拾壱
「おぉ~。ついにオレたちにもそんな大それた二つ名がついて回るようになったみたいですよ師匠」
「ふむ。白阿修羅か、なかなか気に入ったぞ」
今から試合おうかという空気と流れの中で、二人はのんきに感銘を受ける。
一方、手下たちは二つ名がつく意味を理解しできているようで、ついに真っ青な顔に汗が滴る。勝てっこない。お前先に行け、いやお前先に倒されろよ状態だ。
そんな手下たちの情けない様子に、ティラウは募ったイライラを爆発させるように後ろから怒鳴り散らす。
「たとえ手負いでも、あっちはたった二人だろーが!さっさと倒せボンクラ共!!」
めちゃくちゃな命令に戸惑い嫌そうな反応を見せつつ、仕方なく負傷している者たちは三角巾を外して、無傷の者たちとともに自身の得物を取り出しせめてもの抵抗と気付けに各々で雄叫びをあげながら二人へかかっていく。
「うおおおぉ!!」
振り下ろされた曲斧は容易に防がれた。受け止めたエンデューロの刀身から金属音と共に火花が散る。
曲斧を弾き、がら空きの手下の鳩尾に左ストレートをくれてやる。あとは床に伏すだけなので次の手下の成敗に取り掛かる。次にかかってきたのは長剣を手にした手下。ただその顔には一度ねじ伏せたことがある相手として覚えがあった。三角巾や杖を捨てているため詳しくどこを怪我しているのかまでは把握しきれない。少し不憫なので相手にしたくはないが、向こうは乱暴なリーダー格のめちゃくちゃな命令を律儀に守り、カイナに刃を向ける。無駄な殺生や争いごとを好まず、卑しい弱い者いじめを嫌うカイナは、複雑な心境で迎え撃つ。
これ以上苦しまぬよう、せめて一撃で沈めようと決め、狙う箇所を絞る。強く殴れば一撃で意識が奪える急所、それは頭か首、もしくは安定の鳩尾。判断材料は手下の出方だった。確実に勝ちではなく負ける覚悟をしたちょっと悲しく強張った表情で、それでもソードで突きを繰り出す。
カイナはこれを避けて手下の背後へ回り、首に手刀を打ち込んだ。
そして律儀に合掌。
「すまない…」
背後に迫る気配と殺気にはすでに気が付いていた。すぐに臨戦態勢へ戻り、振り返りながら自身の足先の前にエンデューロの刃を横切らせる。衝撃波とともにそこに浅く抉ったような跡ができ、手下が驚き怯んだ隙に峰で容赦なく吹っ飛ばす。壁にぶつかり、背中を強打して気を失った。
手早く、鮮やかに手の届く範囲を片付けていく師を見た弟子は、自身の中の向上心とやる気と、そして戦闘狂の気が沸き立つのを感じた。
「負けるか…!」
呟いたリオトの蒼色が興奮に輝く。
手始めにナイフを手に襲い掛かってきた男に足払いを決めてバランスを崩させ、屈めた体をついた手を軸にして支え、後ろ回りをする形で足から起き上がるという、体の流れを利用したブーツの先を使ったアッパー。おまけに鉄板仕込みとくれば痛みは尋常ではない。あまりの痛みに白目をむいて気絶している手下の顎は赤くなっていた。確実に骨は折れている。
そうして黒狗の容赦ない咬みつきが続く。
次いできたのは両刃の剣だった。よく手入れされた鋭い刃が迫る。当然、リオトは黒魂魄で防いで応戦。ガチガチと刃同士が擦れ合い、かみ合う。自身の歯がキィンと軋むような、好ましくない金属音。その音が嫌いなリオトは拒絶反応から顔をしかめると、刀を握る右手から力を抜く。
すると、力をこめて握られていた剣は向かいで拮抗していた力を失い、こめられた力の勢いで刀の刃の上を滑り、剣を握る手、そして手下の体もろともなにかに引っ張られるように下へと落ちていく。その手をさらに上から足で踏みつけるように蹴ってソードを叩き落とすと、リオトは無防備になった手下にとどめの一回転蹴りを見舞う。
「賞金稼ぎ、白阿修羅と、黒狼…」
敵とみなした者を瞬く間に斬り伏せる黒い影は鋭き爪牙を以て獲物を狩る狼の如く。
巨大なる剣を以て神をも斬り裂く白き英姿は剛猛なる阿修羅の如し。
師弟は互いの背中を預け合い、時に個々の実力で、時に見事なコンビネーションで次から次へと手下たちを倒していく。二つ名に負けず劣らずのその勇姿に釘づけになっていたレイグは、一秒たりとも目を離せなかった。
ときに多勢に囲まれても、二人はいとも簡単に切り抜け片付けてしまう。おかげで周囲には半殺しにされた手下たちの屍の山―実際に死んではいないが―ができていく。
確かに手下たちには手負いの状態という名のハンデがついている。それでも、この結果は二人が強いゆえであると、少なくともレイグにはそう思えた。二人が弱いなら、手負いといえどこの数にかなうはずがない。
騒ぎを聞きつけ、ほかの手負いの手下たちがすでに扉のないこの部屋の出入り口から加勢に現れるが、二人の強さを目の当たりにし、恐怖して逃げて行く者も現れ始めたため、手下たちの数が一度に大きく膨れ上がることはなかった。
「ラストぉ!」
「ぐああっ!」
メリケンサックを両手にはめた手下の拳撃を避け、むき出しの首に黒魂魄の峰打ちが決まる。ばたりと倒れた手下が完全に気を失ったことを確認し、周囲を見渡す。
死屍累々と化した場で、カイナとリオトは目を合わせると、互いの片づけが終了していることを確認し頷き合う。
「あとは、サル山の大将だけですね」
「そのようだ」
いとも簡単に手下たち全員を伸され、ティラウの顔色がさっきと打って変わって急降下する。
二人に最後の標的と捉えられたティラウはびくりと肩を揺らすと、二人に、周囲で倒れている手下たちに、思い通りにならず劣勢となっているこの状況に舌打ちをし、怒りに歯噛み合わせてをギリギリと鳴らす。
「どいつもこいつも…!」
かなりの怒気を含んだ声で低く呟くと、後ろ手にデスクの上の剣を手に取り鞘から引き抜くと、鞘を脇に放り捨ててカイナへ切りかかる。
「バカにしやがって!!」
言葉とともに振り下ろした剣は呆気なく防がれる。剣を上へ飛ばされ、がら空きの懐に足蹴りが入る。
後ろへ飛ばされると同時に尻餅をついたが、すぐに起き上がろうと動きかけるティラウの首元に黒魂魄の切っ先が構えられる。
「ひっ!?」
「死にたくなければ動くな」
リオトの冷たい声。
みっともない声を出すティラウの右斜め後ろほどに飛ばされた剣が落下し、ガン!と大きな音を立てる。
「殺すと受け取れる額は半減してしまうからな。できることならこれ以上抵抗しないでもらえると助かる」
カイナが自身の身の丈を超える大剣を軽々と肩に担ぐ。
「こういうとき、あいつらいつもタイミングよく出てくるくせに今日は現れませんね。呼び出しますか?」
「そうだな。少し待っていてくれ。再封呪」
エンデューロが光に包まれ、すぅ、と消えていく。再び術を施して粒子化したのだ。カイナは懐から小さく青い結晶石をとりだすと、リオトとティラウに背を向け、二、三歩歩いて二人から少し離れる。
なおも逃走を図ろうとしたのか、ティラウの体がわずかに動いたのを、リオトは見逃さなかった。黒魂魄の切っ先がティラウののど元までの距離を縮め、ティラウは舌打ちをする。
「呼!!」
青い結晶石がカイナの頭上へ放られ、重力に従い落ちてきたところで両の掌にいきおいよく挟まれ、あっけなく砕け散る。パン!という小気味いい音が鳴り、掌を開いておろすと、砕けた青い結晶石の破片が少しの間だけ宙に佇み、やがて青い光を放って破片もろとも消え失せた。
端の壁際にいたレイグには奥にいるカイナとリオトの会話を聞きとれなかったが、手下たちはみんな倒したし、もう出て行っても大丈夫だろうと立ち上がる。
同時に、ティラウから目を離していたリオトの耳に背後からの物音が届く。カラ、金属が床と軽く擦れ合うような音。
「あ、リオトさん後ろ!」
レイグの焦った声とほぼ同時に、背後で何が起こったのかを悟ったリオトは素早く振り返る。そこには、手放したはずの剣を振りかざす、一か八かの賭けへとでる追い詰められた人間の目をしたティラウ。
「甘えぜクソガキがあああああっ!!!!」
おそらく彼女は油断していたのだろう。従えていた手下は全滅、さっきの勝者気取りの威勢の良さは見る影もないその相手は無様に床に手をついて座り込んでおり、左右どちらの手にも武器は無い。
その油断に、ティラウはつけこんだ。背後に剣が落ちていることは、落ちた時の大きな音でわかっていたのだろう。リオトがよそ見をしている間に背後に転がる剣を手探りで掴み、彼女の不意を突いた。リオトは応戦し防御態勢をとるが、不意打ちのためティラウの攻撃のほうが早い。
自分の失態であるなら腕だろうが何だろうが一発ぐらいはどこでもくれてやる。 痛みを覚悟し、リオトは右手の刀とともに左腕も一緒に前へ出し目を閉じる。しかし、いつまでたっても痛みも衝撃も来ない。
恐る恐る、リオトは目を開ける。しかし、視界に映ったのはティラウの姿ではなく、
「師匠!?」
白髪を揺らして、ゆっくりとカイナが振り返る。その肩ごしに見えたティラウの表情は、驚愕と焦り、それから恐怖に満ちていた。
「戦闘中はいつなんどきも、例え戦いが終わっても気を抜くな。一番最初にそうきつく教えたはずだが?」
いつもよりも冷たくて、低くて、わずかに怒気を感じられる声色だった。紅の瞳にも普段の穏やかな光はどこにも感じられず、睨みつけるようにリオトを見下ろす。
返す言葉もないリオトは今のカイナに対する少しの恐怖と、突きつけられて気が付いた自身の未熟さにわずかに肩を揺らし顔を伏せる。
「申し訳ありません…」
悔しさが刀を握ったままの右手に力をこめさせる。
心底反省し悔いているときのリオトのいつもの落ち込みモードに表情を戻して微笑みつつ、ティラウの右手首を力強く握って制したまま、カイナは空いている右手でリオトの頭を撫でてやる。
「それにしても、この状況下でまだ足掻くとは、もはや執念だな」
リオトの頭から手を下ろし、カイナはティラウに向きなおる。徐々に力をこめて手首をひねれば、ティラウは痛みに顔をしかめ、力の抜けた右手から剣が滑り落ちる。
「ぐぁっ!!」
首に手刀を打ち込み、意識を奪う。ティラウを床へ寝かせると、未だ俯いたままのリオトへ歩み寄る。そして、リオトの長い前髪を左手でかき上げ、右手を構える。
「いっ!!?」
不意打ちの痛みに悲鳴を上げると、リオトは痛みが発生した額を押さえてその場にうずくまる。右手は刀を持ったままなので押さえているのは左手のみ。
カイナがしたのはいつぞやと同じデコピンだが、タチが悪いことに今回は普通のデコピンではない。詠力をこめて威力を倍増させたもので、通常のものよりも相当痛い。リオトはとりあえず黒魂魄を鞘へ収め、額を両手で押さえつつ顔を上げてカイナを睨む。
「仕置きだ」
なぜか心の底から楽しそうな微笑みがウインク付きで返ってきた。ちょっと殴りたい衝動に駆られる。なにが仕置きだこのドS師匠め。
「レイグ、もういいぞ」
「あ、はい!」
周囲に転がり、あるいは積み重なった手下たちの屍を踏まないように避けつつ、二人の元へレイグが歩み寄る。
「呼んだね任せてデ・デ・デ・デェーン!!!」
突如、ピンク色の煙がボフンッ!と小規模な爆音とともに湧きち、それにまざって小さな真四角の紙と長細い紙吹雪がリオトやカイナ、レイグの体に飛び散る。
「やーやーやー、どちらさんか思おたら師弟コンビのカイナはんとリオトはんやないですか!」
煙が晴れ、やがて姿を現したのは、焦げ茶色の髪に細長いキツネ目の三十代中ごろの男。リオトよりも十センチほど高い身体に大きなローブを纏っている。
「それで、今日はどないしはりました?」
細い目をさらに細めて、独特のイントネーションと口調で問いかける。
「賞金首の捕獲報告だ。タナトス」
カイナが答えると、タナトスは大きく腕を振って返す。
「おぉそれはそれは! 毎度ご苦労さんです! で、賞金首はどこでっか?」
「こちらの金髪の男性ですね?」




