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師匠と弟子の旅路録  作者: 蒼理アオ
弐.警護騎士《キャヴァリエル》
23/101



 ゴーレムがリオトを放った方向はカイナの前方ななめ左だった。距離はそれほど離れていない。

 駆け出し、吹っ飛んできたリオトを受け止める。間一髪で見事胸に抱き込み、小さな体が硬い床に叩きつけられることは無かったが、勢いを殺しきれずカイナ共々背中から倒れ込んだ。

 すかさずゴーレムが二人を沈めようと追い打ちをかける。させるかと槐が護符とともに剣戟をくり出すが、間に合わない。

 そのとき、ゴーレムと師弟二人を隔てるように青い床に地割れが走り、大きく隆起して天へ向かって突出した。

 ゴーレムはわずかに仰け反りながらゆっくりと動きを止め、繰り出しかけた拳を引く。

 地割れの根元の方に首を回すと、ハイネが手を振っていた。彼女のアシストらしい。


「すみません師匠」


 起き上がると、カイナは励ましの笑みをうかべてリオトの頭に左手を置いた。


「あとは頭部の文字だけだ。いけるな?」


 《いけるか?》という不確定詞ではなく、《いけるな?》という確信の言葉。そこには師から弟子への信頼が含まれている。

 リオトは大きく頷いた。


「はい!」

「よし、」


 リオトのやる気に満ちた返事に、カイナの笑みが深まる。

 同時に頭上に影が差した。それがなにかはわざわざ確認するまでもない。

 すぐに二人はそれぞれ後ろへ飛び退り、そこにズウウゥンと重く低い音を立てて今度こそゴーレムの腕が振り下ろされた。太く大きな拳と前腕が床を叩き割り、砂埃が舞い上がる。

 隆起した床はそのままだが、一番高くてもそれはゴーレムの腹部に届く程度で、それよりも高い位置にあるゴーレムの腕は隆起し突出した床を易々と越えてみせた。

 炎と見紛うような、火の詠力を纏わせた大剣エンデューロを手に、カイナはゴーレムの足元へ潜り込む。


舞鶴まかくほむら―――!!!」


 巨木のように太く大きな足に向かって大剣エンデューロを振りかざし、右上から斜め下に斬り下ろし、次いで今度は左上から斜め下に斬り下ろす。

 大した効果は無くても、ゴーレムは自分に攻撃を仕掛けたカイナを標的にした。

 足を動かし、カイナを蹴り飛ばそうとする。


氷武帝ひょうぶてい、推参―――!!」


 槐がベルトに下げた長方形のポーチから青色の護符を取り出し、飛び道具を投げるように投擲する。

 さっきと同じように、護符は空中で静止して青い陣を展開し、無数の鋭い氷の塊が次々と現れゴーレムに向かって雨のように降り注ぐ。

 背後から攻撃を受けたゴーレムはカイナを狙って出した足を引っ込め、倒れないように踏ん張った。

 この隙にカイナはその場から離れる。二人で交互に攻撃を繰り出し、時おり彼らが危うくなるとハイネが後ろから手を出す。リオトも前衛に加わりながら、チャンスをうかがう。

 剣で薙ぐように、ゴーレムが左腕を横に振るった。

 これを飛び退ってかわしたリオトが着地した先には、大剣エンデューロを構えるカイナがいた。


「たたみかけるぞ。体勢を崩した隙に仕留めろ」

「合点承知!!」


 師の意図を読んだリオトは愛刀を鞘から抜き放ち、カイナから少し離れた場所に立ち、合図に手を振る。


「いつでもいけます!」

「いい返事だ!」


 二人は剣を構え、同時にゴーレムの頭の高さほどまで飛び上がる。

 二人同時に空中で刃を横に一振りし交差した衝撃波を放つ。次いでゴーレムの真上で体を捻って交差しながら体勢を変えるとともに今度は下から刃を振り上げ、二度目の衝撃波を放つ。

 トンと足をつくがまだ終わりではない。ゴーレムを中心に巨大な詠唱陣が展開する。

 そして、同じものが詠力を集中させる師弟の足元にも一つずつ。


『エアリアル・ブラスト―――!!!!』


 二人の声が重なり、とどめにすさまじい爆撃がゴーレムにクリーンヒットする。

 シュウウウゥと体中から焼け焦げた黒い煙を発しながら、ゴーレムはよろけ、ついにその重い体重を支え切れず片膝をついた。

 片膝をついたことで、敵の頭部までの高さが低くなった。ダメージも確実に溜まっている。今がチャンスだ。


「頼んだぞ!!」

「よっしゃあ!!」


 ごつごつした岩石にも等しい大きな体に飛び乗り、頭部で未だ光っている《emeth》の、その頭文字に黒魂魄くろみたまの刀身を突き立てた。


「はっ!」


 ガッと岩肌を削って、切っ先が刺さる。

 時間が止まったように、その場が静寂に包まれた。


「―――グ、グァァ…」


 その声らしきものは断末魔の叫びほどおどろおどろしいものではなく、苦痛と悲痛を伴うようなものでもなく。

 人の吐息にも似た、ただ静かなものだった。


「もういい。もう、休んでいいんだ。

―――どうか安らかに」


 刃を突き立てたまま、リオトは子をあやすようにつぶやいた。

 その言葉がゴーレムに届いたかは不明だが、その瞬間、目を閉じるように頭部の瞳が徐々に徐々に輝きを失い、やがてゴーレムは静かに眠りについた。

 それを見届けたリオトは刀身をそれの額から引き抜き鞘に収めると、右手に持ったまま体の前へ水平にかざす。


再封呪リ・ファルト


 短く詠唱すると、愛刀は紫色の光に包まれ、切っ先の方から泡や綿の付いた種子がふわふわと風に乗って飛んでいくように光を少しずつ散らしながら消えた。


「終わったか」

「そのようだ」

「疲れた~」


 武器を収めたカイナの元に槐が手首をほぐしながら、ハイネが背伸びをしながら歩み寄ってくる。

 ゴーレムはもうぴくりとも動く気配はない。ふうと一息ついた矢先、足元が、いや、足元だけではない、空間が、遺跡自体が揺れた。


「っ!!?」


 ゴーレムの頭部からずり落ちそうになり、リオトは思わず足腰に力を入れて踏ん張った。

 おかしい。戦闘の余波でもここまで規模の大きな揺れと崩壊が起きるだろうか?


「今度はなに~?!!」


 両腕を伸ばしてバランスを取りながらハイネが叫んでいると、天井部やこのフロアの床にピシピシとヒビ割れがそこらじゅうを走り回る。


「とりあえず通路まで退避だ!」


 ハイネが先に駆け出し、槐も続く。


「急げリオト!」


 後ろ歩きをしながら、カイナが叫ぶ。

 軽い身のこなしですでにひび割れている床に着地し、駆け出す。

 が―――、


「わっ!!」


 ひび割れが激しかったのか、ゴーレムが傍にいたせいか、リオトの足元が崩れだした。

 崩壊した足場やただの岩人形となり果てたゴーレムもろとも落下し始める。

気づき振り返ったハイネが叫ぶ。


「リオトくん!」

「リオト!?」


 カイナが手を伸ばす。しかし間に合わない、仮に間に合ってもカイナまで一緒に落ちてしまうかもしれない。細かな確率を計算するのは苦手だし、している暇もない。人を巻き込んでまで自分を身を守るなど冗談じゃない。瞬時に見切りをつけたリオトはその手に縋らなかった。小さな体が崩れゆく足場の岩石や欠片と共に落ちていく。


「リオトォ―――!!!!」


 カイナが力いっぱい弟子の名を呼んだ。

 足場の崩壊はえんじゅと、すぐそばにいたカイナのいた箇所にまで及んでいた。気づいていないのか、弟子に気をとられている彼はその場から離れようとしない。

 えんじゅは舌打ちをすると、そこから逃れるよりも先にカイナを思い切り後ろへ放り投げる。

 自身も飛び退り崩壊から逃れようとしたが、カイナを突き飛ばしている間に完全に崩れたらしい。すでにえんじゅがいる箇所の足場は崩れ落ちていた。


えんじゅ!?」


 まさか自分を庇うとは思っていなかったカイナは驚きながら受け身をとってすぐにえんじゅを見るが、こんな時まで目を合わせてもらえなかった。

 思わずお前なんなんだと言いたくなるがそれはさておき、乱雑に放られて我に返ったカイナは自身の行動を悔やむが、すぐに次の崩壊を懸念し、ハイネの腕を掴んで自分たちが今まで進んで来た通路まで走る。ハイネを壁際に押し付け、自らの体で覆うようにして守りながら、揺れと崩壊が止むまでしばらく待った。

 五分もたたないうちに地割れの音は鳴りやみ、カイナは警戒しながらゆっくりと動き出す。


「おさまったか…」

「やん、カイナさんてばこんなところでいきなり壁ドンなんて…! でも、カイナさんみたいなイケメンが望むなら、ボクはいつなんどきでもウェルカム!! …ってあれ?」


 顔を赤らめてもじもじと体をよじらせ、シュル…、と胸元のリボンを解きつつ、白衣とその下のシャツを鎖骨の下あたりまではだけさせ前を見るが、そこにカイナはいなかった。


「リオト…」


 師は暗闇に覆われ見えない底に落ちた弟子を憂う。


「ハイネ、下へ行く道を探すぞ。あと、無礼な言い方ですまないが用があれば必ず声をかけて、不用意に私に触れないでほしい」


 そこまで言って、カイナは呆れが混じりのため息をつきながらハイネから目を反らすと、それから、と続ける。


「嫁入り前の婦女が男の前でそれこそ不用意に肌を晒すものではないぞ」


 照れ隠しではないということは、すぐにわかった。自分で乱した服装を自分で整えながら、ハイネは唇を尖らせる。


「むー、やはり女なんて選り取りキミドリで裸なんて見慣れてるし啼かせ方も熟知してるくせに割と硬派なカイナさんはガードが固いな」

「なぜ警護騎士キャヴァリエルの人間はそうかなり語弊のある人聞きの悪い言い方ばかりするんだ…」

「でも実際そうでしょ?」


 服を整え終わり楽しそうに尋ねてくるハイネから距離をとりつつ、カイナは通路を進む。


「ノーコメントだ」

「はっ! まさかリオトくんもすでにそのテクニックで啼かせ済みだったり…!?」

「そんなわけあるかっ―――!!」




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