日野つかさ-12-
その店はつかさが何度も訪れたことのある場所であった。
洒落た外装に古風な店内。
西洋アンティークで落ち着いた雰囲気に飾られたその場所はいかにも高級志向なお菓子屋さんと言った感じであった。
しかし、この店はそんな雰囲気とは打って変わってリーズナブルな値段で手作りのお菓子を提供してくれる庶民的なお店であった。
中でも現在の店長が考案したこの店のシュークリームは百七十円という価格からは思いもつかないような圧倒的なヴォリュームとグレードで店の看板メニューとなっている。
つかさもこの店のシュークリームのファンである。
「つかさ!このごろまったく顔出さないから心配してたのよ。どうしてたの?」
そういって陽気に話しかけてきたには見た目でいえば三十代前半の女性店員____久籐有紀であった。
豊かな赤毛をゆっさりと揺らして腰に手を当てレジのほうから手を振ってくる。
普通であれば店長なり偉い人に注意されそうな行動であるがこの店の中にそんなことをする人間はいない。
なぜなら、テーブルに座る人々は皆ここの常連で有紀を好ましく思っているからであり、今は彼女がこの店の店長であるからだ。
十二年前にアルバイトに就いてからこの地位に上り詰めたと本人は行っている。
アンティークの並ぶ店内には似つかわしくない光景なのかもしれない。
しかし、それがこの店なのだ。
「今日もシュークリーム?」
「はい。相変わらずお元気で何よりです」
「やぁあね。もう年だからってそんな堅苦しい言い方しないの。そうそう、しおりちゃんは?元気してるの?」
「はい。かわりありません」
「そう?いつもは土曜だから、昨日来るはずなんだけど来なくってね」
自分で言うように彼女は今年で四十一歳になる。外見からはまったく四十代には見えない彼女は、幼いころから彼女を知るつかささえ大きな老いを感じさせない。
つかさは彼女に素の自分を出してはいない。
慇懃な口調がそれを物語っていた。しかし、その表情や態度に眼には見えない苛立ちが感じ取られない。
つかさは有紀に対してなぜそのように感じるのかわからなかった。
「お年だなんて。まだお若いです」
なぜ____
「あははは、ほめても何も出ないわよ」
この人のジンと似た性格か。
「いえいえ。お世辞なんかではけしてありませんよ。いつものシュークリーム五個お願いいたします」
なぜ____
「そんじゃーねー。一個サービス!!でも、あんま一気に食べ過ぎちゃだめよ?」
この母や姉にも似た気質か。
「はい、お気遣いに感謝します」
そうかもしれない…。しかし一番古い記憶に彼女がいることが大きな要因なのかも知れない。
つかさは、この店の前で久籐有紀に拾われた。