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ヘルメス  作者: 捺耶 祭
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日野つかさ-2-


 いつものように始まったなんでもない一時間目。


 教室は陽だまりのように暖かく、窓から流れ込む風は温かみを帯びている。


 この季節のこの時間帯は”過ごしやすい”というよりも生徒たちを眠りへといざなう魔の時間帯であった。


 窓際の生徒たちの大半は寝不足なのか、汗をかきながらも陽だまりの中で寝息を立てていた。


 そんな、生徒たちのやる気が感じられない時間にあたってしまった不運な古典教師は、あきらめたかのように教師としての責務をただ全うしていた。


 「この漢文の要旨を軽くとるなら、井戸から落ちそうになっている赤子を見つけたら

 みつけた本人がどんな悪党でも、走りよって助けに行かなければならない衝動に駆られる。よって、人間は生まれながらにして善であるというものです。これは一般的に性善説として知られ、荀子の性悪説と対比され____ 」


 授業では漢文の猛子の思想を紹介していた。


 あくびをして授業を受ける生徒たちにとって、またはそれを作業のように語る老教師にとってこの偉大な文章がどれだけの価値を持っているのか。


 少なくとも、この思想はつかさに新たな見地を与えていた。


「では、日野君。キミ個人の考えでかまわないのだが、これらの思想について君はどう考える?性善説派かな、それとも性悪説派かな」


それはきちんと授業を聞いているように見える”優等生の”つかさへの期待と眠そうにしている近くの生徒たちへの牽制の意味が込められた古典教師からの質疑であった。


 つかさは動じることなく、先ほど思いついたばかりの考えを口にする。

 本来のつかさならばおもてだって口にしないようなことを。


 「はい。…たしかに、その場にいる人間がひとりだけなのであれば猛子の言うことは正しいのかもしれません。

 

 赤ん坊を救った名誉だとか勇気だとか、後付的な要素ぬきにして足さえあれば誰だって駆け寄るでしょう。しかし、それはその場にいる人間が自身だけであるからともいえませんでしょうか。誰も見ていなければ、失敗しても自分が走りよるのが間に合わなかったせいではないと、そう自分に言い聞かせてそれで済む。ここで、もし状況が赤ん坊の周りには複数の人間がいるなどというものであったらどうでしょう。そこにいる人々すべてが井戸まで走りよるでしょうか。他人が見ているから、もし失敗したら責任が自分に降りかかるとか、自分じゃない誰かがやってくれるはずだとか、そんないいわけをして結局は走りよらない。それに、全員が走りよらなければなおさらです。井戸の上にいた赤ん坊が不運だった と、周りにいた人間の満場一致で解決です」


 「ほほう、なかなか鋭いじゃないか。というと日野君は性悪説派かな?」


 古典教師は面白い話し相手を見つけたと言わんばかりに身を乗り出してつかさに問う。


急に生き生きとし始めた古典教師はまるで、古典文学に出てきそうな謎かけをする意地悪な老人そのものであった。


 「いいえ、人間は生まれつきにして善でも悪でもありません。しかし、おなじくして人間は集団の中では悪であるともいえないでしょうか。個人の性が『善』であるか『悪』などという議論は、結局は日風非番であり観測する立ち位置から無限大に答えを導き出せるのです。一人の人間の生き汚さやエゴを肯定し、安易な『正義』を冠してしまう集団の無知こそが悪なのだと思います」


 ___そう、なぜであろうか。


 オレはそんな人間の汚さの中で生きることが無性に嫌だった。


 つかさは自問する。


 その答えはつかさが一番よく知っていた。


 ___他人を信じられないからである。


 古典教師はつかさの答えを聞くや否やつまらない教科書の解説を放棄し、つかさの答えについてコメントしたり、つかさを見習ってここまで自分で考えられるようにと,ほかの生徒たちに促していた。



 つかさにとって、このように他人とは違う胸のうちを露見するような言動はあまりよい事とはいえなかった。おかしなことを言えば、おかしなやつ扱いをされてしまう。


 そんなつかさがこのような行動に走ったのは、ついさっきのしおりとの出来事が影響していた。 つかさは、苛立つ自身の感情の根源にある「”他人”を信じられない」という思いをその対象に吐露することによってストレスを発散したのだ。


 無論生徒たちのほとんどはうつらうつらと首を揺らしたり伏したりし聞いておらず、


 おきている生徒もつかさの発言を「優等生の深い思慮」といった程度にしか思っていない。


 しかしつかさにとってそれは一番好ましいいことであった。気づいてほしいわけではない。気づかれてしまったら、立場が危うくなる。


 つかさの行為は、車の通らない車道の真ん中を歩くように意味がない。


 しかし無性な興奮を与えるそれと似たような行為であった。



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