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ヘルメス  作者: 捺耶 祭
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古泉 忍-10-


 ジンを追って行き着いた場所は住宅地に中に一区画だけ不自然に取り残された大型の倉庫であった。


 倉庫と言っても、今は誰が所有しているのかもわからないほど朽ち果て、天井のトタンはボロボロに砕けて陽光がさしている。敷地内にも倉庫内部にもタイヤや鉄くずが積み上げられたまま何年も放置されているようで、一言で言えば廃墟であった。


 しかしながらその大きさは学校の体育館ほどもあり、置き捨てられた投棄物も隅に寄せてあるため閉塞感はまったくと言っていいほど感じない。差し込む陽光が薄く照らす倉庫内部はホールのようであった。


 つかさは黒ずみ砕けたコンクリートの床を一歩踏み出す。そしてまた一歩。ジンの目的が何なのかわからないつかさは、必要以上に警戒しながら倉庫の中を進んだ。


「どこにいる!ジン!」


 外界とは一線を格したその空間は健気にもつかさの言葉を反響させる。そのどこを見てもジンはいない。つかさはジンが別のどこかへ行ったとは考えなかった。ジンの目的のひとつはここにつかさ自身を招くことであると、この時点で確信していた。


「ここだ」


 案の定聞こえてきたジンの声はつかさよりも高いところからした。


「…。」


 ジンは倉庫の内周を沿って這うように一周する鉄製の高台の上にいた。緑色の塗装が剥げ落ちて赤いさびが丸出しのその高台は今にもそこが抜けそうである。見渡しても階段がないところを見ると、どうやら梯子か何かで上ったのだろう。どこにあるかはわからなかったが、ただひとつわかったことがジンがこの場所を既に知っているということだ。


「よう」


 ジンはあまりにも軽々しく、笑いながら軽く手を上げる。


「どういうつもりだ」


 つかさはジンのしていることの意味がわからずにいた。自分の記憶を消されると知っていながらつかさと対峙するなどということはいったいどういうことなのか。何度思考をしてみても、まともな答えが出てこない。


「どう、ってよ。いったじゃねえか。俺はお前と話したいだけなんだトモダチのお前と少しでも長くな」


「ふざけるな!お前は俺に狙われているんだぞ?何で逃げない。何で隠れないんだ」


 つかさの心からの咆哮。ジンはやはり笑っている。「つかさ、お前はやっぱりあまちゃんだよ」ジンはそう自分にしか聞こえないくらいに小さくつぶやいて、そしてつかさに泰然と向き合った。


「なあ、お前の願いってもしかして『ひとりになること』じゃないのか」


 ジンは壇上で演説する指導者のように自信と情熱の双眸でつかさを見据える。対するつかさは、このホールのような伽藍堂の観客席をひとり立ち尽くすことしかできない。たしかに、つかさが望んでいるのは『ひとりの世界』だ。「記憶を消すことのできる銃」について既に知っていたジンのことである。その行為が願いをかなえるためであることを知っていてもおかしくはない。それを前提として、ジンはつかさの願いさえも既に読んでいた。つかさは無言でいることが精一杯だった。


 「図星か。」そういった後直後、ジンのつかさに対しての考察ははじまった。


「お前は俺の同類トモダチだ。お前はわからなかっただろうが、俺には友達なんてできたことがないんだ。でも、そんなふうには見えなかっただろ?」


 ジンは大仰に両手を広げて「どうだ?」という時草を取ってみせる。廃墟のような倉庫はつかさのときとは打って変わってジンの大音声を嬉々として反響させているように聞こえた。ジンは続ける。


「なんでかってのがミソだ。俺はむかーしむかしに友達だって思ってたやつに裏切られた。そこから、本当の友達ってヤツを探そうと努力してるわけだ。そこにお前が現れた。お前は誰一人、何一つ信じていなさそうな目で、世界を眺めてた。至極一般の人間なら考えもしないことをイジイジと考えて、人生を遠回りしているそんなふうに見えた。そんなお前が俺に似てると思ったんだ。それでな、お前と友達になろうとしたんだ。いいや、お前とならなれる気がしたんだよ」


「…」


 つかさは笑うでもなく、怒るでもなく、ただジンのことを睨めつけた。


「でもなあ、これが意外と大変で。誰も信じてなかったら、どうやって俺を信じて友達になってもらえばいいんだ?答えは簡単だ。そう、今やってるこれだ。お前の認識自体をひっくり返してやればいいんだ。他人を信じられないって言うお前の認識をひっくり返して、俺がお前を理解してやれることを示す。そうしたら、俺を信じてくれるだろ」


 認識だと?つかさは無言のままジンの言葉に疑問した。


 認識を変えるなどということはつまり、相手のたっている立場を正確に認め、さらに現在の見方を覆すためにそれを否定し新しい見方へと説得するということだ。いかににジンであろうとそんなことができるのだろうか。俺の立っている立場を確認するだけでも、相当な情報量が必要なはずだ。


「『無理だろう』なんて顔して上がるな?じゃあ、はじめるぜ」


 ゆっくりと息を吸い込んで、ジンは話し始めた。


「お前はさ、他人のことが信じられないと思ってんだろ?この世界もぜーんぶ嘘をついているように見える。そうだな?始めてあったころは俺もお前のことをそんな風に思ってた。でもさあ、俺がこれまでお前に感じたのはちょっと違うんだ。いろいろ調べさせてもらったんだが、お前捨てられる前の記憶がないんだってな」


「だったらどうした」


「いや、そこが一番重要なんだ。日野つかさ。お前は捨てられたときのショックで出身も、親も、正確な誕生日もわからないんだろ?しかも、既に物心ついていた年齢にも関わらず、近隣の幼稚園、小学校には『久藤つかさ』なる人間が在籍していた記録はない。保護されるまでの目撃情報は公園の駅前のベンチに座っていた事以外分かっていない。警察の調べで戸籍、行方不明者を照会してもそれらしき人物は当てはまらない。『つかさ』なんて子の過去を知っている人間は誰もいなかった、と。つまりそれは捨てられる直前までの『それまでの自分』がわからないわけだ」


 どこで調べたのかはまったく持ってつかさにはわからなかったが、ジンの言っていることはあたっていた。つかさはパン屋の前で拾われる前の名前以外の記憶が一切ない上、警察の捜索にも『久藤つかさ』なる人間を知っている者は見つからなかった。ジンの言うとおりつかさはそれまでの自分がわからないのだ。



「なにがいいたいんだ?」


「なにって、白々しいな。ここまで言って自分のことがわかんねえってか?お前はさ、他人が信じられないんじゃないだろ?そんな自分が信じられないんだ」


「!」


「自分が何から生まれたのか,何のためにあるのか,なんであるのかわからない。記憶も持たずに、誰からも知られていないお前は、パン屋の前でユキさんに見つけられたときに,いきなり世界に表出したのと同義なんだ。そんなアンノウンだらけの自分自身が信じられないんだろ、お前は。でもさ、自分自身を過剰に疑い続けて生きることはできない。ストレスで死んじまうか、ノイローゼで自殺しちまう。『いきたい』お前はだから自分を信じられないことを他人のせいにしたんだろ」


 そうかもしれない___。


「おまえはお母さんとお父さんが自分を捨てたから、同じ人間である周りの人間も信じられなくなった、なんていうような悲観主義のロマンチストじゃあない。そもそも、お前は自分に親がいるのか?なんてことを悩んでいたんじゃねえか?自分が何者かわからないお前は、年を追うごとに自分を捨てた親に対しての憎悪で他人を信じることができなくなったんじゃねえ。お前は周りの世界を疑うことで自分と同じ『あやふやなもの』にその格をおとしめて、自分の居場所を作ったんだ」


 つかさは自分自身を問いただしていた。なぜならつかさがジンの言葉を聴いて感じていたのは、「なつかしい」という感情であったからだ。ずっと昔にそんなことを考えていたような気がする。そう…ボクは、あの教会で…


「それでどうする?つかさ。だとしてだ、今のお前に記憶を消す意味なんてあるのか?あれほどお前を疑心暗鬼に震わせていたのは"他人"ではなく”自身”だ。お前の願いは未だに『ひとりになること』なのか」


 ジンに指摘されることで、忘却のかなたにあった感情があふれ出そうとしていた。一瞬の逡巡。しかし、それが堰を切ってあふれ出すことはなかった。心のどこかにひっかかってその奔流を塞き止めたのは、つかさ自信では理解し得ない『意地』であったのかもしれない。


「ちがう」


 ちがう。


「?」


「ちがう。ちがう。ちがう、ちがうちがうちがうちがうちがうちがう!!!!!!!お前にいったい何がわかるって言うんだ!」


「認めろ。今のお前の顔は『気がついてしまった』なんて顔をしているようにオレには見える」


「推測で勝手なことを言うな!オレの考えてることがわかるって言うのか?お前の持論は推測に推測を上塗りして成り立った妄言に過ぎない!」


「推測の域をでないっていうなら何でお前は俺の言葉でそんなに動揺してるんだ?」


「…オレは…」


 つかさが煮え入りそうなほど考えて言葉を探している間にジンはどこからか高台の上から降りてきていた。つかさが記憶を消す銃を持っていることには依然変わりはないというのにもかかわらず、臆すことも警戒することもなく胸を張り泰然とつかさのほうに向かってきた。


「なあつかさ。もうそんなこと考えなくていいんじゃないか?」


 ジンはこのときがこの勝負の天王山であると見極めた。無言で目をそらすつかさは銃を持っていることを忘れているかのように、ジンに対してどこかおびえてていた。


「つまらないことなんて考えなくていい。そんな昔のことなんてどうだっていいだろう。俺は捨てられる以前のお前なんて知らない。これから知りようもないだろう。でも、今のお前を知っている。どこまでも思い込みの激しい馬鹿だってことも、他人のことなんてどうでもいいなんていいながら気を遣わずにはいられないアマちゃんだってこともだ。俺はお前の今を理解してやれる。これでたりないって言うならもっと理解してやれるように努力だってする。お前は理解されることで、他人に写った自分の姿を見ることで自分に確証が持てる。俺はお前の友達になりたいんだ!」


つかさの心に深く絡んだ蔓をひとつずつ切っていく。


「…そんなことを言うためにここに呼び寄せたのか?」


「ああ。俺は俺のために、俺という人間を理解してもらうためにここに来た。お前に俺を理解して欲しくてな」


「くだらない!オレはお前など理解しない。お前が今している狂言じみた演説だって何一つ理解できない。こうしている時間が無駄でならない」


銃を再度構える。


「後はお前が手を伸ばすかだ 」


「なに?」


「「ひとりの世界」が必要なくなる手立てだ。付け足すとだな。お前、周りが信じられないんじゃなくて、あやふやな自分を信じてもらえないとあきらめきってたんじゃないのか?」


「!」


「つかさ、迷ってるんだろ」


「黙れ!それ以上何も言うな!」


「おまえ、このまま「ひとり」になることに、今更迷いを感じてるんだ。だから、自分の気持ちが変わらないように焦って、急いでいるんだ」


「黙れといっているだろう! 」


「お前を思ってるからわかるんだ。喧嘩して、言いたいこと言って、 」


「黙れ!!!!」


「次あったら仲直りして、本当の友達だな」


銃を撃たれるその瞬間まで、ジンは清々しく語っていた。すべて言い切って、あとは結果を堂々と待つような余裕が見えた。


 最後にジンはつかさにとっては呪いにも似た言葉をかけたのであった。


 俺は心底願ってるぜ。お前が失敗することを。そういっているように聞こえた。


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