」


 気絶しがっくりと項垂れているカイナに、リオトは柔らかな笑みをこぼす。


「お疲れさま、師匠」


 *


「それでは! カイナさんの優勝を祝して!」


《カンパーイ!!》


 カン、コン、とこ気味いい音が次々とたち、一つの木製ジョッキと五つのグラスのなかで波たつのは麦酒ビールやらワインやらジュースやらと色も種類も様々だ。

 レース終了と同時に気を失ってからおよそ半日、日が暮れ、辺りもすっかり暗くなった頃にようやくカイナが目を覚まし、いくらか体力や詠力が回復したところで、初出場にして小細工上等の不細工トサカを負かし、見事優勝してみせた彼の功績を称え労う、ささやかな祝勝会が催された。その会場はもちろん、クルザとレインの父娘おやこ宅である。

 リオトに手伝いを頼みながら、気合を入れたレインが腕によりをかけて作ったごちそうがならぶテーブルを囲うのは無論クルザとレイン父娘おやこに主役のカイナ、久しぶりの豪華な食卓に内心ガッツポーズのリオトと、レインとリオトに誘いを受けたついでに酒とつまみをいくつか持ち込んできたアムルスとゴルベーザ。


「今日は無礼講だ! みんなジャンジャン飲んで飲み明かしてくんな!」

「よっしゃあ付き合うぜクルザの旦那!」


 ソファーに腰を下ろし木製ジョッキに入った麦酒ビールを豪快に煽るクルザの隣に座ったアムルスが彼と肩を組み、続いて麦酒ビールを煽ると、二人でガハガハと高らかに笑い始めた。

 顔色がかすかに赤を帯びていることから早くも出来上がっているらしい。


「いいの? ほっといて」


 テーブルに並んだごちそうを片っ端から取り皿にとってつまんでいくリオトがレインに問いかけると、彼女は嬉々とした表情で返す。


「たまにはいいかなって。積年の恨みも晴れたことだし」


 むぐむぐと口を動かすリオトに満面の笑みを向けるレインは、どこか垢抜けてとてもスッキリしたように見えた。

 ふと、レインは視界の隅に写りこんだカイナを横目に見る。ゴルベーザに誘われ談笑をまじえながらワインを飲んでいるらしく、右手に収まっているグラスには文字通りワインレッドが満たされている。

 よその一般家庭と変わらないごく普通の家にクルザのような酒飲みがいたとしても、酒類別のグラスなど一々とり揃えていない。

 つまり、カイナとゴルベーザが今手にしているガラスコップはワイングラスなどというシャレたものではなく、レインやリオトが持っている、ジュースが注がれたごく普通のガラスコップと同じものだ。

 しかし、ゴルベーザはさておき、カイナは彼自身がまとう雰囲気とどこか品のある言動のせいか、例えごく普通のガラスコップに注がれた安物のーーと言うと持ち込んできた二人の怒りを買いそうだがーーワインであろうとも、その姿はさながら貴族の夜会に現れた高貴な生まれの容姿端麗な美青年そのもので、目を細めて笑みを浮かべる横顔はどんな大作の絵画にも劣らぬ芸術的な美を感じさせた。


「さては、惚れたな」

「ふぉひぇっ!?」


 驚きのあまり、おかしな声が飛び出した。慌てて口を閉じ、カイナが気がついていないのを一瞥して確認してから、レインはニヨニヨと笑うリオトに叫んで返す。


「い、いきなり変なこと言わないでよリオトちゃん!」

「顔、赤いけど」


 ジトリとレインを見やるリオトの口からわずかに飛び出しているのはレタスとハムだった。サラダだ。


「ま、間違えてコップにお酒入れちゃったの!」

「ワインはワインレッド。ビールは小麦色。オレが飲んでるジュースはただのオレンジジュース、橙色。きみはオレと同じものを飲んでいるはずだけど?」

「い、いじわる~!」


 両の握り拳を胸の高さで上下に振り、幼子のようにうーうーと唸るレインの顔はまるで本当に酒を飲んだように赤らんでいる。




 こちらを見ていたレインが急にリオトに向き直り、なにやら慌てた様子で喋っている。対しリオトは左手に料理がのった取り皿を、右手にはウィンナーが刺さったフォークを持って、しかしその口はすでにもさもさとなにかを噛み砕いていた。口に入り切らなかったのか、わずかに口からはみ出ているピンクと緑は大方サラダのハムとレタスだろう。

 瞼を半分まで下ろしたジト目で、彼女はニヤニヤと笑いながらレインを見やり、レインがなにやら必死に喋ったあと、リオトは楽しそうにけらけらと笑った。

 仲の良い姉妹のようなその姿に、カイナはワインを飲む口端に弧を描く。


「なかなか見どころがあるな」


 ゴルベーザの感心したような声。カイナは振り返る。


「片や初出場でレース優勝。片や師のために一人で街外れの山まで赴いてバイクパーツの材料採取。おまけに恐れもせずブザビオの取り巻きたちに挑んで妨害工作を妨害。大した奴らだよ。お前たちは」

「賛美いただき光栄だ」


 透き通っているなかにしかし秘めたる何かをのぞかせるそのワインレッドはまるで挑発するような強気な印象を感じさせるが、同時にその秘められたなにかを暴いてみたいとそそられるような、美しく艶かしい妖艶さを持っている。

 ガラスコップのなかのワインレッドを少し眺めて、そういえば赤ワインは肉に合うのだと思い出し、テーブルの上に並ぶ料理のなかで一際存在感を放っていたローストビーフを一切れ取り皿に移して食べた。

 ジュワリとあふれ出す肉汁がたまらない。咀嚼して噛み砕き、そこに赤ワインを招き入れた。

 ジリ貧生活の貧相な旅暮らし――しかし決して嫌ではないし、一見不自由そうな旅の醍醐味はクセになる――では味わえない豪奢な食卓は性には合わないもののだからといって不快というわけでもない。豪奢であろうがなかろうが、料理も酒もおいしいのなら結局人は喜ぶのだ。

 ローストビーフを赤ワインとともに飲み込んで豪奢な味を楽しんだカイナはとても満足そうである。


「あ、そういえば師匠」

「ん?」


 なにかを思い出した、といった感じの声色で、リオトがこちらへ歩み寄りながら声をかけてきた。レインもその場に立ったまま自分のジュースを飲みながらどうしたのかとリオトに注目している。

 はて、なにか忘れていたことがあったか。


「忘れてたんですけど、あのレースの賞品とかなんかもらいました? あれだけ賑わうような名物行事なら賞金や賞品ぐらい少しはもらえそうじゃないですか?」


 言われてみると確かにそうだ。

 カイナはワインが入ったガラスコップをテーブルに置いて腕を組み顎に右手を添える。

 レースで優勝したとわかったあとにブザビオが暴れだして、できる限り穏便にことを済ませるつもりだったが無理そうだったので彼をぶん殴って、さすがに限界がきてリオトに寄りかかって、ついに意識が飛んで、だいぶ時間が経ったあとでようやく目が覚めて、そうしたらすぐにみんなが祝勝会を開いてくれて、今に至っている。

 この記憶が正しいなら、確かにまだ優勝賞品は誰からも受け取っていない。

 だが、物品や金目当てに参加したわけではないし、それどころか参加を決意したときに優勝賞品の有無すらも確認しなかった――というよりは初めから気にも留めていなかった――し、個人的にはレース自体がとても楽しかったので優勝賞品がもらえなくても、あるいは存在しなくても一向に構わないのだが。


「あ、いけない! 忘れてた!」


 そう言ったのはレインだった。この話で彼女もまたなにかを思い出したらしく、飲んでいたジュースをテーブルの上に置いてぱたぱたとクルザのもとへ駆けていく。

 酒のせいで完全に気分が高揚しソファーに座るアムルスと肩を組んで気持ちよさげに歌っている彼の頭を気付けに容赦なくはたくと、レインは腰に両手を添えて彼になにかを聞いている。


「お父さん、昼間にレースの役員の人から預かったアレは?」

「ガレージに置いといらじょ~!」


 アムルスと肩を組んでソファーに座り込んだまま、にへ~、という擬音でもつきそうな笑顔でクルザが答えた。だいぶ酔いが回っているらしく、頬が紅潮しており呂律も怪しい。


「なんでガレージに置いてきてるのよ!」

「いやぁ、ディーヴと一緒に置いときゃああとれ気るくらろーと思って!」

「今渡せばいいでしょもう!」


 そしてレインは再びパタパタと駆けていった。店との仕切りの扉の横の、ガレージへと続く渡り廊下だ。

 小さくなっていく彼女の足音を聞きながら、少しの間三人は彼女手製の料理をつつきながらその場で待機した。すぐに足音が大きくなり、戻ってきたレインの胸にはなにやら四角い箱が抱えられている。


「レースが終わったあとにカイナさんに渡してほしいと役員の方たちから預かったんです」


 手渡された箱には少しの重みがあった。

 箱は一辺が十五センチほどの正四角形で、上から四、五センチほどの位置で切れ目が入っている。蓋だ。箱の正面にはメッキか、金の装飾金具がついている。

 しかし鍵はついていないようで、はめ込んである金具を外しながら蓋を開けると、なかから出てきたのは薄い水色を帯びた石のようなものだった。


「なんだこれ」

「この鉱物、まさかとは思うがミスリルか……?」


 カイナは呟きながら紅の瞳を丸め、その石を凝視する。

 箱のなかで白い布と衝撃吸収剤クッションらしきものの上に鎮座している直径十センチ弱ほどのそれは、鈍く銀に輝きながら、ただ静かにカイナやリオトを見つめている。

 そのままでも美しい光を放つが、丈夫で質もよく、作業工程はかなり困難を極めるもののなにかの部品から金属の武具にまで加工できる。

 採掘できる山は少ないとされ、希少であるためどのような形で売買されようとも、これを使用した物品には絶対に高値がつく。


「なんでこんなとこにミスリルが?」


 リオトが腕を組んで首をかしげる。答えたのはゴルベーザだった。


警護騎士キャヴァリエルが今回の景品用に用意したらしい」

「小さな街がやっているレースに彼らがこんな希少鉱物を用意するとは驚いたな」

「なんでも、このあたりを統括する警護騎士キャヴァリエル支部の支部長があのバイクレースをいたく気に入ってるそうなんです」


 ほう、と呟いて、カイナはそっと蓋を閉じた。

 規律のもと民間人を守り、悪人を裁く警護騎士キャヴァリエルに、あんなレースを好む輩がいるとは。


「せっかくだから、なんか部品でも作ったらどうですか?丈夫だから経済的ですし、売り払うには惜しい気もしますから」


 顎に手を添えてふむ、と一息ついて、続ける。


「いずれにせよ、早々に使ってしまうのはもったいない。使い道はこの先ゆっくり考えるとしよう。私たちの旅は、まだまだ続くのだから」


 すると、リオトは嬉しそうに笑って、頷いた。


「はい、師匠」


 ミスリルの入った箱が汚れないよう、料理ののった皿を避け、テーブルの端に置いておく。

 さて、せっかくみんなが自分のために催してくれた祝勝会だ。残りのワインや料理をありがたく味わいながら、今日は楽しもうではないか。

 そう思いながら振り返ろうとしたそのとき、突如ずっしりとした重みが肩に、いや体全体にかかった。同時に鼻腔をつく、強いアルコール臭。


「いや~ひょーはひんねんまれにみるいーもんみへてもらったじぇかいな!」

(いや~今日は近年稀に見るいいもん見せてもらったぜカイナ!)

「そ、それはどうも……」


 それはすでに出来上がっているクルザだった。赤らんだ顔をだらしなく緩め、左腕をカイナの肩に回してもたれかかる彼の足にあまり力は入っていないように見える。しかし、右手にはしっかりと麦酒ビールが入った木製ジョッキを握りしめている。


「よっしゃあリオトぉ、おめーもいっちょつひあえやぁ!!」


 今度はリオトの肩にアムルスの腕が回る。こちらもクルザに負けず劣らず真っ赤な顔で、顔にまともにかかる息はたっぷり酒気を含んでいる。


「ぶぇっ!? てめえ酒くせぇんだよ寄るな!!」

「まーそーひゃたいことゆーなよ!」


 途端にリオトは素直に顔をしかめて彼の腕を振り払おうとする。だが酔いのせいで嫌がられているという自覚が無いのか、アムルスは上機嫌に笑いながら、しかしリオトの肩に回したその腕は解かない。


「ちょっとお父さん! アムルスさんも! 二人とも飲みすぎよ! リオトちゃんとカイナさんから離れなさい!」


 レインが割り込み、完全に出来上がった飲んだくれ二匹を師弟から引き剥がそうとする。対し二匹は師弟から離れようとはせず、やんややんやと騒ぎ立てる。


「ゴルベーザさんも飲んでないで手伝ってください!」

「甘いな。宴会とはバカがバカ騒ぎするための場だ。ほっといてやれ。なあカイナ。ん? お前の髪はこんなに目にいい緑をしていたか」


 と、ゴルベーザの指が触れたのはカイナの真っ白な髪。

 ではなく、


「ゴルベーザそれ師匠ちゃうただの観葉植物!」

「あなたも出来上がっちゃってますね?!」


 部屋の隅に置いてある鉢に植えられた植物だった。


「まあいいじゃないか。にぎやかで楽しくて」


 ツッコミを入れるリオトとレインを、仏のように穏やかに笑うカイナが宥める。

 しかし、


「いやいやいや! 師匠顔青いですよ!? クルザの腕で首締まってますよね!?」

「お父さんカイナさんを放して!!」

「おめえが婿になってくりゃあうちも安泰だぁ!! リオトは二人の養子にでもしちまえぇい!!」

「お父さんもう黙ってて!!!!」


 酒に押されて転がり出た冗談だと頭では理解しているものの、思わず一際声を荒らげたレインの顔までもが真っ赤になる。

 二人がかりでカイナからクルザを引き剥がしにかかるが、レインはクルザの冗談のせいで力が弱まり、リオトは自身を文字通り引っ張り回すアムルスの対処にも追われる。

 酔が回っているゴルベーザもワインを片手に未だ観葉植物と戯れ続けている。

 カイナはといえば穏和な性格が災いし、心底楽しそうにしている人間を乱暴に扱うことができず、こちらもされるがままに文字通り引っ張り回されていた。それでも、その顔は笑顔そのものである。


 こうして、激烈なバイクレースは幕を閉じ、騒がしくも平和で愉快な夜が更けていった。





参.激走バイクレース! End


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