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モザイク  作者:
第4章
13/31



 文化祭が始まった。校内は浮足だった明るい空気で満ちている。小うるさい先生達も、この期間はかなりのことを大目に見て目をつぶっている。

 一日目は全校生徒、それに外部の一般客が全員大講堂に入り舞台発表が続く。

 本番直前、智樹達のクラスは前の舞台の間に準備用の教室に入って慌ただしく準備をする。ここまで来て尻込みする男子達はことごとく女子に一喝される。

「先生!今さら逃げないで下さい!ナレーションにしたから衣装だって地味にしたんですから!」

 腰に手を当てて佳奈が怒鳴る。首をすくめて振り返った高原は顔をしかめて観念したように手を伸ばして衣装を受け取った。地味と言ったってこれはないだろうと思う。体の線にぴったり合った黒い、飾り気のないドレスなのだ。最初は王妃役を振り当てられそうになっていたのを考えればこれでもましなのだろうが。

 しぶしぶ袖を通しながら情けなくなってくる。職員たちの今にも吹き出しそうな励ましを思い出しながら、ため息をついた。

 その高原に智樹が歩み寄る。既に最初の灰かぶりの衣装になり、ウィッグをつけていた。膝丈のスカートから出た足に目をやった高原は、思わず智樹の顔を見た。先日の衣装合わせで智樹にかみそりを渡されそうになったのを思い出す。

「お前、開き直ったなぁ……」

「先生、何言ってんですか。トモのそれは天然。体育の時に見てるじゃないですか」

 紗帆が他の男子に衣装を着せながら振り返りもせずに言う。智樹は顔をしかめながら高原の前に行く。気づかれないようにその手に折り畳んだ紙を握り込ませた。

 身近に女装した智樹に近寄られて思わずどぎまぎしながら、高原はやってられないと思う。何で女装した男子生徒に狼狽えなければいけないんだ。

「先生、最後のシーンの後、これ付け足しです」

 高原の耳元にそう言うと智樹は何事もなかったように紗帆の方に行く。

 その向こうで佳奈が叫んだ。

「紗帆!ダメ!」

 ビクッとして紗帆は手を止めて振り返る。衣装を着せた後そのままメイクをしようとしていたのだ。

「紗帆はメイクできないんだから他のに衣装着せてて。自分のメイクもしちゃダメだよ」

「は~い」

 がっかりしたように言いながら紗帆は衣装を一人で着ようとしてすっかりからんでしまっている他の男子の方に行く。

「紗帆!そこ終わったらこっちも手伝ってくれ!」

「はいはい」

 本番が迫って切羽詰まれば男子も腹が据わる。女子はてんてこまいで衣装の気付けとメイクをするのに走り回っていた。最初から出番のある女子は自分の仕度をし始める。

 途中で衣装の早変わりが何度も出てくるが、その練習を重ねたおかげでその手際はいい。



 智樹達のクラスの本番が始まると、客席は幕が上がるのをじっと待つ。噂はしっかり広まっていた。

 幕が上がる前に舞台袖にマイクを持って担任の高原が姿を現す。その途端、会場は割れるような笑いに包まれた。手を叩いて笑っている。拍手で迎えているのか、笑いの付属品なのか分かったものではない。

 その笑いを一身に受け、半分やけの開き直りに至った高原は静まるのを待ってから口を開いた。

 幕が開き、灰かぶりの格好をした智樹が舞台の中央にいる。冷やかすような口笛が飛び交う中開いた舞台は、智樹の姿が目に入った途端に一瞬水を打ったように静まり返った。

 が、継母や姉たちが出てくるとまた笑いが巻き起こる。後はそのまま順調に舞台は進んでいった。

 舞台裏では順番に裏方になる女子達が次の衣装早変わりのための衣装を手にして待ち受けている。最初のかぐや姫の衣装は、最初から着物を重ねておいて、智樹がそのまま袖を通して一枚内側で紐で簡単に縛ることでごまかすことになっていた。衣装の早変わりは全てそのような感じだ。

 一番の見せ場でもあり、一番の緊張の場所でもあるそれを一つ成功させるごとに裏で囁くように歓声を上げながら智樹を送り出す。早変わりで客席が沸けば、してやったりと舞台裏では顔を見合わせてガッツポーズをしている。

 舞台上にいるのは女子の方が短いが、舞台の上に立ってしまえばどっちも真面目に取り組んでいる。準備に苦労した分、思い入れも強い。完全に観客を惹きつけ、最後のシーンに来た。

 智樹が白雪姫になり、白雪姫の王子と結ばれたのでおっちょこちょいの魔法使いはこれでめでたしとそれですませてしまう。結婚式のシーンで劇は終わるはずだった。



 しかしそこに、あらかじめ智樹と洋平と打ち合わせていた出遅れた魔法使いが飛び込んでくる。何も知らされていない女生徒が呆気にとられる中、関係のある者から聞いていた男子はそれをしっかり演技で迎え入れた。

「待ちなさい、シンデレラ!あなたの相手はその王子ではないよ」

 智樹は内心やった、と歓声を上げながら振り返る。横に立つ王子役の女生徒は戸惑いの目で振り返った。

「シンデレラ、あなたが行こうとした舞踏会で王子は気に入る姫がおらず、自分の足で探すと旅に出てしまった。そして王子よ、あなたが娶るべき姫は今まさに小人たちに棺に納められようとしている」

 魔法使い役の男子はすっかり乗りに乗っている。生き生きとなりきって台詞を言いきったところで高原がナレーションを挟んだ。

「出遅れた魔法使いはここに来てようやく追いつきました……」

 ナレーションを聞きながら、舞台裏で女子は揃って顔を見合わせる。紗帆と佳奈は顔を見合わせて、なるほど、と頷き合った。これが智樹と洋平が企んでいたことか。

 舞台の上では、舞台袖から洋平が飛び込んできていた。洋平は王子の衣装を着ている。タイツを履き、飾りの多い身軽な服にマントを羽織った軽装の騎士の出で立ちで出て来た洋平は、智樹と目が合う。智樹の足にはガラスの靴が履かれていた。

「あなたがわたしの姫ですね!」

 洋平は言いながら、智樹を自分の方に引き寄せた。そこに高原のナレーションが入る。

「魔法使いの言葉と、新たな王子の出現に白雪姫の王子は慌てて森の中に駆け出した。自分の姫はそこにいると、無言で魔法使いは指さしていた」

 その台詞に背中を押されるように当惑していた王子は舞台袖に引っ込む。それをみ見ながら締めくくりのナレーションを高原がする。

「こうしてシンデレラはめでたく王子様と出会うことができました。そして姫を見つけ出した王子も、無事お嫁様強奪をやり遂げたのです」

 幕が下りる間も高原のナレーションは続く。劇は予想以上の成功で終わった。ただし、舞台の上に残っていた智樹と洋平は、正直舞台裏に戻るのが怖い。



 戻って来た二人を迎え、ナレーションを終えた高原も舞台裏に入る。拍手は続き、文化祭の実行委員が顔をのぞかせた。

「カーテンコールする?」

 と、聞きながら手招きしている。しろって事じゃないか、と思いながら舞台の上に並ぶ。幕が上がり、揃って一礼するとそのまま幕が下りる。



 舞台裏ではまず、男子が歓声を上げた。準備段階では逆だと思っていたが、まず男子が成功に高揚した声を上げている。そこに冷ややかな声が挟まった。

「どういうこと?」

 クラス委員の女子が腕組みをして睨んでいる。うっと言葉に詰まる中、女子は取り囲むように詰め寄った。

 が、その女子の中で紗帆が吹き出した。軽い笑い声をあげる紗帆を女子が睨む。

「紗帆!笑い事じゃないって」

「もしかして紗帆、神屋君から聞いてたの?」

「聞いてない聞いてない」

 言いながら紗帆は佳奈と顔を見合わせる。

「何かやらかしそうだな、とは思ってたけど、まさかこんな事やるとはね。面白かったし成功したんだからいいじゃない」

「にしたって、洋平君のは女装じゃないでしょう。反則だよ」

 白雪姫の王子役で一番被害を被ったとも言える女生徒が半ば諦めたように言う。確かに面白かったことは認めるしかないのだ。

「でもあんな格好も女装と似たもんじゃない。タイツまで履いてくれたし」

 言いながら佳奈は肩をふるわせて笑っている。

 洋平はそれを見ながらボソッと智樹に言った。男子達はいつの間にか女子に囲まれるようにして背筋を伸ばして立っていた。高原もそれに混じっている。

「ほら見ろ、喜ばせただけじゃんか」

「一人だけ女装しない衣装も着れといて何言ってんだ。オレなんて完全におもちゃだぞ」

「……つまり言い出したのは神屋君ね」

 静かに誰かが言った。ごまかすように智樹は笑う。が、それ以上のおとがめはない。

「じゃあまあ、着替えて客席に戻ろうか」

 クラス委員が気を取り直したように不意に言う。それにかえって不安を感じながらも救われた思いで胸をなで下ろした。



 制服に着替えなおしながら紗帆は呆れた目を智樹に向ける。

「ガラスの靴なんて用意してなかったでしょ」

「洋平の衣装と一緒に入ってたんだよ」

 首を傾げて紗帆はああ、と頷いた。

「翼ちゃん?」

「何でばれたんだかなぁ」

「ね。それに女装してないのはトモも一緒だよね」

「紗帆!!」

 首をすくめながら紗帆は衣装を片付けていく。



 着替えて職員席に戻った高原は、家庭科教師に呼び止められた。

「高原先生、あの子達の衣装はどうしたんですか?」

「ああ、全然金はかかってないんですよ。生徒たちと、後は御家族が協力してくれて全部手作りです」

 苦笑いしながら高原は答える。保護者や、得意な生徒に最初は教わって作っていた。聞いて家庭科教師はため息をついた。

「全く、授業だと全然できないのにこういうことがあるとできるんですね」

 恐縮して高原は頭を下げた。それについては否定のしようもない。

 そうしている高原は、職員席に忍び笑いで迎え入れられた。これはしばらく言われるな、と、椅子に座るとやれやれと腕組みをして、舞台に目を向ける。



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