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師匠と弟子の旅路録  作者: 蒼理アオ
参.激走バイクレース!
30/101




 カイナがクルザの店へ入って十分後、店の前で待機していたリオトは買い出しから帰宅したレインが不良の男に絡まれたのを発見。

 しかし彼女は賢かったようで、初めはのらりくらりとかわしていたのだが、思い通りにならないことにキレた男が最終的にナイフを取り出したので、やむを得ず暇つぶしがてら制裁をくわえておいたらしい。


「改めまして、娘のレインです。先ほどは危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」


 少女は色素の薄い金髪を揺らして体を折り曲げ、深々と丁寧なお辞儀をする。上げられた顔立ちはまだ幼く、歳はリオトとそれほど変わらないだろう。薄い水色のチェック柄のワンピースの上に白いエプロンドレスを重ねて着ており、彼女が動くたび、ワンピースの裾がひらひらと揺れる。


「オレはリオト。無事でよかった」

「俺からも礼を言わせてくれ。娘を助けてくれて、本当にありがとうよ」


 レインの横に並び、クルザは大きな体を折り曲げる。

 ひとまずアムルスは自分の宿へ戻り、カイナとリオトはディーヴごと彼らの家へ招かれ、小さなもてなしを受けていた。


「でも本当に、お嬢さんに怪我がなくてよかった」


 リオトの隣でカイナが微笑むと、レインが頬を赤らめる。その様子をニヨニヨしながら眺めるリオトの背中に、微笑はそのままに親子の視界には入らない角度からカイナの正拳突きが入り、軽くむせた。


「では、私たちはそろそろ失礼するとしよう。リオト、ディーヴを出すから扉を持っていてくれ」

「げふっ、りょうかっ、ごほごほ…!」

「ちょいと待ちな二人とも」


 せき込みながら扉へ向かうリオトと、ディーヴのスタンドを蹴りあげて動かそうとハンドルに手を添えるカイナはクルザの言葉に同時に動きを止める。

レインがテーブルから引っ張ってきた椅子にゆっくりと腰かけた後、クルザは再び口を開いた。


「一週間後のレースの日まで、よかったらうちに泊まっていかねぇか?」


 すると、その隣でレインがパン、と両手を打ち合わせ、賛同する。


「それがいいわ! うちは鍛冶屋だから必要なパーツはすぐに手に入るし!」


 ようやく咳が治まったリオトはカイナに目を向け、どうするか指示を仰ぐ。


「しかし、一週間も居候するのはお二人にご迷惑が…」

「うちは私と父だけですし、空き部屋もありますから、大丈夫です。それに、助けていただいたお礼もまだできていませんから…」


 胸の前で両手を重ね合わせ、どうか…、とレインは二人に頼み込む。カイナは少しの間顎に手を添えて考えていたが、やがて頷いた。


「…ではお言葉に甘えて、一週間お世話になります」


 人の好意や礼を受け取ることも、また礼儀の一つである。カイナが軽く頭を下げると、リオトも倣い頭を下げた。


「ちなみに、レイン」

「あ、はい?」


 両手を腰に当て、カイナは視線だけをリオトに向けて言う。


「リオトは女の子だ。君と年も近そうだし、仲良くしてやってほしい」

「はっ?!」


 途端、ぱあっと明るくなるレインの表情。


「はい! よろしくね! リオトちゃん!」

「ちゃん……」


 艶やかなライムライトの髪と、ワンピースの裾を揺らして、レインはリオトに飛びつかん勢いで駆け寄るとリオトの右手を両手で包む。新しい友人ができたことを心から喜んでいるようだ。

 一方、普段はいつも少年と勘違いされることを狙って男っぽく振舞っているため、あまり呼ばれたことのない呼称にリオトは苦虫をかみつぶしたようなげんなりとした顔をする。

 方や満面の笑み、方や顔面蒼白。かなり温度差のある二人だが、同性ならば仲良くできるだろう。

 レインの反応ぶりを見たカイナは微笑みながらさらに続ける。


「なんだったら、リオトを君の部屋においてもいいぞ」

「わーい!」


 感極まったか、レインが嬉しそうにはしゃぎながらリオトに抱きつく。鬱陶しいようなむずがゆいような、なんとも言えない表情をうかべながらジト目で睨んでくるリオトから顔を背けて無視していると、不意に肩に手を置かれた。


「そうと決まればカイナ、お前さんをガレージへ案内しよう」

「ガレージ?」

「俺もレースに出ていたんだ。《こいつ》が使い物にならなくなっちまったんで、もう引退したけどな」


やや自嘲気味に笑うと、自身の右足をさすった。


「部品はうちのが合うなら多少融通してやれるし、大体の工具とか、必要になりそうな道具は揃ってる。バイクをいじるなら、最適な場所のはずだ。それにしても…」


 クルザの目がカイナからディーヴへと移る。


「なかなかいいバイクだな。今までたくさんのバイクを見てきたが、これほど精度の高いバイクを見たのは初めてだ。お前さんが作ったのか?」


 片手を顎に添え、クルザはまじまじとディーヴを見る。心なしか瞳が輝いていた。


「いえ。こいつは、ディーヴは今は亡きかつての師が組み上げたもので、亡くなる際に譲り受けました」

「……そうか。いや、その、悪かったな……」


 クルザは顔色を変え、大きな体を萎縮させてバツが悪そうに頭を掻く。すると、カイナは静かにかぶりを振った。


「どうか気になさらず。こいつを褒めていただけるなら、師も満足でしょうから。それより、このディーヴは師がかなりこだわって作りこんでいるのでパーツや部品を選ぶんです。ぜひ相談に乗っていただきたい」

「よっしゃ! そういうことなら任せな!」


 右手で左腕の袖をまくり、嬉しそうに笑う。久方ぶりのバイク弄りに気分が高まっているらしい。


「とりあえず、ディーヴをガレージへ運んだら、リオトにはパーツ屋巡りに付き合ってもらうぞ」

「はーい」

「ガレージはこの家と隣接してる。ちぃと埃くせぇかもしれねぇが好きに使ってくんな」


 コイツが鍵だ、とクルザの大きな手から小さな鍵を手渡された。少し小さな傷が目立つが、それだけ昔はガレージを利用した回数が多かったのだろう。


「助かります。ありがとうございます、クルザさん」

「いいってことよ! それより一週間後のレース、期待してるぜ」

「ご期待に添えるよう、精一杯の努力と尽力を誓います」




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