西野しおり-3-
家には誰も帰ってきていなかった。
お母さんは今日はパートで遅くなる日だ。お父さんは出張で帰ってこない。
「ただいま」
電気のついていない西野家の玄関に小さく,短く声は響いた。
鍵を開けてドアを開くと,わたしを迎えてくれたのは,窓を締め切っているためかこもったほこりっぽい家のにおいと初秋の熱気に暖められた空気だった。
薄暗い玄関から居間の壁まで小さく伸びた闇は、わたしのその一言を吸い込むでもなく、ただ反響させて一度味わうようにしてから、わたしに向かって吐き出した。
誰もいない,返事も返ってこないとわかっているというのに「ただいま」なんて口にするのは言いようのない虚しさがある。
二階にある自分の部屋に上がって,ドアを開ける。
部屋は開け放たれたカーテンからの夕日色で真っ赤に染まっていた。
わたしが幼稚園の時からずっと壁に貼ってある、図画の時間の作品は夕日の鮮血を浴びて醜く笑う怪物のようであった。
かばんを手から滑らせるように力なく床に落とすと,わたしは顔からベットに倒れこんだ。そのまま大きく深呼吸をすると,まくらはシャンプーの香りがした。
「はぁ」
顔をベッドにうずめたままため息をつく。
そうして弛緩した体を置いてけぼりにして,沈んだ目を枕の横のぬいぐるみに向けた。
「そんなつもりじゃなかったんだけどな」
わたしはそうひとりごちて今日の出来事を回想してみる。
朝、幼馴染から問われたこと
「なんでしゃべったり……か」
彼がそういったとき,わたしは何のことであるかすぐにわかった。
言い訳をするわけじゃない。
でも,うれしかったのだ。彼の一番近い友人から,彼との関係を聞かれて。
ことのはじめは,その友人___小泉くんにある。
彼___つかさくんはきづいていないようだったけど,わたしが毎日彼の後ろを離れて登校していること,他人には上面だけはよく見せて生活しているつかさくんが,わたしには素で接していることを小泉君は気づいていた。
わたしはそれまでの小泉くんのことを”快活な”悪く言えば”単純な”人なんだと思っていた。でも,その見識は改めざるをえなかった。
もう一度深くため息をついたあと,うつぶせになっておでこに右腕をのせた。
「勘がよすぎだよ…小泉くん」
……。
「____そりゃな, アイツとは友達だからさ。」
わたしは,暗くなってきた天井に向かって小泉くんのいった言葉をつぶやいた。
わたしは,小泉くんに「なぜ」と問われると昔のことがフラッシュバックするのにまかせてたくさんしゃべった。小さいころの話,今わたしが感じていること。小泉君には迷惑だったかもしれないけど止めることはできなかった。堰を切ったように私の熱っぽい喉からあふれ出した言葉たちを、いやな顔をせずに受けとめてくれるものだから、わたしはつい調子に乗ってたくさん。たくさん。
しゃべり疲れたころ,そんな二言だけの会話をして,いきなり現実の壁にぶつかったような気分になった。
「すごいな…小泉くん」
それはわたしの本心から思ったものであった。
あの自分を閉じてしまった彼のことが,友人だからなんて一言で許容できてしまうなんて。
「すごいよ…」
それは小さな嫉妬心であった。
その言葉はもうすっかり暗くなって電気もついていない部屋にしみこむように消えていった。
______少女は願った。




