古泉 忍-5-
「なあ、あの娘だれだ?知り合いなのか?つかさ 」
今日の授業のすべてが終了し、ホームルームもさっき終了した。
クラスメイトたちは何かに追い立てられるようにして教室を出て行こうとする。
今日は商店街で納涼祭がある。たくさんの人で賑わう祭りのため、下手をすると電車の混雑に巻き込まれて帰りが遅くなってしまう。そのため、生徒たちは足早に学校をあとにし、教室にはつかさとジンのほかに二~三人しか残らなかった。
いつもの教室の風景、そして今となっては当たり前となるジンの突飛な発言。
「誰のことだ?」
ジンは「おいおい」と冗談めかして笑い、そしてつづけた。
「さっきの英語の時間の前に話してた女の子だよ。なんだ、華奢でけっこうかわいいじゃん」
つかさは、ジンがいったいどこまで前衛的なギャグに走ればそこまでぶっ飛んだことがいえるのかと多少驚きはしたものの、いつもの調子でジンを流す。
「おまえの冗談は面白いのか面白くないのか、オレには分かりかねるが、その意図がまったくオレに伝わっていないのは確かだ。わかりやすく言い直してくれ」
つかさの言葉にジンは眉根を寄せる。ジンはつかさに気取られないように昼休みからずっと確証を持てずにいた事柄の答えを求める。
「つかさはあの娘のことしってんのか?…あの娘、西野しおりだよな」
「そうだ。からかっているのか?」
ジンはいつも見せる人のよさそうな笑顔で「いやいや、なんでもない。あはは、そうだよなー」などといって、話をはぐらかしてしまった。
つかさはそれをいつものことだと聞き流す。そうして、つかさはこの他愛ない会話もこれが最後などだと思った。
感傷に浸っているわけではない。「本当に最後なのか?」と不安にさえ思っていた。
ジンのことだ。オレの考えていていることがお見通しで、なにか記憶を消させないための策謀をめぐらしているのではないかと、疑心暗鬼にもほどがあるような思考に陥っていることに気がつき、そんなことはありえないと自分を嘲笑した。
今から、教室につかさとジンが二人になった瞬間をねらって、何のためらいもなく引き金を引く。つかさの中ではすでにシュミレーションが出来上がっている。ジンには逃げ場はない。
つかさにはジンが逃げる意味さえ思い当たらない。つかさはその期が熟す瞬間を平生の面持ちでうかがっていた。
すると、ジンは思い出したように声を上げた。
「つかさ、俺トイレいってくるわ」
「…!」
つかさの緊張の糸が一瞬緩む小さな衝撃。あまりに差し迫った状況からの転落であったため、危うくつかさはその驚きを顔に出してしまうところであった。
「…そうか。いそげよ」
「ああ」
やはり何かたくらんでいるのだろうか、その思考に至るたびつかさは杞憂だと思うことにした。
教室に残っている生徒の数はつかさと今トイレに言っているジンを除いて4人。ジンが帰ってくるまでにこの四人が全員教室から出てくれれば、つかさは何の気兼ねなしに帰ってきたジンの隙を突いて記憶を消すことができる。
見たところ皆ほぼ帰り支度を済ませ帰路につく準備はほぼ万端といった様子である。いかに男性の用事が短いといえど、彼らが全員教室から出るくらいの時間はあるはずだ。後は期を待つだけ。
ジンがトイレから帰ってくる間の数分間、教室に残る生徒たちが教室を出るであろうあと何分間をつかさはジンのことを邂逅することでつぶした。
初めて銃を手に入れた当時のつかさであれば、結局消え行く繋がりに対して、
いちいち思い出を頭の中で巡らすようなことはしなかったであろう。それが誰であろうとだ。
__邂逅。
自分でもなぜそうしたのかは無意識のものであったが、それはつかさの内面の小さな変化なのかもしれない。といっても、それは自分自身では絶対に認めようとしない、認めることができない変化であることであった。
古泉ジン。知り合って間もない頃、つかさはジンに対して敬語を使って、今の倍以上は仰々しく会話をしていたことを思い出す。
クラスの中心にも溶け込めるノリよさ、女子とも割りと気軽に話せる愛想のよさ、かといって驕らない謙虚な姿勢。詰まるところ、古泉忍はつかさの上面を抽出したような人間性に兄貴肌やら快活さをくわえたような人間性を持った人物なのだと理解していた。
そんな態度を何の繕いもなく、気疲れせずにできることをつかさはうらやましく思うとともに、自然にそのような態度をとってしまうジンをどこか軽蔑していた。
つかさの特異すぎる「他人を信じられない」という主観がそうさせているということは内心理解できていたのだが、他人に自分をそこまで合わせて生きていくなんてまるでこの世界の奴隷みたいだと思ったからである。それが自然にできてしまうなんて、根っからの奴隷じゃないか。
そんなジンになんの前触れもなく一緒に下校しようなどといわれたのはちょうど一年前だったか。
つかさは下校途中いきなり「お前、何でいつもそんなにイラついてんの?」などといわれたのだ。
その瞬間まで、つかさはジンと通学路が一致してしまっているところまで、にこやかに話をあわせなければならないことに内心うんざりしていた。
しかし、その一言を聞いて呼吸を止めてしまうほど驚愕してしまったことを思い出す。
そこから、とうとうと話し始めたジンはつかさが無理に周りに合わせていること、それが苦痛でならないのではないかということ、原因はもしかして他人を信じられないことなんじゃあないかという言うこと当てて見せた。なぜ他人を信じられないかについてはわからないんだよなあなどと、推測の域を出ない自分の自身の意見に、まるで確証があっての上で言及しているジンは、研究が好きでたまらない大学教授のようになぜか楽しそうであった。といっても、ジンのその表情を「たのしんでいる」と認識するほどそのときのつかさに余裕はなかったのであるが。
はじめは認めなかったつかさであったが、どうしようもなくあたっていたのでどうすることもできず、今に至る。
そういえば、ジンの推測が当たっているか否かについては明確な答えを出していなかったことに気がつく。
その答えを出してしまったらきっとジンは確証を踏み台にしてさらに「つかさ」を解き明かしてしまうだろう。
自分を見透かされてしまうというのは、まるで自分が他人の手のひらで踊らされているようであまり気分のよいものではない。この出来事によって、さらに日常が疲れるものになってしまうことをつかさは危惧した。
ただでさえ上面だけをよくしてにこやかに微笑むつかさの仮面を看破されてしまったのだ。
当時のつかさには、ジンとのこれからの関係、クラスメイトにこの事実を吹聴されるのではないかという一抹の不安、あと長くて数分の帰路をどう乗り切るかなどあまたの感情がせめぎあっていた。
結果としてジンは何もしなかった。しかし、誰とでも同じくらいずつ、何の差しさわりもない程度に会話していたつうかさは、一方的にジンから話しかけられるために、必然的にジンと一番話すようになってしまった。
しかし、そうかといってつかさはジンに信頼を置いているわけではなかった。つかさにとって自分自身以外の存在は信用ならない、疑心と偽りの盾に隠れてその動向を慎重に見極めなければならない存在なのである。
邂逅してつかさは思う。なぜ、ジンはオレの内面を知ることができたのか。ほかのクラスメイトとジンの違いはいったいどこにあるのか。
ソレはさしあたって、もう考えなくてもよい事柄であったことに気が付く。もう、ジンとのつながりも消えるのだ。
たくさん書きます。もっとかきます。量をたくさんにしたせいで、内容が文章がボロボロですから、あとで直します。




