参
野営地まで戻ると、焚き火の明かりに照らされた鉄の馬が目に入り、初めて間近で見た槐は目を丸くした。
「それ…、バイクか?」
「ああ。自慢の愛機、ディーヴだ。ああ、薪はこっちへ」
布一枚を出して広げただけの簡易な寝床にリオトを寝かせ、その傍へ座り込んだカイナが放っていたためか少し小さくなった焚き火をいじりながら槐から受け取った新しい薪を放り込む。
「改めて、私はカイナ。この子は弟子のリオト。よろしく頼む。まあ適当に座ってくれ」
眠っているリオトの頭をなでながら、カイナは手で焚き火を挟んだ向かいを示す。それに従い、ハイネと槐が焚き火を囲って腰掛けたところで、カイナはさて、と場を改める。
「私たちがここにいるのはこの近くの遺跡を賞金首が隠れ家にしているという噂を聞いたからなんだが、二人はどうしてここへ?」
「同じだよ。目的は違うけど」
「……その遺跡、確かトラウス遺跡っつーんだけど、そこはちょうど警護騎士の上層部が調査隊を派遣しようとしてたトコなんだ。だから俺達は先行して遺跡を守りつつ、いわゆる露ばらいをしに来た」
そういうことか、とカイナは口元に手を添えて納得する。自分たちがこの場にいる訳を話した時から焚き火越しにこちらを見る槐の表情が心なしか険しい気がするわけは、カイナには既に察しはついていた。
「行き先が同じなら、一緒に行こうよ。団体行動のほうが安全だし」
「あ、ああ…、そうだな……」
カイナは言葉を濁し焚き火をいじる。
二人が所属する組織、正式名称は自治制街民守護管理独立組織『警護騎士』は、小さな自警団だった昔と比べて、今や怠惰の極みとなり果てた軍に取って代わり、世界各地に支部を構えて住人たちを護り、悪を戒める正義の味方にまで成長した。
以前リオトにも教えたが、警護騎士の務めは街民を護り、依頼や相談に応え、魔物の退治、あるいは罪人を捕縛し裁くことにある。その罪人という範疇には当然賞金首たちも含まれており、カイナたち賞金稼ぎと警護騎士はいわば商売敵と言い得る。
警護騎士とともに行動するならば、その先で賞金首を見つけてしまった場合は獲物の奪い合いになる可能性があるのだ。
しかし槐はともかく、ハイネは大事な友人であるため争いたくはない。そうとてこちらに金銭的な利益が無いのも痛手。
カイナは焚き火をいじる手を止め、左手で未だ眠ったままのリオトの頭を撫でる。この行動は昔からなので、もはや癖となっている。
「あ、賞金首のことなら心配しなくていいよ。今回は譲ってあげる」
考えを読んだかのようなハイネの言葉に、カイナは驚きながらもおそるおそる問う。
「助かるが、……いいのか?」
「もしいても報告書と上層部にはただの賊で通しとくから大丈夫」
「すまないな」
すると、槐が我慢ならぬといったふうに口を開いた。
「いいのかよハイネ。こいつら賞金稼ぎは獲物を横からかすめ取るハイエナだぞ」
カイナの予測は当たっていた。さきほどから向けられている槐の険しい視線の理由はこれだ。
賞金稼ぎは元々、様々な意味で恨まれることが多い職業で人の数も少なく、さらに賞金首の居所の噂を掴んでも結局はガセネタか賊や野盗がいるぐらいで危険もあり、おまけにその賞金首の罪状や逃亡期間によって、掛けられている懸賞金にも差があり、収入も安定しない。
極めつけは、賞金稼ぎという職業が体のいい横奪行為を食い扶持とするハイエナだということ。
それらの理由から、賞金稼ぎは品の無い連中だと、軍はともかくとして主に警護騎士や世間から些か冷ややかな注目や仕打ちを浴びる傾向にある。
ハイネはそういった世間からの体裁や悪評を気に止めない人物なのでお構いなしだが、同じ警護騎士である槐の目はカイナたち賞金稼ぎを『賤しい者たち』として捉えるようだ。
「この二人は悪い奴じゃないし、特別だよ。それに、ボクたちはほかのことでも収入あるけど、二人は賞金首捕まえなきゃ野垂れ死ぬし、かわいそうでしょ?」
なかなかに腹の立つ言い方だった。宿代稼ぎぐらいなら賞金首を捕まえなくても手に入る方法はあるが、事実なので否定しない。このぐらいで腹を立てるほどカイナは子供ではないが、しかし口元から苦笑が溢れる。
「ボクは二人と一緒に行く。嫌なら君だけ一人で別行動でもいいけど?」
キッパリと言うハイネに、槐の眉間のシワが濃くなる。二人の間の空気と雰囲気が重くなっていく。
やっぱり断ろうかとカイナが静かに悩み始めた矢先、槐の口からわかったとやや大きな声が出る。
「遺跡へはこのメンバーで行く。足は引っ張んじゃねぇぞ」
刺々しい口調で言い放ち、槐は腕を組み目を閉じる。眉間には深いシワが刻まれたままだった。
「きーまり! じゃあ明日は皆で遺跡までハイキングだね!」
こんなギスギスした雰囲気でハイキングなど苦痛以外のなんだというのか。
胸に募る不安が少しでも軽くならないかとため息と共に吐き出しながら、この場と対していい夢を見ているのか嬉しそうにへらりと笑っているリオトの顔にかかる髪を指で退けてやり、カイナはそのあどけない寝顔をしばし眺めていた。




