西野しおり-1-
カーテンの隙間から、うすく光の帯が差し込む。
部屋を舞うほこりは、差し込んだ光に反射して、まるでスターダストのようにきらきらとしていた。
幻想的ではあるがあまりありがたいとはいえないその帯のなかに手をかざしてみる。
やはり綺麗だ。
こんなものに対しても、何か神聖なものに触れていると感じてしまうじぶんの安っぽい感性を、わたしは嫌いではない。
お酒ですぐ酔ってしまう人然り、百円の文房具しか使わない人然り。自分の満足できる領域が簡単に手の届く場所にあるのは結構便利であるし、なにより経済的だ。
今のわたしは切に願う。こんな時間がいつまでも続いてくれたなら。
____ぬくぬくと暖かい、そして言いようのない脱力感。寝起きで薄く開かれた目の端には、まるで朝露にぬれたように涙がにじんでいた。しかし、そんな幸福の時は往々にして長くは続かないのだ。
ベッドの向こうに置いてある時計を一瞥すると、わたしはむっくりと寝ぼけまなこで体を起こす。
「…っん~~~…朝?……」
わかっていたが認めたくはない。学校に行く準備をしなければならない時間であった。
わたしは煩悩に鞭を打ってベッドから降りたあと、カーテンで閉め切られた窓のほうに歩いていく。
カーテンを開けるといつもどおりの景色と、ちょこんと座ったおまけが目に入ってきた。
「んんーーーーっ…っくーーーー…たはぁ」
体全体を使って伸びをした後に、間の抜けたため息をもらす。一気に緊張させ弛緩させた筋肉はところどころ悲鳴を上げていた。
今は九月の上旬。私の所属するソフトボール部も代替わりの時期が来ていた。
もとより弱小ソフトボール部である我が部は、取り立てて素晴らしい成績も残さないまま、三年生から私たち二年生へと代替わりしたわけだ。
しかし、惰性で成っていたお遊び弱小ソフトボール部に、新しく吉田先生という顧問がついたために、部内のムードは一転。二年生を主軸とした厳しい練習内容へと移行されたのであった。
一学期からできたかわいい後輩たちに示しをつけるためにも、先輩の二年生は弱音を吐くわけにはいかない。
たとえ腹筋痛で朝起きるのがつらくても、ハイタッチの時に手が上がらなくても、階段の上り下りが拷問のような苦痛であったとしてもだ。
…元はといえば、一年生の時から走り込みやら、目立って筋トレやらしたことがない私たちの怠慢が招いた結果であるともいえるが…。
カーテンを開いた先に鎮座していたおまけは、猫であった。
お隣のテラスに三毛猫がのんびりと座していたのだ。
「…にゃー…」
私は近くにだれもいないのを理解しつつも、窓の外にちいさく声をかける。
猫に話しかけてるなんてメルヘンなところみられてしまったら、なんというか…きっと誤解されてしまう。
そうか!寝ぼけてたんだって言い訳すればいいのか!
などと無駄なことを考えつつ朝の貴重な時間は過ぎてゆく。
声をかけられて、目が合った後でもネコはにげずに、眠そうな体を横たえて訝かしむような視線をこちらに送ってくる。
もちろん、わたしだって返事が返ってくることを期待したわけではない。そして、誰にも媚びない猫のその姿勢こそ好きであった。
しかし疑問に思ったことがあった。お隣さんは動物嫌いだった気がする。二階のテラスに猫。飼っているわけではないならどこからのぼったんだろうか?
そんなふと湧いた疑問をよそに、すこしだけ開けていた窓からそよと吹いた風は、もう秋らしいというか残暑の熱風ともまた違うこれからじょじょに寒くなっていく予感をはらんでいた。
「しおりー。ごはんよー起きてるのー? 」
階段の下から、二階の私の部屋に向かってかかる声。キッチンのほうからであろう。お母さんの声が聞こえる。
「はーい。今行きます」
少し乱れていた髪を手櫛でとかし、前髪をピンで留めた後、制服に着替えて朝食へと向かう。
今日はトーストかな。朝の鋭敏な嗅覚が朝食を予見する。でも、朝はご飯でないと力が出ないんだけどな。胸の中で小さな悪態をつく。
でも、正直なわたしのおなかはパンの焼ける芳ばしい香りにきゅるりと鳴いた。




