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師匠と弟子の旅路録  作者: 蒼理アオ
弐.警護騎士《キャヴァリエル》
22/101

「おいおい…! 宝珠取ったのはあっちだっつの…!」


 標的が左右に散ればあちらはどう出るか。様子を伺うカイナの隣でリオトが口元を引き攣らせる。

 知能がそこまで高くないのか、それとも元々危険因子をすべて排除するようにしつけられているのか。どちらにせよ、ゴーレムは完全に二人を敵として認識し、排除しようと向かって来る。追われるのは避けられないようだ。


「一先ず退散だ! 通路まで走れ!」

「はい!」


 何分あれだけ巨大なものを真っ向から沈めるのは骨が折れる作業だ。一度退き、体勢を立て直して策を練ろうというカイナとその意図を読んだリオトは五百メートルほど離れた通路へ駆け出す。


「リオトくん! お師匠さん!」

「お前らもとりあえず逃げろ! 後で合流を―――っ!」


 反対側にいるハイネたちへ向けたリオトの言葉が途切れた。

ゴーレムの拳が鉄槌の如く振り下ろされ、二人を襲った。きっと無知な素人には測り得ぬほどの歴史的価値を持つのであろう遺跡の床を無遠慮に砕き割り、揺るがし、砂埃が舞い上がる。


「やられたか…!?」

「いや、大丈夫」


 容赦の無い鉄槌に潰されたかに見えたが、膨らむ砂埃のなかにぼんやり浮かび上がる影を見つけたハイネが腕を出して槐を制す。

 やがて、影は砂埃を突き破り、一度宙へ舞い上がると、まっすぐ二人の元へ降ってくる。

 タン!と床を叩く音が二度響いた。


「間一髪~!」

「さすがに少し焦ったな……」


 詰めていた力を抜き、頭と肩を下げるリオトと、右手の甲でぐいっと額を拭うカイナ。

 言動とは裏腹に、二人にはかすり傷一つ見受けられない。


「さっすが超人コンビ! 頑丈だね!」

「人間卒業してる奴みたいに言うなよ……」


 拍手を送るハイネにリオトはジト目を返す。

 カイナは服についた砂埃を払いながら注意深くゴーレムを見る。

 またも標的を仕留め損ない、体に見合わぬ首を左右に動かして、ゴーレムは見失った危険因子を探していた。


「ゴーレムの倒し方はただ一つ。額にある文字のうちの頭文字を消し、《真理》を意味する《emethエメイス》から《死》という意味の《methメイス》に書き換えること」


 隣に立った槐が腕を組み、肯定の意味を込めてカイナは頷いた。


「ハイネは後方からバックアップを頼む。私と槐で挟み撃ちにしてダメージを与えつつ注意を引き、身のこなしが軽く跳躍力のあるリオトがやつの頭部を狙う。これでいこう」

「まっかせてー!」

「それしかないな」


 裏方で楽だと思ったのかハイネは上機嫌だが、槐は仕方なしといった様子である。内心従いたくはないが、作戦自体に異論は無いのだろう。


「お任せ下さい!」


 作戦の要を任された、つまり頼られたことが嬉しいらしいバカ弟子は元気な返事を返し、目を輝かせて拳を握る。

 師として心配が絶えないカイナは微笑ましい笑みに微妙そうな表情しか返せなかった。

 愛すべきバカ弟子の頭を撫でてやりながら釘を刺す。


「絶対に、くれぐれも無茶だけはしないように。あとは、私も気をつけるが治癒術を回すことも忘れるな」

「はーい」


 極力手を貸さず、自身の未熟さを自覚させ経験を積ませることも大事だが、それに反して怪我を負わせないようにとどうにもこれを庇護してしまう自分は、きっと大した親バカなのだろう。我ながら参ったものだ。

 自分の甘さにため息をついていると、飼い主に尾を振る犬と化していたリオトが突然表情を引き締めた。


「来ます!」


 ゴーレムがようやくこちらの姿を見つけたらしい。

 リオトの声を合図に、全員が臨戦態勢をとる。

 振り返ってみると、ゴーレムもちょうどこちらを振り返ったところだった。見つけたぞとでも言いたげに頭部の二つのくぼみ――おそらく目であると思われる――の奥をギラリと光らせ、地響きを響かせながら一歩、また一歩と四人へ迫る。


封欺解呪エル・リリズ!!』


 カイナとリオトの声が重なる。

 濃い紫の詠唱陣と、わずかに黄色がかった白い詠唱陣がそれぞれを中心に展開し、光を放つ球状の詠力の塊があらわれ、やがて各々の得物の姿に変わる。

 大剣エンデューロを手に、カイナが先陣を切ってゴーレムのもとへ駆けていく。

 槐もあとに続いた。策の通り、カイナがゴーレムの右の脇下に、槐は反対側の左の脇下に回りこむ。


「ふっ!」


 大剣エンデューロを横に薙ぎ、ゴーレムの右足を斬りつける。まさしく岩石を斬り倒そうとしているのも同じで、ガキンと音を立てて弾かれる。わずかな破片が散るのみで大したダメージは見受けられないが、この並々ならぬ堅固さはゴーレム自身の元々の性質ではなく、これを造った大昔の賢者の詠術を駆使した技術の賜物だろう。

 まともに斬りつけ続ければ大剣エンデューロの方が保たない。


雷武帝らいぶてい、推参――!!」


 槐の手から黄色の長方形の紙に黒字でなにかが書かれた紙がゴーレムに向かって投げつけられる。

 それは空中で静止すると、紙を中心にして黄色の、詠唱陣によく似た円形の陣が展開し、そこから青白く鋭いイカズチはしりゴーレムを襲う。


「あれ、詠術じゃないよな?」


 離れた場所で隙を伺うリオトが呟くと、ハイネが隣に並んで返す。


「うん。違うよ。確か神召符シンショウフとか言ってたかな。槐の出身地にいる神様の力を宿らせた護符なんだって。槐自身、もともと実家が神父や牧師みたいなことしてて、法力ホウリキ霊力レイリョクを操るのが得意だって言ってた」

「へえ……」


 聞き慣れない単語は頭に入り切らなかったが、見たことの無いものを見たリオトの瞳は好奇心で輝き、心踊らせた。

 知らないものを知るため、己の武術を磨くため、リオトは槐に注目しつつ時折詠術を混じえた師の動きや剣さばきも観察しながら、ゴーレムの隙をうかがい続ける。

 槐の護符によるイカズチをまともに受けたゴーレムは少しだが体勢を崩した。二人はたたみかけるが、すぐに体勢を立て直された。

 カイナの剣戟よりも槐の護符を厄介と見て先に沈めることにしたか、ゴーレムはのっそりと体を槐の方へ向け、大きな手を握りこみながら振り上げる。

 今ならゴーレムは完全にリオトに背を向けており、かつ距離をとっているため気づかれていない。


「サポートサボるなよ」

「はいはーい」


 手を振るハイネに見送られながら、リオトは強く地を蹴って駆け出す。

お辞儀をするように上体を低く保って風の抵抗を抑え、ゴーレムの真後ろまで一気に間合いを詰めた。そして飛び上がり、ゴーレムの背中へ飛びついた。

 気づかれて振り落とされる前に、肩までよじ登ってへばりつく。

 すると、気配を感じたか、もしくは肩がわずかに重いと感じたのか、リオトの存在に気づいたゴーレムが案の定振り落とそうと暴れ始めた。

 下半身は踏ん張ったまま、上半身を左右に何度も捻ったり、リオトがいる左肩を捻ったり、左腕を振り回す。


「リオト! ―――くっ!」


 カイナと槐が抑えようとするが、無骨な岩肌の腕がぶん!と前を横切り、思わず足が止まる。体格も等身も倍以上で、そのうえ人間ではない巨体の、怒り狂った暴れ牛のごとく力任せの攻撃をまともに受けようものならきっと一溜りも無い。

 容易に近寄れず二人は手をこまねく。


「この……!」


 振り落とされることを懸念してこのまま張り付いていても埒が明かないと、リオトは意を決し伏せていた体をゆっくり起こす。

 へばりついていたものが取れたかどうかを確認するように、ゴーレムは時折動きを止める。そのときに少しずつ体を起こし、バランスをとって、とりあえず額の文字だけでも手をつける。

 動きが止まるのはわずか十秒前後だが、十分だ。

 次の揺れに備え、耐えた後、素早くゴーレムの頭部の両脇に足を置いて立ち、腰に下げた愛刀を抜刀する。しかし、ゴーレムが動きを変えてきた。

 愛刀の柄に手をかけた刹那、まるで小石につまずき前につんのめったかのように、ゴーレムは大きな上体を思い切り前に振った。


「うわっ!?」


 予測していなかった事態に加え、屈んでいたならまだしも直立していたリオトはすぐにバランスを崩し、頭部から落下。

 すがりつくようにとっさに伸ばした右手が運良くゴーレムの上体にひっかかり、リオトはぶら下がる形になった。

 閉じた目を開ければ、すぐ目の前に光を放つ《emethエメイス》の文字があった。

 灯台下暗しというやつか、自身の胸部にぶら下がっているリオトを認識できていないらしいゴーレムはキョロキョロと周りを見渡す。

 なれば先に胸部の文字から手をつけよう。岩肌に刃を突き刺すとなると力を入れなくては刺さらないかもしれない。だから思い切り、右手に出した短刀をゴーレムの胸に突き立ててやった。

 ガキンと弾くような音はしたが、反して刃は《emethエメイス》の頭文字の《e》を真ん中にして突き刺さった。すると、《e》の文字だけが光を無くし、すぐに消え失せた。


「グオオォオォオオッ―――!!!」


 途端に、口の無いはずのゴーレムが苦しそうに声をあげた。ダメージが通ったらしい。

 しめたと口角を上げたそのとき、ゴーレムがリオトに気づき、大きな手で体を鷲掴んで脇へ捨てるように放り投げた。


「リオト!!」




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