漆
「―――まったく、どっかの鬼畜錬金術師が片っ端から罠作動させてくれるから酷い目にあった…」
「結構走ったけどバテてないなんてすごいねリオトくん…」
聞き覚えのある二つの声が耳に届いた。どちらの声もわずかに疲労を帯びている。
「ホントにいい運動だよ。腹減ったしどうしてくれるんだ」
こちらへ向かって歩いてくることで徐々に見えてくる二人の顔。
「こんな暗がりでボクを食べちゃいたいなんて真っ昼間からやだもうリオトくんのえっち~♡」
「ウザイしキモイしお前なんか食ったら体内の毒で死ぬわ絶対」
赤く染めた頬に両手を添え、きゃいきゃい言いながら身をくねらせるハイネに対し、リオトは腕を組みながら冷たくあしらう。
「リオトくん酷い! ボクもう実家に帰る!」
「どこへでも行くがいいただし一人でな」
「ところでこれどこまで行くんだろうね」
来た道を走り去るのかと思いきや手のひらを返したハイネはリオトの右腕に抱きつく。
二人はやがてカイナと槐に気がつき足を止めた。
「あれ、師匠?」
「なにしてるの槐?」
ばったり再会したことに驚いたリオトとハイネがぱちぱちと数度瞬きをしたあと、臨戦態勢を解いたカイナ、槐の二人と引き合うように歩み寄りあう。
「ということは、あの二つの道はつながっていたと…」
「そういうことだな」
腕を組んだままのリオトの呟きに、カイナが腰に手を添えて頷く。
「ねえねえ! あれなにかな?!」
祭壇に気づいたハイネが弾んだ明るい声を出す。するとリオトはげんなりしながら言う。
「おいおい、やめてくれよ。これ以上かけっこはごめんだ」
「分かってるって! ちょっと見るだーけー」
さきほどまでの疲労はどこへやったのか、ふんふんと鼻息混じりにハイネは祭壇へ向かう。おもしろそうなものなら持って返って先にこっそり研究させてもらおうという腹づもりだ。
タタンとリズムを刻むように軽い足取りで五つの低い段差を登り、円形の台の中心を見る。美しくも不思議な光を放つそれが、台の中心にある台座の上にそっと鎮座していた。
手のひらにすっぽり収まる程度の小さな球状で、それを護るように周りをぐるぐると文字らしきものが描かれた帯のような輪っかが三つほど回っている。詠術の一種だろうか。
「ただの宝珠ではないとは思うが…」
段差には上がらず、ハイネの右側に立ってその宝珠を見たカイナが腕を組み、うち片方の手を顎に添えて呟く。
「この遺跡がなにかの神殿だとして、奉納されていた神器かなにかで、周りの輪っかは結界でしょうか?」
「ふむ…」
リオトが出した仮説について、カイナが思考を巡らせたそのとき、天地が揺れた。
「うわっ!?」
「リオト!」
突然の揺れに対処できず、バランスを崩すリオトの腕を掴んで引き寄せ、カイナはその場にしゃがみこんだ。
「なになに~!!?」
ハイネは台座に身を寄せながら膝をつき、槐も身をかがめながら首を回して周りを見る。
「お、おい! あれを見ろ!」
槐がいまだ止まぬ揺れに耐えながら叫ぶ。三人が槐の視線の先を見ると、台座のちょうど正面、頑として物言わなかった大きな扉がゴゴゴゴ……と凄まじい音を立ててゆっくりとその内側を露にしていく。
両の扉が限界まで開くと同時に、轟音も揺れも止んだ。しかし、今度は闇に満たされた扉の内側からなにかが徐ろに出てきた。黄土色とでもいうのか、なんともいい難い色をしたとても大きなそれがこの空間の床に接すると、大木が地に伏せるような重く低い音が響き、再び地が揺れた。
続き、同じような色をしたとても大きなそれがもう一つ、この広間を照らしているブルーライト鉱石の光を浴びて姿を現す。二つになったそれは人形の足のようにも見える。
その二つがゆっくりと交互に動き、ドシンドシンと地響きが響く。四人の元へ近づいてくるにつれ、やがてその全貌が顕著になる。
全体的にゴツゴツした岩石のような体つきに全長六、七メートルはあろうかという巨体、大きな足がつながっている下腹部よりも、そこから上の胴体の方がデカイ。雪だるまを逆にしたような体格の上半身から左右に伸びる腕の先にある前腕部は鎧篭手をつけたように大きく太く膨らんでおり、短く太い指先は五本ある。
上半身のてっぺんには小さい岩石が頭部として乗っかっており、額と胸になにかの文字らしきものが描かれており、わずかに光を放っている。
人を模した姿形をしたとてつもなく大きなソレはまさしく、
「―――ゴーレムか……」
カイナが言うと、リオトは初めて目にするその巨体に目を見張る。
「あれが、ゴーレム……」
「おいハイネ!お前何しでかした!?」
その辺の魔物のように、気が向いたからと自由に歩き回るような自主性や意思を、ゴーレムは持たない。つまりなんの意味もなくゴーレムが現れることなどない。
この状況で異変が起きるとすれば、それを引き起こす要因として思い当たる人間は槐のなかでただ一人だったらしい。
膝をついたまま、槐が首を反対側に回して怒鳴った。カイナとリオトも彼に倣い、首を回して台座に張り付きながら座り込んでいるハイネを見た。
左手は台座に添えられ、逆の手には輝きを放つ小さな丸い球体が収まっている。
「…………えへ♡」
三人の視線が自身の右手に注がれていることを認知したハイネが片目を閉じ、唇から舌先を出した。
刹那に固まる三人と、その場を取り巻く空気。
「まさか本当に宝珠を手に取るとは……」
苦笑するカイナの腕のなかでリオトはがるるるとハイネを威嚇する。
「ただ手に取って観察したかったんであって決して持って帰ろうとまではまだ思ってなかったんだって!」
「《まだ》ってなんだ《まだ》って!!」
今回は心外だとハイネが必死に弁解し、リオトが噛み付く。
ゴーレムとは古来より術者の命令により遺跡や貴重な物品を守護するために創られる意思無き土人形である。普段は片隅で待機しているが、守護すべき対象に異変や危険が生じると起動し、敵とみなした相手や危険因子を排除する。
間違いない。このゴーレムはきっと宝珠を守護していたのだろう。しかしその宝珠がハイネという部外者によって台座から取られたために起動したのだ。
「てか、くるぞあいつ!」
リオトが叫んだ時には、ゴーレムはすでに四人の目の前で大きな手を拳にして振り上げていた。
カイナはリオトを抱えあげ、槐はハイネを脇に抱えてそれぞれ左右に飛び退る。
直後、ゴーレムの巨大な拳による正拳突きが四人がいた祭壇の辺りに繰り出される。岩石に近いそれが激突し、傷の無かった青い床を叩き割り、祭壇へ続く低い階段にはわずかに地割れがはしる。
危険因子を排除しそこなったと認識したゴーレムはゆっくりとカイナとリオトの方を向く。




