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師匠と弟子の旅路録  作者: 蒼理アオ
弐.警護騎士《キャヴァリエル》
18/101



 *


「なるほど、露払いか…」


 翌日の森の中。

 ハイネと槐を加えた団体行動を取ることになったため、ディーヴを手で押しながら森のなかを進むカイナから二人の事情を掻い摘んで説明されたリオトが呟いた。


「偉大なる天才鬼畜外道錬金術師サマがそんなことをしにわざわざ本部があるレレオミルトから遠く離れたこんな場所まで出向いてくるとはな。信用されてんのかパシリにされてるのか…」

「え、何言ってんの。ボクはおとなしく任務だけを遂行するつもりはないよ?」


 リオトの左腕に恋人のように絡みついているハイネが冗談じゃないとでも言うように言った。


「なに、遊びながら帰るとか?」


 リオトの問いに、ハイネはノンノン、と右手の人差し指を左右に動かして否定する。


「それもいいけど、ちょうど研究に使う材料とか薬品が結構切れてるから、それを全部経費で調達して、遺跡でなにかおもしろそうなもの見つけたら調査隊が来る前に持って帰って一足先に研究させてもらうんだよ」

「さすがハイネ。研究材料を横取りする上に経費を贅沢に使って研究材料の調達とは。どうせユニコーンの角とか結晶竜クルシスタドラゴン宝額石ほうがくせきとか、マンドラゴラみたいな薬草とか、滅多に手に入らないような高級品ばっか買うんだろ」

「やだぁリオトくんてば千里眼!」


 笑顔で答える。ハイネが警護騎士に入ったのは今の上司に拾われたからだと昔聞いたことがあったが、その上司は今頃ハイネを拾ったことをさぞ後悔し、胃薬を心の依りどころにしていることだろう。


「ところで師匠…」


 リオトは目線を前へと向ける。そこにあるのはリオト、カイナ、ハイネの三人からかなり距離を開けて一人黙々と森を歩いていく警護騎士を表すワインレッドのコートの背中。

 昨夜にハイネとともに合流した槐だ。


「あの人はなぜ、あんなにこう、近寄んじゃねぇ的な雰囲気をバリバリ出しているのでしょうか…」


 それが…、とカイナは重苦しく口を開く。


「彼は私たち賞金稼ぎをよく思わないタイプらしくてな……」


 リオトは察した。これまでにも似たような人間にはなんどか出くわしてきたし、別に今更わかってもらおうなどと思わない。

 しかし、聞けば二人は少なくとも遺跡に行って賞金首を捕まえるまでは自分たちと行動をともにするという。ならばいつまでもこんなギスギスした雰囲気でいてはこの先で戦闘になった際に効率が悪い。

 正直面倒だが、なんとかできないかとリオトは考えを巡らせる。


「槐なら大丈夫だよ。戦闘になったそのときはちゃんと切り替えられる子だから」


 リオトの左腕に抱きついたままのハイネが言う。カイナとリオトはかれを一瞥するが、その背中には未だに殺気が漂っている。

 不安は募るばかりだった。


  *


 魔物さえも避けて歩くような険悪なムードのなか森をすすむこと一時間。草木は一層生い茂り、折り重なる木々の隙間を照らす陽光さえも遮るような鬱蒼とした森のなかに静かにたたずむ古びた建物が四人の前に姿を現した。

 黒っぽい石を積み上げて作られた高さ十メートルほどの大きな石造りの外観の真ん中にはぽっかりと長方形の穴が開いている。おそらく出入口だろう。


「眼を欺く闇の濃霧…、アブスクーレ!」


 カイナが詠術を行使する。すると、ディーヴが黒みがかった濃い紫色の淡い光に包まれ、その黒いボディーが空間に溶けるようにすぅ、と消えていき、やがて完全に見えなくなった。


「よし、あとはカモフラージュだな。リオトは先に出ていなさい」

「はーい」


 あらかじめ出しておいた迷彩柄の大きな布をカイナに手渡して先に茂みを出ると、後ろ手に手を組んだハイネが歩み寄ってきて問いかける。


「なんかディーヴ見えなくなっちゃったけど、なにしてたの?」


 体をはたいてついた葉っぱを落としながら、リオトは答えた。


「ディーヴを茂みの中に隠してたんだ。さすがに遺跡の中まで持っていくのは邪魔だし。洞窟とか遺跡とか調べるときはいつもああやってまやかしの術と布で隠して、上から枝とか葉っぱとかかけとけば見つからないから」


 術をかけただけでは姿が見えないだけでディーヴ自体は確かにそこにあるので、手探りで茂みの中を探るか、茂みの中にやけに大きな隙間があると違和感を持たれてバレてしまう。なのでさらに上から木の葉や枝を盛ることで元々茂みしか無いように見せかけるのである。

 二人が振り返ると、茂みの中で入念にカモフラージュのクオリティを上げているカイナの背中が見えた。


「なんか、必死だね」

「バイク命だからな…」


 ちなみに、以前森の中で盗賊に出くわし応戦した二人がディーヴから少し目を離した隙に、たまたまバイクの珍しさを知っていたらしく金にならないかと目をつけ、盗もうと企んだ愚か者がいた。

 それはすぐにカイナに見つかり、そして無論彼の逆鱗に触れ、リオトが止めに入らなければその愚か者は危うく消し炭になり果てるところだった。


「待たせてすまない。行こうか」


 ガサガサと茂みから出てきたカイナが自身の肩や服についた木くずや葉っぱを払う。

 すると、ハイネが背中についている葉っぱを払ってやろうとカイナの背中に手を伸ばす。が、寸前で気づいたカイナがハイネから距離をとった。驚いたハイネが呆然と固まる。


「な、にかあったか…?」


 不自然に言葉を繕う彼は、どこか様子がおかしかった。


「いや、背中にも葉っぱついてるなーって…」


 カイナはわずかに安堵しながら返す。


「あ、ああ…、葉っぱか…。リオト、頼めるか?」

「はいは~い」


 カイナは彼女から逃げるようにリオトの方へ行くと、くるりと背中を向ける。ちょうど、ハイネにも背を向けた形になっている。


「ディーヴはオッケーですか?」


 葉っぱを払いながら尋ねると、いつもよりも少し明るい声が返ってきた。


「うむ。完璧だ!」


 大きな右手が肩の高さまで上がり、ぐっと握られる。返ってきた冷静な返事の中に珍しく満足感と気分の高揚が垣間見えた。


「さいですか…」


 本当にバイク好きだな、この人…。

 ちょっとかわいいぞ…。


「……」


 ふっとリオトが遺跡の入り口を見ると、不機嫌そうな仏頂面でこちらを見ている槐と目があった。しかしすぐに逸らされ、槐は先に遺跡の中へと足を踏み入れる。

 その後を追い、三人も遺跡へと入っていく。と直ぐに階段があり、それを下ると広間に出た。





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