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師匠と弟子の旅路録  作者: 蒼理アオ
弐.警護騎士《キャヴァリエル》
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 ところどころ崩れた隙間や壁にツルが蔓延り年代を感じる外観とは相反し、中はとても綺麗だった。外観と同じ石造りになにかの模様や紋章が描かれた水色の壁や床には少しの傷もなく、芸術的な美を感じる。

 なかは無音で、四人の靴音が大きく反響する。


「ここ、やけに広いですけど、ロビーみたいな感じでしょうか……」

「みたいだな……」


 もちろんなかに陽光は入らないため灯りはないが、今四人がいるロビーらしきフロアのはるかに高い天井部分のみが淡い青色の光を放っており、わずかに薄暗いフロア内にまるで水の底に立っているかのような幻想的な雰囲気を漂わせている。


「あれはブルーライト鉱石だね」

「明るいところではただの青い鉱石だが、暗いところでは淡い青色の光を放つ石、だったか」


 槐が知識を引っ張り出し補足すると、ハイネが肯定する。


「とても綺麗だな」

「はい…」


 腕を組み天井を仰ぐカイナの隣で、うっとりした様子のリオトが頷いた。

 ふと、視線を感じて、リオトは天井から目を離し首を動かす。また槐と目が合った。すると、槐は驚いて金色の目を丸くするなり慌てて目を逸らした。

 賞金稼ぎを批判する者たちの言い分も一理あるとはいえ、そんなに自分たちが気に食わないのか。


「リオト、行くぞ」

「あ、はい!」


 考えているあいだに三人は奥へ進んでいた。敬愛する師が自分を呼ぶ声が響き、次にリオトの返事と走る足音が反響する。

 奥へとまっすぐに続く通路の横幅はおおよそ五メートル、縦幅は二メートル半ほど。左右の壁の装飾にもブルーライト鉱石が使われているらしく、明かりのない通路だが真っ暗ではない。

 この遺跡の構造も、どんな魔物がいるのかも、どこに賞金首がいるのか、そもそも賞金首が本当にいるのかも不明。四人は周囲を警戒しながら進む。退屈なのか、ハイネが時折あくびを隠すことなくこぼす。

 少しして、先頭を歩いていた槐が足を止めた。


「どうした?」


 後ろを歩くカイナが同じく足を止めて問いかけると、槐の陰からひょっこりとハイネが顔を出し、前方を見る。


「ありゃー、道が分かれちゃってるね……」


 まっすぐ続いていた通路が口を二つに割っていたのだ。見たところ、どちらも歩いてきた通路と装飾も構造も同じようだ。


「わかれますか?」

「そうだな。しかし少数の戦力を分断するのも危険だが…」

「二人ずつならいけるんじゃない? よーし! ではランデヴーと参りましょうかお師匠さ───」

「お前はオレとだマッドサイエンティスト」


 カイナの腕に飛びつこうとしたハイネの首根っこを声のトーンを若干落としたリオトが引っ掴み引き寄せる。


「あれれ。リオトくん嫉妬?」


 口元に手を添えるニヨニヨ顔がこの上なく鬱陶しい。リオトの額に青筋が浮かぶ。


「ダメだ。女の子のお前たちだけで行動させるわけにはいかない」

「大丈夫ですよ。オレもハイネもそう簡単にはくたばりません」


 カイナの拒否を、リオトは跳ね除ける。


「いや、ボクか弱い女の子なんだけど」

「黙れドグサレ外道錬金術師」

「酷いっ!! 酷いよリオトくんっ!」


 両手で顔を覆い泣き真似を始めたハイネをスルーし、リオトは引き続きカイナに話し続ける。


「なにかあればすぐに戻ります。それとも、師匠は自分であれだけ鍛えた弟子が信用できないと?」

「そういうわけではないが…」


 リオトがカイナの言う事を聞かないのは極めて珍しい事だった。

 いつものペアで別れてしまうと槐とハイネが賞金首に出くわしてしまったら、二人に収入がない。ハイネはわからないが、少なくとも槐は好かない賞金稼ぎ相手に賞金首えものを譲らないだろう。ならば、賞金稼ぎと警護騎士、それぞれ一人ずつペアになった方が槐は任務通り遺跡の保存と露払いだけをおとなしく行うはず。

 リオトはそう考えているようだが、必死にカイナとハイネを引き離そうとしている理由は、ただの嫉妬だけではないと窺える。

 おそらくリオトは“気がついている”のだ。


「とにかく、この先ちょっと調べたら戻りますから」


 カイナに言葉を返す暇も与えず、リオトはズルズルとハイネをひきずって奥へ進んで行った。

 取り残されたカイナと槐はしばし固まっていた。


「…じゃあ、俺たちはこっちだな。行くぞ」

「あ、ああ…」


 未だギスギスした雰囲気は変わらず、しかしリオトに感謝しつつ、カイナは槐のあとを追いかけた。


「たまにはカッコつけさせろってんだ…」


 遠ざかる師の背中に、リオトは肩ごしに微笑みかける。


「美しき愛だねぇ。どの意味かは知らないけど?」


 ムフフ…と笑うハイネにため息をつきながら、リオトは言葉を返さない代わりにこれ見よがしに大きくため息をついてみせると、ハイネの首根っこから手を放し、マフラーと黒髪をなびかせて通路を進む。

 一方ハイネはニヤニヤと笑ったまま立ち上がって後を追う。


「遠慮しないであのまま引っ張っていってくれたら楽だったのにぃ…」

「冗談じゃない。自力で歩け」


 けちー、と唇を尖らせながら、ハイネはリオトの隣に並ぶ。


「ところでさ、カイナさんて女嫌いじゃなかったよね?」

「ああ。女子供と老人には優しく、弟子と敵には容赦なくがモットーのドSエセ紳士だよ」

「しかも面倒見いいし優しくてカッコイイしね! じゃあボクを避けるのは…」


 さすがのハイネも気が付いていたようだ。そう簡単に他人に自分の何かを悟らせないあの人がハイネどころかまだまだ未熟だと自覚している弟子じぶんにまで気づかれるとは珍しい。よほどのことのようだ。


「それはおそらく、お前が科学者だからだ。昨夜にお前が錬金術を行使した時、あの人はお前の手元を見ないように顔を背けていた」


 吊り下げられていたからよく見えた。ハイネが木の根元に陣を書いたところまではカイナも見ていたが、そのあと白衣から取り出されたものが薬品入りの試験管だとわかるや否や、彼はわずかに顔を背け、目を閉じた。まるでそれを見たくないといったふうに。

 それはただ単にリオトが下ろされるまで待っている間の何気ない行動ではないと、少なくともリオトは思っている。

 普段あまり関わることが極めて少ないため忘れがちになっていたが、カイナには以前からそれが物か人かを問わず、医術に関わるすべてのもの、および科学者などを嫌悪し忌避するきらいがあった。そのため、旅の途中でどんな傷を負っても彼は絶対に包帯や飲み薬などの医療道具には頼らず、すべての処置を治癒術で済ませていた。

 今回ハイネと再会してから、そのきらいが再びみられたのである。


「あの人は、師匠は医者や科学者を嫌ってる。いや、恐れているように見える」


 どうしてかはわからないけど…、と声のトーンを落として呟く。


「というわけでハイネ、くれぐれも師匠に妙なマネをするなよ。心身のどちらにせよ師匠を傷つけたらいくらお前でも絶対に許さな―――っていない?!」


 ハイネがいる右側へ顔を向けるがそこに本人はおらず、リオトは足を止める。気配がしたのでふっと後ろを見ると、なにやら目を輝かせて壁を見つめるハイネの姿があった。

 リオトが知る限り、彼女は遺跡の歴史や造りに大した興味は抱かなかったはず。なので壁の建築技術や描かれている壁画を見て感激しているわけではないだろう。

 では彼女は壁を見つめて何をしているのか。


「ねえリオトくん、コレなんだと思う?」


 尋ねられ、訝しむリオトは片方の眉だけを器用に眉間に寄せると、ハイネが見つめている壁に目を凝らす。

 そこにあったのは壁と同じ材質の明らかにおかしな怪しい真四角の出っ張り。


「そりゃあいわゆる“侵入者撃退用の罠”ってやつじゃねえの?」


 ハイネの傍まで歩み寄り、その出っ張りを改めて見る。古代の遺跡は、当時の人々にとって神聖な祈りの場や神殿であったことが多い。そのため、この神聖な場所を守るため侵入者対策としてだいたいの確率でトラップが存在するものだ。しかもかなりめんどくさい類のものが多いからタチが悪い。


「押したらどうなるかな!」


 リオトとしては、どうしてパッチリ二重で綺麗なその抹茶色の双眸が気になるおもちゃを発見し興奮している子供よろしくそんなにも輝いているのか、という方が気になる。しかもそれはかなり重要な事柄だ。


「知るか。大方お決まりのデカくて丸い岩が転がってくるとかだろ。いいからさっさと先に進も───」


 ガコン、

 踵を返し奥へ行こうとしたリオトの背後で音がし、再び背後を振り返る。ついさっきまで存在していた真四角の出っ張りはなく、代わりにハイネが不自然に右手を前へ突き出している。


「…なんで押したのか参考までに聞いとこうか」

「いやぁ、地下へ続く階段とかでてきたりしないかなぁって…」


 へらりとハイネが笑う。

 言い返そうとリオトが口を開きかけたその時、ガラガラという地響きのような轟音が響いてきた。

 リオトの顔色が青くなったのは、決して周囲に生えているブルーライト鉱石のせいだけではない。口の端は軽度の痙攣を起こしており、足が自然と一歩後ろへ下がった。地響きは徐々に近くなり、やがて見えてくるこちらへ迫る円形のもの。


「あーあ、リオトくんがフラグ立てるから…」

「最初にあのスイッチを見つけてフラグ立てたのはお前だからな?」


 美しい壁画が描かれた壁と擦れあいながらものすごい勢いで大きな円形の岩が迫るが、ただの驚きか頭が状況を理解できていないのか、二人の会話はやけに冷静で静かだった。


「まあとりあえず、」

「二人の愛の逃避行だね!」


 強く遺跡の床を蹴り、二人は勢いよくスタートダッシュを切った。


「助けて師匠おおおぉぉ―――!!!」

「リオトくん、逝くときは一緒だよ!(きらーん)」

「お前一人で逝けえええええっ!!!」


 リオトの必死の叫びは、地響きを響かせ迫りくる岩石にかき消された。



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