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ヘルメス  作者: 捺耶 祭
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古泉 忍-4-

「よう、色男!」


 つかさが教室に入るなり話しかけてきたのは、やはり古泉忍であった。


 「色男」などという死語を何のためらいもなく大声で言うジンはある意味大物である。


 そのジンがにやにやとした顔で自分のほうを見ていることに気がついたつかさは小さく舌打ちをする。どうやら昼休みの一場面を見られていたらしい。


 つまり、つかさが怪しい銃を福森につきつけた場面も見られていたということなのか。つかさは小さく動揺した。


「お前はこう…あれだなあ!俺たちのできないことをやってのけるぅぅぅ。ってやつだな。しびれる、あこがれちまうよ。福森を抱きかかえて運ぶなんてよ!なにがあったんだ?」


 この様子だと、見られたのは福森を保健室に運び込むところだけだったみたいだ。


 つかさはひとまず胸をなでおろした。


「貧血で福森が倒れたんだ。放っておくわけにもにもいかないだろう」


「だからって、お姫様抱っこかよ…ぷぷっ、あっはっははは」


 なにが愉快でジンが爆笑しているのかは理解できなかったが、つかさは不機嫌になった。


「いや…いやいやぶふっ、おまえらしいよ。そういうとこ。さらっとお姫様抱っこしちまうとことかさあ。でも担架とかあんだろ、人を呼ぶとか」


 よく考えると、昼休みも終わりに近づいて廊下から人が居なくなり始めていたとはいえ、福森を運んでいた場面は何人かの生徒に目撃されていた。


 福森の記憶を消すことに成功したため安心しすぎていた。目立ちすぎる行動であったことは認めざるおえない。


 ジンの言葉に対して「それもそうか…」とは思ったが、ここで納得し、同意してしまったら負けな気がした。


 つかさは一度鼻をふっと鳴らして自分の席に着くと、まるで昼休みのことなど気にしていないかのように次の授業の準備をし始めた。


 スクールザックの中を手で探り、まるで整理された本棚から目当ての本を引き抜くみたいにして英語の学習用具を取り出す。そうしてほかの人間には気づかれないように机の影を使ってリストを見る。


 一生徒に大した興味はないのか、記憶に残るほどの印象がなかったからか、先ほど保健室で話をした保健医の佐々木はリストにはなかった。福森を抱えて保健室に移動している際に目撃された生徒もリストにはない。


 むしろあの程度の会話でリストに追加されるようでは、無限にいたちごっこが終わらないため、たまったものではない。


 当初からの懸念が解消されたことに、つかさは小さく安堵した。


 つかさの計画は順調に進んでいた。


 かかわりの薄い人間から短い期間のうちに記憶を消していく。明日までにはクラスの全員の記憶を消せるだろう。


 どうしても教師やかかわりの深い人間は、それだけつかさが日常的に依存せざる終えないため記憶を消すのがあとまわしになってしまう。


 記憶を消すことがやむ得なく後回しになってしまうとはいえ、ジンの記憶は早めに消さなければならない。


 つかさはこの学校で一番近しい存在「古泉忍」に危機感を覚えていた。

 

 昼休みの件といい、ジンが見たという西野とつかさの登校の件といい、あまりに鋭すぎるのだ。


 いや、逆に言うならば、「一緒に登校」していたという自身さえ知り得なかった情報をジンが言うからこそ、そこには「一緒に登校した」と思わせる何かがあったのだと確認できるほどだ。


 どこで見られているのかもわからないし、見透かされているような薄ら寒さまで感じる。


 もとよりつかさはジンのことをただの単純な男としては見ていなかった。単純と他人に見せかけるようにして心のうちにはナイフよりも鋭い見解を持っているのだと確信していた。


 でなければつかさと一緒にいたりはしない。つかさの本性を見抜くことができるわけなどない。


 ジンにはジンの理由があってオレといるのだ。そうであるからなおさら危機感を感じる。


 うぬぼれでもなんでもなくつかさは思うのだ。


 ジンはオレの何かを知りたがっている。今日、遅くても明日の昼までにはジンの記憶を消さなければならない。


 でないといけない、そうつかさは思わされた。


「つかさくん」


 背後からした聞きなれた声につかさは、落ち着いて反応する。リストを静かに閉じて机の中に仕舞い込むと声のするほうに目をやった。


「なんだ?」


「え…えっと」


 体の前で手を組んで小さく身じろぎしているのは西野しおりであった。


 一瞬ジンの方を見て、どこか落ち着かない様子を見せたのは気のせいだろう。


 彼女の姿勢や言動は運動部であるソフトボールの主将であることを感じさせないほど優しく、気弱である。その態度はつかさの前だとさらに際立った。


 ジンはいつものようにつかさの机の後ろでニタついていた。


 つかさにはなぜ話しかけられているのか思い当たる節があった。昼休みに音楽室まで来るようにとしおりに呼び出されていたのだ。しかし、つかさは「別の用事」で行かなかった。


 罪悪感などといったものはつかさの中に一寸たりとも存在していなかった。あるのは、約束を無碍にされたことをわざわざ机の横に立って問いただそうとしているしおりへの苛立ちであった。


「つかさくん。お昼どこいってたの…?」


 申し訳なさ気に言うしおりにつかさはとりつくろわないその態度で言った。


「別の用事があってな。その帰りでおまえの親友が倒れてたんだ。だから保健室まで運んでやった。わるかったな」


 つかさは何の不自然さもなく、ただいつものような調子で嘘を並べた。次の授業まで一分もないというのに周囲はがやがやと騒がしく、生徒たちは昼休みを名残惜しむ。


「そう…」


 ただ一言だけ、しおりはこぼすように言って自分の席に戻ろうとする。


 授業開始の予鈴とともに席に着き、授業道具を手にして準備を始めながら、


「うそつき」


 しおりがそう言ったのはように聞こえたのは、錯覚などではないだろう。


 少なくとも、隣の席のつかさにははっきりと聞こえていた。


 今は聞かなかったことにしよう。


 つかさの頭の中には様々な憶測が渦巻いていたが、今だけは考えないことにした。


 ジンの記憶が最優先だ。


 そう言い聞かせた。


 しかし、ゾクリと背中を走った悪寒は、都合の悪い憶測とともに教師が教室にたどり着いてからもしばらく、つかさに不快な余韻をのこした。



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