古泉 忍-3-
ところで、だ。
俺の周りではちょっとした異変が起こっている。
その俺の記念すべき同類一号がこのごろなぜかおかしい。
まあ、あいつが授業中居眠りするなんてこと自体からしてかなりやばい兆候に違いない。
ちょうど一週間くらい前からであろうか。あいつの雰囲気がすこし変わったように見えるのだ。
クラスの人間はたぶん俺以外気がついてはいないだろう。「クラスメイトたち」はあいつの外側しか見ていない。
このごろのあいつは何か生き生きとしている。
それだけだったらまあ祝福してやりたい。きっといいことでもあったんだろう。
ガリガリ君のあたりがあたったとか、100円拾ったとか。しかしあいつはなぜか危なっかしく見えるのだ。まるで、(極端なことを言うが)自分の魂をすり減らして快楽を求める薬物依存者みたいに、悪い宗教に取り付かれた狂信者みたいに漫然となにかアブナイものに突き進んでいくような蛮勇ともいうべきオーラ(?)を身にまとっている。
あいつが何を思おうと勝手だが、どうにかなっちまうのは非常に困る。
それだけじゃない、あいつがおかしくなるのと同じころからなのだが、クラスの中でおかしな噂が流れ始めている。
もちろん誰が誰と付き合ってるとかいうスキャンダルめいた話ではない。
ニュースには違いないが、それは聞けば聞くほどおかしな噂だった。
「このクラスに転校生が来るらしい」という噂だ。
それも、噂を聞く人間を別にすればその転校生が一人だったり二人だったりする。変な時期に来るものだなとは思ったがこの時点では別段おかしいこととは思ってはいなかった。人の移動が激しくなったこのご時勢だ。転校生の一人や二人学生時代に迎えることがあっても不思議はない。
しかし、どんなやつかということは俺だって気になっていたから、職員室に行ったときに先生に聞いてみたのだ。
「吉田先生。転校生ってどんなやつなんですか? 」
返ってきた言葉は、近日中に来る転校生の存在を確信していた俺にとって少々意外なものだった。
「なにいってるんだ?古泉、冗談言うならもっと楽しいのをたのむ」
ソフトボール顧問、勤続11年、うちのクラスの担任教諭。ガタイもよく身長が180cm近くある俺よりも小指一本分ほど大きい堅物の教師が口角と眉毛を変な形に曲げて怪訝顔をしていた。
まるで頭のおかしい人間を見るような目だ。
「またまた先生。もう噂になってますよ」
「おいおい。本当にそんなやついないって。なんだ?そんな嘘までついて、先生にかまってほしいのか?先生はお前をそんな子に育てた覚えはありませんよ」
育てられた覚えはねえがな。
俺が職員室まで来て冗談を飛ばしながら教師とコミュニケーションをとりたがっている寂しがり屋に見えたのか否かはわからない。
吉田もこちらに合わせて合わせて冗談ぽく言った。
つまりは、だ。何の根も葉もない噂だったってことだった。
しかし、火のないところには煙は立たないという。俺はその噂を教えてもらった本人に話を聞いた。
そいつが知らなくたって、元をたどれば噂の発生源にたどり着くだろうと思ったのだ。
「なあ川原、噂のこと吉田にハナシ聞いたんだけどさ。転校生なんて来ないらしいぜ?」
「マジかよ!おれかわいい娘期待してたのになー」程度の返答だったら俺はここまで考え込んではいない。帰ってきた返事は驚くべきものだった。
「なにいってんだ?もういるじゃんか」
そいつは真顔で、はっきりとそういった。
川原に噂を聞いたのはつい先日だ。HRで転校生の紹介もなしにいきなり教室で授業を受けてたっていうのか?
だったら、この俺が気がつかないはずがないだろう。
俺は背筋が寒くなった。目の前のヤツが何を言っているのか理解できなかった。
しかし、すぐ後にさらに悪寒がするような話を聞くことになる。
「ハハハ…ふざけんなよ。どこに転校生なんているってんだ?」
知り合いの男はひとしきり俺をいぶかしんだ後、教室の奥のほうを指差していった。
「あいつだよ。でも何なんだ?今日だけで同じ質問を4回されたぞ?おまえら僕になんかうらみでもあんのか?いや、まあでもおかしいとは思ってるよ。吉田先生だってあいつのことに触れないし、ほかの先生だってそうだ。クラスにはお前みたいなヤツがたくさんいるし…なんなんだ?ほんとに」
指を指されたやつは自分の机につき、首だけを傾けて教室の外を窓から眺めている…俺のよく知ってるやつだった。
今日、俺は昼休みにそいつに呼び出されている。