序:それは、頼りなくも力強い、
霞んだ視界に、きらきらと光る温かな光が見えて、気づけば、縋るように手が伸びていた。
やせ細った腕も体も泥だらけで、それでもその光に近づきたくて、必死に手を伸ばす。
そして伸ばした手が不意に強く引き寄せられて、同時に、霞んでいたはずの視界が一重の波紋とともに晴れわたった。
「では私の弟子になるにあたり、まずは名前を決めなくてはな」
頭上から、優しい声が振ってくる。
ゆっくりと顔を上げると、温かい光を宿した紅と目が合う。
それの髪が砂埃で汚れているのも構わず、大きな手でそれの頭を撫でながら彼は顎に手を添えてしばらく宙を凝視したあと、再びそれに目を向ける。
「───。───はどうだ?」
名前。居場所。どちらも、それには無かったもの。自分には手に入らないと、ならばいっそ必要無いとさえ思っていたもの。
心の中でゆっくりと反芻して、こみ上げる嬉しさを表すようにそれが笑うと、つられるように彼も笑った。
「これからよろしく頼む。───」
「はい! 師匠!」
名は無く、中身もからっぽで存在自体が虚ろなこの身を、まるで幽霊みたいだと思い続けてきたそれはこのとき、彼が呼んだその名前を持った、自身という存在が初めてこの世に生まれたように思えた。
そして決めたのだ。彼の傍で生きていくことを。
これが───という存在の、そして遥かなる旅路へと踏み出す、最初の一歩だ。