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第八話

 教室で皆が仲良くやっている光景を夢に見てしまった。冬野たち三人と霜山と萩原の二人と月島鹿島ペア。勿論楓も一緒だ。起きた瞬間から感傷に浸る気分で、僕は彼女みたいに外を眺めようとした。眩しい。明るさになれていない時の光を遮ろうとするまぶた。まるで現実までもシャットアウトしようとしているような。こじ開けようとしてもできない。

「おはよう」

 四苦八苦していると、声がかかった。外を眺めるのを諦めて、光を直視しないように顔の向きを調整しつつ答える。

「おはよう」

 照明をつけていないため、部屋の中はすぐに見えるようになる。可愛いぬいぐるみに囲まれた楓がベッドに座っている。薄明かりの中で彼女の黒い髪のみが呼吸をしているように見えた。彼女と一緒にいる兎や熊が生きていないことを強く意識させられ、もうこの世界には楓と僕しかいないのではないか、と考えてしまう。

 ぬいぐるみや植物。それらのおかげで普段は賑やかに感じるはずの部屋は妙にしんとしていて、僕たちの部屋にもいつの間にか予感が充満しているようだった。

 食堂に行く。人はちゃんと厨房にいた。しかし冬野たちはいない。まさかもう。どきりとしたが、最近の彼らとは行動パターンが一致しないことを思い出す。

「なんか落ち着かないね」

 紅茶を飲んでも落ち着かない。そもそも紅茶にそんな効能があるのかどうか。周りがうるさくて集中できないというのは経験があるけれど、静かすぎて気が散ってしまうのは初めてだ。楓は黙ったまま紅茶を飲んでいた。

「おはよう」

 教室には霜山の代わりに萩原がいる。これもまたここ数日で生まれた新しい日常だ。しばらくして月島と鹿島が来る。冬野たちの案に乗らない、と決めたメンバーが来る度に、緊張が強まる。授業が始まる頃になっても空白がありそうで怖かった。

「今日、部活やるんだよな」

「そうだよ。昨日言ったじゃんか。何か予定でもあるのか?」

「無いけど、ちょっと気になって」

 月島たちには知らされていないのだろうか。今日冬野たちがいなくなること。何かをやろうという気分にならない。ベッドに倒れ込んで沈殿していたい。

「そういえば」と萩原が言った。「えっと、あのさ、今日、もしよかったら楓の部屋に泊まりたいんだけど。勿論詩織のとこでもいいんだけど」

「何かあったの?」

 鹿島がそう聞くと、萩原は頷いた。

「あのね、昨日、明日香が帰ってこなかったの。こんなこと初めてで、連絡も無くて、私どうしたらいいかわからなくて。それで一人であの部屋にいるの、凄く怖くて気持ち悪いの。だから」

 話していて不安が急激に押し寄せてきているのがわかった。彼女の顔から一切の余裕が消えて、嘔吐してしまってもおかしくない顔色をしていた。

「いいよね?」

 楓が僕に聞いてくる。彼女も萩原の顔を見てただならぬ状況だと思ったみたいだ。心配している。その証拠に眉が八の字を作りつつあった。

「うん。大丈夫だよ」

「本当?ありがとう」

 萩原は頭を下げた。そして「よかったあ」などと呟くのだが、頭を下げたまま顔を覆ったりしているのが俯いている姿を連想させて、彼女はどんな気持ちでいるのだろうと考えずにはいられなかった。制服の黒いスカートは真っ黒な涙で出来た水溜りのよう。

 冬野たちは教室に来なかった。もうすぐ先生が来るという時間なのに十人以上がまだ来ていない。来ていないメンバーの共通点を考えれば、誰だってそれがどういうことなのかわかる。ここにいる全員が一つの会話も無く、じっと座っている。まるで祈りとはそうするものであるかのようだった。

「おはよう、ございます」

 入ってきた先生の挨拶が驚きで乱れた。先生なら何か知っているかも、という期待がそれで萎んだ。

「どういうことですか?誰か、何か聞いていませんか?」

 誰も答えない。「そうですか」と言い困った様子の先生はしばらく考えて「とりあえず出欠を取ります」と言った。名前が次々に呼ばれていく。名前が読み上げられる度に教室の空気が重くなる。果てには泣き出すメンバーもいた。

 休み時間になると教室は騒がしくなった。さっき泣いていたメンバーのいるグループでは「大丈夫だよ。大丈夫だよ」と言って安心させようとしていたり、一緒に泣いていたりした。他は「もしかしてもう脱出したってことか?」などと言って情報を集めようとしていた。

「やっぱり今日の部活はやらないってことで、いいか?」

 月島がそう言ってきた。

「うん。こんなことになっちゃったら仕方ないね」

 ありがとな、と言って月島は鹿島の隣に戻る。彼女もダメージを受けているようだ。慰めるために月島が体を寄せる。楓はどうだろう。見ると、彼女はいつものように本を読んでいた。平静を装ってくれていて助かった。彼女が外に表れる程動揺していた時、彼女を支えてあげられる自信は無い。僕はどうしよう。

 もしまだいるのなら、冬野の部屋に行けば会えるのかも。

 そう思ったが、行動に移す勇気が無い。会ったところでどうすることもできないだろう。トラブルに巻き込まれたくなければここで

じっとしているのが最善だ。冷たい考えなのかもしれないが、僕には全てを解決する力は無い。注げる量には限界がある。この箱庭がおそらく全世界の子どもを預かっているわけではないのと同じに。なら僕が今やるべきことは。

「大変なことになっちゃったね」

 楓と世間話をすることくらいだろう。楓は本を読むのをやめた。ぱたんと閉じて、会話に応じた。

「そうだね。正直、戸惑ってる」

「だよね。皆動揺してるみたいで、どうしたらいいのやら」

「落ち着くまで余計なことをしないよう気を付けるしかないのかもね」

 楓が何気なく言ったであろう言葉がやけに気になってしまう。

「落ち着いちゃうのかな」

 そう言って、後悔する。揚げ足を取るようなことをしてしまった。僕は気付かぬうちに神経質になっていたのだろうか。気まずい。こちらが「ごめん」と言う前に楓が「そっか」と言った。

「それはそれで寂しいよね」

 先生が来た。時計を見るともう授業の時間だった。素早くというわけにはいかないが、それでも授業を受けるために集団はばらけていく。大多数が席につくのが遅いのと、明らかに人が少なくて先生も戸惑っている。騒がしい中で楓は顔を近付けて、囁いた。

「でも今のままだと苦しいよ」

 確かにそうだ、と思った。痛みを抱えて生きることは美しい。死んだ恋人のことをいつまでも想い続ける姿は人を感動させるものなのだろう。でも苦しい。美しい生き方をするために生きているわけではない。それだけが目的だったら、僕たちはこの箱庭で美しい恋愛を演じているはずだ。痛みが消える時がいつか来る。その時僕はどれだけ温かい人間でいられるのだろうか。授業を受けているこの一瞬にも大事な何かを手放している。そんな感覚があった。

 楓は萩原のことをかなり気にしているみたいで、放課後になってからずっと彼女の傍にいた。部屋に帰ってからもくっ付くようにしている。何か言うわけでもなくただ傍にいるのが楓らしい。萩原に楓を取られたような形になって僕は暇を持て余していた。萩原が羨ましい。

 仕方ない。今の萩原には誰かが傍にいてあげないと。

 嫉妬するのはやめて、ベランダに出る。いつもと違う雰囲気の室内は落ち着かない。空はいつもと変わらない。僕には空が見せる表情の機微なんてわからないから、そう見える。鈍感な世界が優しい。どうしても気になって下の方も見てしまう。どこかに見慣れた頭がうろついていないものか、と探したくなる。

「やっぱいないな」

 呟く。落胆は思ったより少ない。失敗するとどこかでわかっていた。成功していたとしてもここからでは見えない場所にいる可能性もあるわけで、冷たい風がゆっくりと吹いているのは当たり前のことだった。元から何も無かった場所を見ているうちは、僕たちが失ったものについて深く考えなくてよかった。

 いなくなっちゃったんだなあ。

 ただただぼんやりとそう思っていた。太陽が落ちていく。ボールが落ちる様をスローモーションにしたかのようにゆっくりと。赤い空の中で僕の時間も遅くなっているみたいだった。

 部屋の中に入った途端、萩原の姿を見て、実感の針が一本胸に刺さる。そうして平穏の空気が穴から抜けていくのだ。新しい空気を入れて穴を塞ぐ日が来るまで風船は萎んでいく。萩原のそれはもう深刻な状態にある。しかし小さな頃からずっと一緒に暮らしてきた友人の代わりに一体誰がなれるのだろうか。今すぐは無理だ。それでもいつかは。

「おい、いるか?月島だけど、いたら開けてくれ」

 ドアをノックする音と一緒に声。「開けてくる」と言って僕は玄関に向かう。

「どうしたの」

 開けると、月島と一緒に鹿島もいた。僕の質問に鹿島が小声で答える。

「由美のこと心配だから来たんだけど、大丈夫?」

 それに付け足すように月島が「それから夕飯を一緒にどうかっていうことになってな」と言う。こっちは普通の声で。

「ああ、そういうことなら入ってくれば?」

 一応、正直ちょっと大丈夫じゃないっぽいけど、と言っておく。それが効いたのか、二人はどう接したものかといった戸惑いながら楓と由美に会釈した。

 楓はあまり喋るタイプではないし、萩原も何かを語ろうとしない。僕と月島はどう接すればいいかわからず離れてベッドに腰掛けていて、鹿島は戸惑っていた。結果、全員が沈黙していた。鹿島は気まずさをどうにかしようと落ち着けずにいるようだった。僕は最初から何もしてやれないと諦めていたので焦りは無かった。楓の視線はティーカップに注がれていた。

「ね、ねえ、そろそろご飯食べに行こうよ」

 萩原だった。「しんとしてても仕方ないしさ。ね?」と僕たちに言う。楓が即座に「そうしようか」と言い、立ち上がる。決まりだった。

「大丈夫?食欲ある?」と鹿島。「大丈夫大丈夫」と萩原は元気に答えた。どうにか重たい空気が取り払われたようだった。

 いつもは大人しそうな萩原が今晩は相対的に見て活発だった。僕はいくら食べても味覚が霧の中にあったのに彼女は「ちょっと足りないかも」と言っておかわりをしていた。

「なんだ意外と元気じゃん」

 安心した鹿島が柔らかい表情になる。それを受けて「へへへ」と萩原が笑みを見せた。ストレスが溜まっているのだろうか。味はわからないくせに僕もやけに空腹で、おかわりをしてしまった。あまりいい傾向じゃないと感じた。楓はいつもと全く変わらない。彼女が前に口に出した仲間という言葉が頭の中に蘇る。少なからず心は乱れているだろうに、平常を演じているのだ。こう振る舞うのが楓なのだ。

「皆よく食べられるね。私もう無理」

 食べ切れずに残した鹿島と月島。真っ当な反応だろう。彼らの傷心が伝わってきて、安心できる。僕も悲しんでいいのだとわかる。急激に食欲が失われていく。食べられなくなる前に残りを掻き込み、水を飲んでそれらを胃に押し込んだ。少し気持ち悪い。

「やばい。食べ過ぎた」

 そう漏らすと萩原は「私もこれくらいにしておこうかな。なんかまだお腹減ってるけど、食べ過ぎは体に悪いよね」と言った。

 それでは部屋に帰ろうか、というムードになって月島と鹿島は「どうする?」と話し合いを始める。月島が「二人でいたいな」と言ったので彼らは自分たちの部屋に戻ることに決まった。別れ際、鹿島は僕たちに「ありがとね、ちょっと元気出た」と言った。

「それじゃあ、また明日」

 二人はそう言って帰っていった。やはり僕は神経質になっているみたいだ。もう明日には会えない人がいるのに、と思ってしまった。

 洗濯物が届いていた。ドアの傍に紙袋が二つ置かれている。それを見て萩原が「あ、私も取りに行かないと」と言った。彼女は部屋に入らず、だからといって自分の部屋に向かうわけでもなく、ただ僕たちを見ていた。

「一緒に行こうか」

 萩原の目がすがる時のものに完全に切り替わる前に楓が言った。そうした方がいいだろう、と思っていた僕も、紙袋を部屋の中に置いて、萩原に付いていくことにした。彼女の部屋に行けば、霜山の分の服も必ずそこにある。それを見た時、どう励ませばいいのか。考えても答えは出てこない。傍にいることしかできなそうだ。

 案の定、萩原の部屋の前には紙袋が二つあった。萩原が中身を見る。

「こっちが私のだ」

 自分のを抱きかかえると、萩原はすぐに引き返す。置いてけぼりを食らった紙袋が口をぽかんと開けていた。せめて部屋の中に入れてあげたいと思うのだが萩原のカードでないと鍵は開かない。きっと冬野の部屋でも紙袋が三つ、自分を着てくれる人を待っているのだろう。真っ白な廊下。歩き慣れているのだからと目を瞑っていたくなった。

 最初にお風呂に入った萩原が出てこない。人によって差があるとはわかっているが、楓より随分長いこと入っているので、何かあったのではないかと心配になってくる。

「大丈夫かな」

 自殺をしようなんて気になっているのではないか。手首を剃刀などで切って、ということをやる話をいくつか見たことがある。そんなことをされてしまったら。自分の手首に赤い横筋が出来て血がどくどくと流れていくのを想像してしまう。気持ち悪い。吐く程ではなかったが思わず下を向いて口を押さえた。深呼吸をして自分を整える。

「見てくる」

 僕がそんな状態になったせいか、楓は浴室へ向かった。すぐに戻ってくる。

「大丈夫だと思う」

 僕の傍に来てから楓は言った。その頃にはかなり落ち着いていて口から手を離していたのだが、気遣ってくれるのかな、と期待した。しかしそうではなかった。

「由美、泣いてるみたい。だからしばらくは出てこないと思う」

 子どもの成長を見守る親のように小声でそう言うのだった。泣けるのなら大丈夫だろう。気が楽になる。自殺しようという気分になったことは無いが、そこまで追い詰められたら泣くのも難しいだろう。

「そっか。じゃあそっとしておいてあげよう」

「うん」

 それ以上話すことは無かった。いつもならこうなると互いに黙っているのだが、萩原がお風呂から出てくる前に何か話しておかないと、二人で話せる機会がいつ来るかわからなくて、僕は話題を探した。

「本当に」

 皆いなくなっちゃったのかな、と言いかけてやめる。いなくなったのだ。今更計画が中止になってはいまいか。そんな希望を抱くのは現実逃避に近い。

「行っちゃったんだね、皆」

 変換した言葉を出す。

「そうだね」

 それ以上会話が続かなかった。適切な話題が見つけられない。楓と話したいという欲求は出口を探しあぐねていた。それが段々と楓に触れたいという欲望に変質していく。彼女を抱き締めたい。けれど衝動に身を任せるようなことは僕にはできない。自分を必死に抑えていると、萩原が出てきて助かった。

「入ってくるね」

 今度は楓がお風呂場に消える。萩原と二人というのも辛い。これまであまり接点が無かったから何を話せばいいのかわからない。楓の時とはまた違った辛さを感じていると、目を真っ赤にした彼女が「ねえ」と話しかけてきた。

「どうして二人は行かなかったの?」

 数秒考えたが、何も思い付かない。「どうしてだろうね」と答える。

「正直、自分がどうしてここに残ったのか、よくわからないんだよね。理由は色々と思い付くんだけど、どれも決定的な理由じゃないような気がするんだ」

 楓が残ると言ったから残ることにした気もする。きっと失敗すると思ったからというのもある。どうあれ踏み出す勇気が無かったから、と言えばそれが結論であるようにも思う。そういうことを喋ってみるものの心のどこかで納得できずにいて「わからない」に戻ってきてしまう。

「だからさ、冬野みたいに強い意志があって残ろうって決めたわけじゃないんだよね。楓が参加するなら僕も参加しただろうし」

 こっちを選んだのは惰性に似ているのかもしれない。自分の意思で残ると決めたわけではない。そう感じるのだった。

「柿田君は楓のこと好きなの?」

 恋愛感情の方だよ、と念を押される。どちらでも答えは変わらない。

「好きだよ」

 異性を少しずつ意識し始めた時から一緒に住んでいるのだ。どうしても異性として見てしまうし、気にしてしまう。事実同じ境遇の月島と鹿島は付き合っている。

「明日香もそうだったのかな。誰かのことが好きで、それを追いかけたのかな」

「そうなのかもね」

 冬野はこの外にだって異性はいると言っていた。だけど僕たちにとって恋とは選択なのだ。運命の出会いなんて無い。箱庭が全て。当事者にとっては、この中の誰に恋をするか、という問題になる。

「もしそうだったら、羨ましいな」

 そう言ったら、萩原は意外そうな顔をした。僕たちや月島たちは、同居させられることで感情の方向性を決められてしまった。きっと視聴者にとって僕たちの恋愛は、誰と誰をつがいにするか、というゲームなのだろう。それが僕は嫌だった。それを説明すると「そんなこと考えてたんだ」とますます驚かれた。

「だから楓が箱庭の外の人だったらよかったのに、って思ったことがあるよ」

 アニメのようにある日突然空を飛ぶ乗り物に乗って現れて「さあ、外に行こうよ」とかそれらしい台詞を言って連れ出してくれたら、こんな悩みを抱えずにいられたのだ。でも楓はここにいる。そんなこと起こるはずがない、とわかっている今でもたまに夢想する。そうやって誰かが僕と楓を解放してくれはしまいか、と。

「箱庭かあ」

 萩原は「箱庭って最初に言ったの、たぶん私なんだよね」と言った。

「え、そうだったんだ」

 当時のことは全然覚えていない。いつ頃始まったのかもよくわからない。今では、いつの間にか浸透していた、という印象がある。いつの間にか楓のことが好きになっていたのと同じようにきっかけなんて存在しなかったのではないか、と思ってしまうくらいに曖昧な記憶なのだった。

「そんな言葉がぴったりなのかなって思って言ったら、なんか広まっちゃって。嬉しいやら恥ずかしいやらだよ」と言って笑う。そして溜め息の後、萩原の表情は色を失っていく。「もう箱庭って感じじゃなくなっちゃったね」と彼女はかつて自分の口から出た愛称を否定した。

 箱庭。美しい風景を観賞するために作られた小さな世界。ミニチュアの植物や建物などによって作られていくわけだが、ここの場合僕たちがメインの材料となる。三十人で作られた箱庭。そのうち三分の一程が削れてしまえば、残るのは無残な光景。三分の二が残っているとはいえ、意図されずに生まれた土の領域が全てを台無しにする。崩壊だ。

「これからどうなるんだろう」

 さあ、と萩原が言う。崩壊という言葉のイメージと違って穏やかな今に包まれている。突き落とされる風ではないのなら、どのように朽ちていくのか。楓が出てきた後、浴室の中でもずっとそのことを考えていた。

「ねえ、どうやって寝よう」

 そろそろ眠くなってきた、という話になって、萩原がそう言った。

「由美は私のベッドで寝ていいよ。ぬいぐるみがいっぱいある方ね」

「それじゃあ僕はソファで寝るから楓は僕のベッドで」

 そう言ったら楓が即座に「それは駄目」と言った。

「それは駄目って言われても」

 楓をソファで寝かせるわけにはいかない。一緒に寝るわけにも、いかないはずだ。

「私たちは一緒に寝ればいい」

 数秒固まった。次に来たのは焦りとか照れとかだ。大胆発言。しかも第三者に聞かれている。萩原を見ると、手をマスクのようにしながら目を見開いている。興奮によってかきらきらと輝いており、カメラのように一瞬の隙も見逃さない、といった感じの目をしていた。一方、楓。こちらは平然としている。

「僕はそれでもいいんだけども、楓はそれでいいの?」

「それでいいも何もそれが最善かと」

 冬野から借りた可愛い女の子の挿絵がある小説にこんなことを言うキャラがいたな、と思った。無表情のままとんでもないことを言うキャラ。今の楓はそれみたいだった。

「じゃあ、そういうことで」

 演じるのが上手くなってきている。あしながおじさんの手のひらの上で、しかし彼の予定とは全く違う踊りをしている。自由気ままに。それが彼女なりの反抗なのかもしれない。

 本当に一緒に寝ることになった。ベッドや布団が檻のようだ。狭い場所に閉じ込められて、どうしても体は近付く。どう呼吸すればいいのかわからなくなる。楓は布団の中に潜る。そして顔を少しだけ出して言う。

「ねえ、ちょっとこっち来て」

 言われた通り、僕も頭まで布団の中に入る。真っ暗。もしかしてそういう関係になってしまうのだろうか。唇が水分を求め始めた。

「もしかしたら、今もあしながおじさんが見てるのかもね」

 楓の声は小さく、布団の外へは漏れそうになかった。こちらも同じように「そうだね」と囁くように言って応じる。

「たまにはちょっとくらいサービスしてあげるのも悪くないのかも」

 それを言いたかったのか、楓はそう言ってすぐに布団から顔を出した。僕もそれを追って浮上する。これはあくまでファンサービス。そう思うと気が楽になった。楓の寝息はすぐに聞こえてきた。いよいよ楓のことが気になって眠れないという状況は遠のいて、僕も目を閉じた。

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