拾参
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まるで嵐のように目まぐるしく流れていく状況に成すすべもなく、なにかを成す間も無く流されてしまったセリルは、気づけば顔も名前も知らない人間たちと、覚えのない場所まで来ていた。
抱えられていた体をようやく降ろしてもらえたし、彼女たちからそれほど悪意が感じられないのはいいがとても心から安心できる状況ではなくて、セリルは不安になる心の内を必死に落ち着かせようとするように、両手で胸を押さえ、目の前の人物たちから距離をとった。
「…………。あの魔物、追ってくる気配はないな……。岩の瓦礫に埋もれてくたばったのか……?」
リオトは岩壁の影からそっと周囲の様子を伺うが、目に止まるのは個体で、あるいは群れで辺りを回遊する魚達ぐらいで、あたりは静かなものだった。
「はぁ……、そりゃあ大歓迎だけど、これからどうすんだ……?」
隣に座り込んで一息つきながら、アシュレイとイリアスがリオトを見やる。
「もちろん調査続行だ。でもその前に……」
向けられた目に、セリルは怯えるように身を震わせた。やむを得なかったとはいえ半ば誘拐に近い形で連れてきてしまっているのだ。無理もない。
「大丈夫、なにもしないよ。無理に連れてきたことは謝る。オレはリオト。こっちはアシュレイと、イリアス」
リオトを真ん中に、隣にいるアシュレイはフレンドリーに右手を二、三度振り、反対側にはいるイリアスはにこやかに笑いかけた。
その名を聞いたのは初めてではない。セリルは目を丸くし、少々興奮した様子で身を前のめりにさせて口を開く。
「も、もしかしてお二人は、カイナさんのお知り合いではありませんか……!?」
まだ一度もカイナに会っていなかったなら、きっと詰め寄って彼のことを聞いただろう。しかし、今のリオトはまるで聞きたくなかったというように顔を歪ませるのみだった。
なにがあったかを知るはずもないセリルはリオトの隠すことのない嫌がり様にしくじってしまったのかと口をつぐんで慌てだす。
「あ、ご、ごめんなさ───!!」
「あの人から聞いたのか」
しまった。取るべき言動を間違えたと慌てるセリルの謝罪を遮って、リオトが口を挟んだ。
「え……?」
「オレ達のことを、あの人がキミに話したのか」
肯定か否定かのどちらかだけを答えろと声色が語っていた。
返事を言葉にする間も惜しむように、こくこくと、セリルが急いで首を何度も縦に振って答える。それを見たリオトの口元は安堵したように笑っていたが、口の端は安堵を通り越して怒りに震え、眉間には深いシワが寄る。
「へぇ、そう……。そういうこと……」
「ってーことはつまり……」
理解したアシュレイの顔が青ざめる。
彼は始めから正気でいた。こちらを殺さんとする勢いで襲いかかってきたアレは、全て演技だったということ。
どうしてそんなことをしたのか。彼なりの考えがあったのかもしれないが、とりあえず、このあと合流したら一発は覚悟してもらおう。
「ところで、名前を聞いてもいいかな?」
「あ、はい。セリルです」
セリル。祭壇にあった棺桶に刻まれていたものと同じ名をした少女が、目の前にいる。
リオトとアシュレイがギョッと目を剥き、およそ、一分弱の沈黙。
「……もしかして、キミが《セリル・リュネルノ・トレストラー》……?」
青い顔をしたリオトがおそるおそる訊ねる。
「そう、ですけど……」
単純にようやく探し人を見つけ出したというよりは、信じられないものを目撃し驚愕しているといった様子の二人を、セリルは怪訝な顔つきで見返す。
すると、アシュレイがリオトの腕を掴んで一緒に後ろを向き、死人のような顔色で小声で詰め寄ってきた。
「どーすんだよ一番ヤバイの連れてきちまってんじゃねーか!!」
「あのときはごたついてたしまさかここに本人がいるなんて思わねーだろ!」
仮に彼女が幽霊だとしても、彼女から黒い気配や術の気配は感じない。
それに人間にせよ幽霊にせよ、話が出来る存在に出会えたのは正直願ってもない幸運だ。これで情報収集が捗るはず。
アシュレイとの会話を止めたリオトが振り返るが、先に口を開いたのはセリルだった。
「あの、お願いがあります……!」
ただの子供の小さな頼みではないことは彼女の改まった言葉遣いと表情から読み取ることが出来た。リオトは先を促す。
「カイナさんにもお願いしたんですけど、私の父をとめていただきたいんです……。本来外の世界の人間であるはずのあなた方が今ここにいる理由は、きっと私の父、ハインハイトにあります。あの人を止めれば、おそらくみなさんは元の世界へ帰ることができると思います………」
この世界が一筋縄ではいかないことは既に知っている。
突然目の前に突き出されたヒントを鵜呑みにしていいものかと、リオトはイリアスに目をやる。
すると、彼女はこくりと頷いた。次いでアシュレイにも目を向けると、彼もまた同様に首を縦に振った。
どのみち最初に出会ったイリアスを既に信用してしまっているのだ。まだ出会ったばかりだからとセリルの話を疑うのは今さらだろう。
「君から話を聞いた師匠はなにか言ってた?」
「必ず止めてくださると、約束してくださいました」
つまり、カイナは彼女の話を信じた。
彼とて子供の言うことならほいほいとなんでも聞き入れるわけではない。彼の中で、セリルの話が本当であると信じるに足るなにかがあったのだろう。なら、こちらが彼女を疑う理由は無い。
「君が知っていること、師匠に話したことを聞かせてくれるかな……?」
「はい」
少し長くなりますが、と断って、話すべきことの順序を一度心の中で整理したあと、セリルは静かに息を吸った。
「この辺りは、自然災害によって水没するまでは元々陸の上にありました」
大陸の西南端にあったその地域一帯はトレストラー領と呼ばれ、代々父方の家系であるトレストラー家が治める領地だった。
それほど広くはない領土のなかで、明朗な領民たちはお互いに支え合い、助け合いながら平和な日々を送っていた。魔物が出たことも何度かあったが、生活が困窮するほどの被害が出たこともなく、毎日が笑顔と笑い声に溢れていた。
しかしそんなトレストラー領には、古い伝承にまつわるある風習があった。
遥か昔、祠に祀られていた海神が宿るとされる宝玉を盗んだことにより、村に災いを招いた双子を海神の怒りを沈めるために贄として海に沈めたという伝承に倣い、領内において居住するそれぞれの家門に双子が生まれ落ちたならば、それらの性を問わず、身分を問わず、天命を問わず、十と五度目の誕辰を迎える日、月が水鏡にその身を映す夜さりに、海神への贄とすること。
「その風習は、もちろん領家も例外ではありませんでした。十五歳になったあの日、領家の当主だった父のもとに生まれた私と、双子の妹であるエリルは風習に従い、海神への生贄として捧げられ、そして死にました」




