第7話 ぶらり街歩き4
さて、次に二人が向かったのは服の並ぶ区域であった。
「ハルヤ、君は着替えを持ってないだろう? だから新しい服をここで買おうと思うのだが」
そう言われてみれば晴矢の服装はこの世界に来た時のままーー白いシャツにジーンズ、上にチェックのジャケットを羽織った格好のままであった。
「いいですけど、俺は服を選ぶセンスはないんで選んでもらえませんか?」
「困ったな、実は私もなんだ」
晴矢は自分の事を棚に上げて、女性で服装のセンスがないというのは致命的ではないかなどと失礼な事を考えていたが、そんな晴矢の考えに気づかないアリシアは店員を呼び晴矢のコーディネートを頼んだ。
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
数分後、晴矢は店員のなすがままに服を着替えさせられていた。
「この服なんてどうでしょう?」
「この服でしたら、この服と合わせるのがいいですよ」
などなど、店員の言われるがまま服を着替えていた晴矢はくたくたになりながら、試着室の奥から出てきた。
最終的に晴矢が選んだ服は、店員に勧められた定番の服装だというダークブルーのシャツの上に濃赤色のカーディガンを羽織り、下にはゆったりとしたジャージのような黒いズボンを履いた格好であった。
「おお、似合ってるじゃないか」
「はい、すごく良くお似合いですよ」
アリシアも店員も絶賛するが、果たしてこれが本当にこの世界では当たり前なのか不安に感じる晴矢であった。
「本当に似合ってます?」
「ああ、すごく似合ってるぞ」
「はい、似合ってますよ」
と、二人の女性から言われ仕方なく納得した。
「それじゃあこんな感じの服を何着かお願いします」
「はい、分かりました。その服は着ていかれますか?」
「そうします」
そんな会話をしている間にアリシアは今までにこの店で購入した物の会計を済ませていた。
アリシアが領収書を見たときに一瞬顔をしかめたのを見逃さなかった晴矢は幾ら払ったのかを聞くまいと心に誓ったのである。
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
さすがに昼から歩き回って疲れた二人は喫茶店で一休みすることとなった。
「ここは私の行きつけの店なんだ」
そう言って入っていったのは大通りから少し外れた、『スプリングサン』と書かれた看板の掛かっている小さな店だった。
店に入るとカウンターに立っていた中年の男が声をかけてきた。
「いらっしゃい、おや? アリシアちゃんじゃないか。そちらの彼は?」
「こいつはハルヤ、まあ私の知り合いといったところだ。それよりマスター、いい加減ちゃん付けは止めてくれないか」
「まあまあ、良いじゃないかそんなことは」
そう言いながら二人はカウンター席に並んで座った。
二人が座ったのを確認したマスターと呼ばれる男性は晴矢に視線を向けた。
「ようこそ『スプリングサン』へ。今後とも贔屓にしてくれよな、ハルヤ君」
「は、はい」
いきなり入った店で贔屓にしてくれと言われ戸惑う晴矢であった。
そんな晴矢に助け船を出すかのようにアリシアが声をかけた。
「ところでハルヤ、コーヒーは飲めるか?」
アリシアの質問に晴矢は頷いた。
「そうか、それは良かった。ここのコーヒーは美味しいんだよ。マスターいつもの二つね」
「はいよ、ちょっと待ってな」
そう言ってマスターは店の奥に引っ込んでいった。
「なあ、ハルヤ」
「何ですか?」
「君はこれからどうするんだ?」
「どうしましょうか?」
「質問に質問で返されてもな……」
そう言ってアリシアは苦笑いを浮かべた。
そして、ハルヤさえ良ければだが、と前置きして話し始めた。
「本当のことを言うと、私は君に冒険者としてダンジョンに入って欲しいと思っている。もちろん命の危険があることは十分承知だ。だけど、君の武器に対する適正は決して低くはない、それこそこの辺りにあるダンジョンぐらいであれば十分通用するぐらいにはな」
「ちょっと待ってください。急にどうしたんですか?」
「すまない、少し焦ってしまったな」
そう言ってまたアリシアは苦笑いを浮かべた。
「昔、私には祖父がいたんだがな、祖父は研究者でありながら、ダンジョンにも何度も入る実力派を持っていた人だったんだ。そしてダンジョンの中での犠牲を少しでも減らすようにと発明した測定器がハルヤが朝に使ったあれだよ。まあそれだけじゃないんだが、私はそんな祖父に憧れて研究者の道に進んだんだ。だけど私には力がなかった。戦闘に関する適正がほとんどなかったんだ。だから……」
「だから、連れてってください、ですか?」
「君を勝手に連れて来て、こんなこと頼める立場ではないのは分かっている」
「分かりました、少し考えさせてください。それとアリシアさんに召喚された事は気にしてませんから大丈夫ですよ。長年の願いが叶ったからでしょうか、不思議と元の世界に執着心が湧いてこないんですよ」
「ふっ……召喚か……君は中々面白い例えをするね」
「事実ですからね」
そう言って二人はどちらからともなく笑い出した。
そこにコーヒーカップを二つ持ったマスターがやって来た。
「おや? 二人揃って惚気話かい?もしかしてお邪魔だったかな?」
「ち、違う! そもそもこいつとは昨日であったばかりで……」
「そう言いながら顔が真っ赤だぜ」
マスターに指摘されさらに顔を赤くさせたアリシアであった。
そして、マスターは晴矢の方を向き言った。
「それはそうと、これがうちのコーヒーだ。ゆっくり味わって飲んでくれ」
「それじゃあいただきます」
二人がコーヒーに口をつけて暫くして、マスターが尋ねてきた。
「ところでハルヤ君、君はどこからきたんだ?」
マスターの突然の問いかけに二人は思わず目を見開いた。
「なぜ……そう……思った?」
アリシアが途切れ途切れに尋ねた。
「眼の色だ、黒い眼なんて俺は見たことが無い。少なくとも俺が旅した四つの国の中では、な」
「そうか、分かった。今から話すことはなるべく内密に頼む」
そう言って、アリシアはこの二日間のことを話した。
「成る程……突然現れた……か……」
そう言ってマスターは考え込んでしまった。
「あの……マスター?」
堪らなくなって晴矢は声をかけた。
「ん? ああ、すまないな。とりあえずハルヤ君、その眼は見る人が見れば必ず気付くほど珍しいということを頭に入れておいてくれ」
晴矢は黙って頷いた。
「成る程それであいつは気付いたのか……」
「あいつ? 誰ですか?」
「ガルシアだよ」
「全くアリシアちゃんは……この街のギルドマスターを呼び捨てにできるのは君ぐらいのもんだよ……」
そう言ってマスターは呆れ気味にため息をついた。
「ま、そういう事だハルヤ君。中にはその眼を快く思わない人もいるかもしれないからね。十分気をつけるんだよ」
晴矢はまた頷いた。
「それとアリシアちゃん、ハルヤ君をしっかり支えてやるんだよ」
「んなぁ?まだ会って二日だぞ、二日! そんな恋人みたいなことができるか!」
「恋人って……そういう意味じゃないんだがな、まあいいや。ハルヤ君困った時はアリシアちゃんか私に頼ったらいい。いつでもこの店に来てくれ」
「ふぅ……全く。ハルヤ、そろそろ出ようか」
そう言ってアリシアは会計を済ませ店の外に出た。
街の陽はゆっくり傾きだし、二人の影は少しづつ大きくなり始めていた。
お読み頂きありがとうございます
次回は1月31日19時に投稿します