拾壱
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ふとカイナは我に返った。まるでなにかに驚いたようにわずかに目を見開くと、ディーヴの調整を行っていた手を止め慌てて周りを見渡す。
視界に入るのは膝下で散らばっているバイク部品と工具で、どれも物言わぬ無機物ばかり。小さな窓の外はカイナからすれば闇に覆われているも同じだった。
それでも彼は耳を突き刺すような、それでいて体を押し潰さんとするようなどこか圧迫感のある静寂のなかに、自身の意とは関係のないものを探した。
生き物でも機械でもなんでもいい、なにか、なにか勝手に動くものを探すのだ。『世界が動いていること』が、『自分が壊れた人形ではないこと』がわかるもの。
頭の中で警鐘が鳴る。恐怖が心を蝕む。
探せ、探せ、探せ―――。
「リオト…」
縋るように口からこぼれ出た言葉にハッとする。そうだ。リオトだ。リオトを探そう!
身につけていた簡易な作業用エプロンを外してディーヴにかけ、洗面台で手を洗うと、カイナはその場から逃げ出すようにガレージから出る。
愛弟子は昼間に勝手に街の外まで出かけたらしく、すっかり日の暮れた今もなぜかまだ戻っていないが、さすがにそろそろ戻るだろう。もしかしたら既に部屋にいるかもしれない。カイナは足早に貸し与えられた部屋へ向かった。
短い廊下の角を曲がったところで、彼は足を止めた。背中を向けられているが、探していた姿を発見したからだ。
それは背後にいるカイナに気づくこともなく、忙しなく首を動かして周りを警戒しながら、貸し与えられた部屋のドアノブに手を乗せた。
何度も首を左右に振るものだから、結い上げられた長い黒髪が綺麗に波を形作っている。
おおかた、勝手に街の外へ出たうえに帰りが遅くなったことを怒られるとわかっているから、自分に見つからないように注意しているのだろう。
そんな姿を見たカイナの口元に笑みがうかび、先ほどまで鳴り響いていた警鐘は止み、心を蝕んでいた恐怖は綺麗に消え去った。
良かった。世界はまだ、止まっていない──。




