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師匠と弟子の旅路録  作者: 蒼理アオ
壱.放浪する師弟
13/101

拾弐


 今度はきれいな声が響いた。四人が振り返った先には気絶しているティラウを手で示す薄い水色の長髪の女性。エメラルドの瞳が細められ、人当たりの良い笑みがうかぶ。女性にしてはやや高めの華奢な体つきを包むのは髪色と同じ薄い水色の燕尾服に似たシックな衣服。


「ティラウ・ハーン。三年前にきらいの暴力的で自己中心的な性格からある街で傷害事件を起こし逃走。その後さまざまな街を転々としては恐喝、強奪、殺人などの悪行を繰り返す。よって二年前に賞金首として登録リストアップされる。間違いありません」


 メモも何も持たず、カイナ、リオト、レイグへ向かって人当たりのいい穏やかな笑顔のまま淡々と説明すると、ティラウの腕を掴み持ちあげようとする。


「あ、お、お手伝いします!」

「御心配には及びません。大体の人間は運べますので」

「へ…?」


 気遣いを笑顔で一蹴───しかもわりと即答───され、おまけに耳を疑う返事まで返されたレイグは間の抜けた声を出す。その直後、女性は笑顔を崩さぬままティラウの右腕を掴むと、半ば引きずりながら運び始める。普通の女性なら引きずったとしても大の大人一人を運べるわけがない。レイグの目が点になる。


「相変わらずグリムちゃんは力持ちで、賞金首を運ぶのに大助かりですわ」


 三人の視線を気に留めず、グリムはそのままズルズルとティラウを壁際まで引きずって運ぶ。その表情に苦は無い。まるで重さを感じていないかのようであった。


「あ、ごめんグリム!少し待って!」


 リオトの声に、彼女はおとなしく動きを止めてくれた。

 一方リオトは壊れかけのデスクに駆け寄り、その上に置かれている自身の仕込みナイフや小刀を服の袖などのもともと装備していた場所にさっさと戻すと、ナイフを一本だけ右手に持って彼女の元へ戻る。


「ああ、忘れていた」


 弟子が何をしようとしているのか察しがついたカイナが文字通り何かを思い出したように呟いた。

 レイグが首をかしげている間にも、リオトはティラウの前に跪くと彼の胸へと躊躇なくナイフを近づけ―――


「ってリオトさんなにをおおぉ!!!?」

「わああっ!!?」


 レイグがリオトの左腕をがしっと掴み、慌てて止めに入った。

 しかしリオトからすればはた迷惑というもので。突然の横槍に驚きつつも、とっさにナイフがレイグに当たらぬよう誰もいない右斜め後ろへ右手を向け、怒鳴る。


「いきなりなにすんだダァアホ!! 危ねえだろ!!」

「だ、だってリオトさんが無抵抗の人間の心臓をぶすっとやろうとするから…!」

「人聞き悪いこと言うんじゃねえよ…!!」


 これはだな、とナイフをレイグの目の前にかざし、左腕を縛る彼の両手の拘束から振りほどくと、左手でティラウの胸ぐらを掴む。


「殺すんじゃなくて、こうするためだ」


 言葉を区切ると、ナイフの刃を掴んだ服に、正しくはジャケットの第二ボタンを縫い付けている縫い糸にあてがい、勢いよく上に切りあげる。

 ぷつりと切れる糸と、コロンと軽い音を立ててリオトの膝元に落ちるボタン。

それを拾い上げて、ナイフをしまいながらレイグに見えるようにかざす。


「賞金首を狩った証として、ちょうど心臓に当たる第二ボタンをもらうことにしてるんだよ」

「せっかく賞金稼ぎをやるなら、これぐらいしないと味気ないと思ってな」


 カイナが器用にウインクする。


「よし。悪かったな。改めて引き取り作業お願いします」


 腰を上げて一歩下がったリオトがそう言うと、グリムはにこりと笑ってでは、とさっきと同じようにティラウを引きずっていく。

 壁際までくると、彼女は壁に向かって右手をかざす。


(ヒ・ル・デュ・アプ)

「He・le・do・op」


 聞いたことのない言葉が一つずつゆっくりと呟かれ、彼女の前に佇む壁にまるでブラックホールのような黒い光を放つ穴が開く。グリムの腹部の高さあたりに開いた穴は、大人でも屈めば通れる大きさだった。

 そして、グリムは何の迷いもなくティラウをその穴の向こうへと頭から放り込んだ。


「賞金首の捕獲、お疲れ様でした。では懸賞金をお渡しいたします」


 穴が黒い光の破片を残しながら消え、それを確認したグリムはカイナとリオトに歩み寄りながら両の手のひらを胸の高さでかざす。すると、さっきと同じピンク色の煙がごく小規模な破裂音と似たポンッ!という音と共にグリムの手のひらの上で湧き上がる。すぐに晴れた煙の中には布製の膨れた袋。


「こちらが今回の懸賞金、三十万ソルドになります」

「ありがとう、グリム」


 一枚で千ソルドである安物の銀で作られた硬貨がしめて三百枚入っているそれは、カイナの右手にズシリと重量感を与える。ちなみに、高価である本物の銀で作られた硬貨、ミスリル銀貨は一枚で十万である。


「本当にお前はいる意味を感じさせないなタナトス」


 賞金首の連行、および懸賞金の受け渡し、その二つともをグリムがこなしているため、リオトが腕を組みながら呆れたように言う。


「相変わらず可愛げがな───やなくて、手厳しいですわリオトは~ん」

「聞こえたぞ今の」

「こりゃ失敬。せやけどわいもこれでもちゃんと仕事してますさかい」


 今までそんなところを一度も見たことがないため、逆に普段何をしているのかがすごく気になる。


「ほんなら、わいらはこのへんで失礼しますわ」

「ではまた、カイナさん、リオトさん」

「ああ」

「またな」


 再びボフンッ!とピンク色の煙が沸き立ち、二人を包む。しばらくして、煙が晴れ、二人が立っていたそこには誰の姿もなかった。


「んじゃ、あとはレイグかな?」


 びくりとレイグの肩が跳ね上がる。すると慌ててカイナが補足する。


「責めるつもりはないから安心してほしい。ただ、わけを聞きたいだけなんだ」

「お前が脅しか何かで仕方なく協力してたのは大体予想済みだ。何が起きたのかだけでいいんだ。…嫌なら、無理にとも言わねぇけど」


 ぶっきらぼうなリオトの気遣いに、クスっとレイグが笑う。


「脅されたわけではないんです…。ただ、ベタに病気の母を治してあげるための薬代をダシにされただけで…」


 ティラウは手下たちにカイナとリオトのあとをつけさせていた。そのときに知り合いとなったレイグのあともつけさせた結果、偶然聞いた話だったのだろう。


「とても高価な薬なんですけど、でもいいんです。人をだまして手に入れたお金で買った薬だなんて知ったら、母はきっとすごく怒るでしょうし、全然嬉しくないでしょうから…」


 レイグが笑った。その笑みはとても弱弱しく力のないものだったが、しかし晴々とした、悔いのない笑みだった。


「それよりも、お二人を騙したこと、お詫びします。本当にごめんなさい。おまけに騙していたのにまた庇って守ってもらって、ありがとうございました…!」


 直角に体を折り曲げ、深々と頭を下げる。だがこんなありふれた謝罪だけで二人が許してくれるか、どう言葉を返してくるのかがわからなくて、怖かった。

 もう二人の顔を見るのも怖くなり、上げるに上げられない頭に、カイナの大きな手が乗る。


「それは違うぞ、レイグ」


 それでも顔を上げないので、カイナは言葉を続ける。


「お前はあの時言った。《賞金首を見つけた》と。君は私たちに賞金首の情報を与え、そして居場所へ案内してくれた。それだけのことだ」


 レイグがおそるおそる顔を上げた。二人の表情は彼を責め立てるような険しく厳しいものではなかった。


「それに、森について手下たちに囲まれた辺りからは全部演技だったから」


 うまいだろ。とリオトが笑う。長い黒髪が揺れた。


「本物の賞金首と会うまでは下手に出るようにしていたんだ。逃げられては困るからな」

「そういうことだから、お前のせいじゃないし、この話も終わり。後片付けは警護騎士に連絡して任せるとして、帰ろうぜ」


 リオトは後頭部で手を組みながらくるりと体を反転させ、今やただの瓦礫となり果てた扉を踏みつけて先に外へ出ていく。


「さあ、帰ろう。レイグ」


 カイナの穏やかな笑みにつられながら、レイグは頷いた。


「はい!」


 

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