伍
「それは災難だったね」
夕方。キッチンにてお玉でスープをかき混ぜながらレインが眉を八の字に下げながら言う。
「ホント、ああいうヤツってこういう勝負事に必ず一人はいるよな」
昼間の件を話しながら夕食の準備を手伝っていたリオトは、師弟という泊まり込みのお客様がいることにやる気を出したレインが腕によりかけて作った、食欲をそそる匂いや湯気、照りを放つ料理が乗った皿をテーブルに並べていた。
「でも、あの男には気をつけてね。相手が同じレース参加者だって知ったら、なにをしてくるかわからないから」
スープをかき混ぜるのをやめ、火を消し、皿に注ぐレインの妙に実感のこもったアドバイスに、リオトは首を傾げる。
「そう言えば、あの男今回も優勝は俺がもらうーとか言ってたけど、連勝するぐらい強いの?」
「うん、三回連続優勝してる。でも、それはあの男が強いってわけじゃないの。私もそこまでバイクに詳しいわけじゃないけど、あの人が作るバイクはめちゃくちゃよ。普通なら絶対に優勝できないようなバイクで参加して、裏で手を回して他のレース参加者の妨害をしているのよ」
「なぜ誰もヤツを咎めない?」
表情を強ばらせたレインからスープが注がれた皿を受け取りながら、理解できないといったふうにリオトは問う。
「残念なことに今まで一度も証拠が発見されなかったの。妨害の策は入念で、しかも実行しているのは取り巻きたちであってあの男が直に仕掛けたわけじゃないから…」
なんとも巧妙で狡猾なやつだ。呆れを通り越して尊敬の念さえ抱いてしまう。
「明日から周囲の見回りが必要かな」
コト…、と静かに皿をテーブルに置きながら、リオトは頭の中で警備の策を立てていく。
「さて、もうご飯食べられるけど、カイナさんは?」
「師匠は部品調達から戻ってからガレージに篭もりきりだよ。あとで持って行けばいいから、先に食べよう」
「そう? じゃあ食べようか。お父さん、ご飯できたよ」
「おう。今行く」
リビングの隅で床に座り込んでいたクルザは返事を返すと、手に持っていたなにかを一度置き、杖を手にテーブルへ歩み寄る。
なにをしていたのだろうかとリオトが首を伸ばし、テーブルの側からのぞき込むようにしてクルザがいた場所を見る。大きな布が敷かれ、そのうえには明かりを反射し光を放つ銀色の部品らしきものがいくつも並んでいた。
「バイクの部品だ。昔俺が使っていたものだがまだ使えそうなんで、カイナに使ってもらおうと思ってな!」
リオトの様子を見たクルザが問われる前にテーブルに座りながら口を開いた。
「バイクは割と昔からあるが、製造法があんま伝わってねえんだ。指揮官や特別部隊の足として、昔の戦争でも使われてたらしいが、それらは一切壊されたらしい。ただでさえ数少ないのにさらに数が減って、今じゃ替えのバイクパーツを手に入れるのも一苦労だ。だからせめて、できることをしてやりたくてな」
「お父さんたらすっかり興奮しちゃって…」
クルザの向かいに腰掛けるレインがため息をつく。
「カイナを見てたら昔みたいに血が騒いじまってな! あいつはいい目をしてる。今年のレースは期待できそうだ」
楽しそうにガハハと豪快に笑うと、クルザは夕食に手を付け始める。大きな手の中におさまるフォークはまるで子供用と見まごうほどに小さく見えた。
「はい。今年の優勝は、師匠で決まりです」
「違いねえ!」
レインの隣に座るリオトにクルザが同意した。
かなり機嫌がいいのか、クルザは突然自身がレースに参加していた頃の武勇伝や体験談を声高に語り始めた。
時折手に持つフォークやスプーンを振り回すものだから、レインが注意を促すが、気分が高揚しており聞く耳を持たないクルザなレインの注意をかき消すように声量を上げれば、対抗するようにレインの声も大きくなる。
まるで怒鳴りあいの喧嘩のようだが、しかし不思議と笑って見ていられた。
───楽しそう……。




