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ヘルメス  作者: 捺耶 祭
23/45

シスター-7-

 教会に入ると、そこは朝は一変した姿を見せていた。


 ステンドグラスは夕日を浴びて一日の最後を精一杯飾っている。薄暗い教会の中は夕日の赤と対比されてさらにそのグラデーションを増していた。


 ヴァンは朝のほうが良いといたが、夕日に照らされたステンドグラスと言うのも美しいものであるとつかさは思う。


 朝の教会の美しさが期待だとかすがすがしさに形容されるなら、夕暮れの教会は「今日の終わり」だとか「明日への憂い」とかいう郷愁を誘うような美しさがあるのだとつかさは感じた。


 今日が終わるから明日が始まる。明日を憂うから今日がんばる。


 奇麗事のように感じるが、そもそも教会などと言うものはそういったことを教える場なのだ。

 

 彼女はまだそこにいた。


 おそらく今日一日中そうしていたのだろう。すべてを見ていたわけではないがつかさはそう思う。


 つかさはヴァンと一緒に夕日の差し込む門の前に立っていた。


「どうかされましたか?」


 シスターの声。


「今日はなんの行事もありませんよ」


 彼女は背を向けたまま夕日に染まるステンドグラスを見上げていた。


 既知感___そしてこの次は振り向いてつかさのことに気がついて___


 シスターはドアを開けたまま返事も忘れていた無愛想な客人を不審に思い、後ろを振り向いた。


 彼女は言った。


「申し訳ございませんが当協会は一昨日を持って閉園となりました。つきましては最寄の教会を斡旋させていただきますが、いかがしますか」


 シスターの声は優しく、包容力にあふれていた。つい何時間前とまったく変わらない。しかしその記憶に「つかさくん」はいなかった。つかさは目を見開く自分がシスターの記憶にいないショックではない。


「ここは閉鎖…されるんですか…」


「はい、残念ながら。先ほどは『今日は何の行事も』なんて紛らわしいことを言ってすみません。つい癖で。…あなたは…」


 シスターはつかさに目をやる。


「いえ、綺麗なところだと思いまして。通りすがったついでに立ち寄ってみただけです」


「そうですか…。さきほど、と言っても朝のことになりますけどひとりのお客さまがお見えになりました。お客さまといっても知らない方でしたが、その人も同じようなことをおっしゃっておられたので、何かかかわりがあるんじゃないかと思いまして」


 つかさは疑心を覚える。それは俺のことであろうか?強い記憶は消しても消しきれないのだろうか。


 ___そんなことどうだっていい。


 つかさは自分が過去に未練がましくすがっているようで気分が悪くなった。


すがりつくほどすばらしい過去などない。


この疑心はどこか別のところからくるものなのだ。そう…どこか。


 思考が無限へとベクトルを伸ばそうとしたところで、つかさは考えることをやめた。


それは、今を歩む自分には不必要なものでありじゃまあもの以外の何ものでもないと思ったからだ。


「なぜ、ここに立っているのですか」


 つかさは、まとわりつく無意味な思考を振り払うようにしてシスターに疑問を投げかけた。


「えっ?」


 唐突で無理やりな質問であったためかシスターは頭の上に疑問符を浮かべていた。


「いやっ、その…昼に通りかかったときもここに立っていたようでしたので」


 とってつけたような言い訳だった。しかしシスターはそれで納得したようだった。


「あはは、見られていたんですか。お恥ずかしい。実のところ私にもあまりよくわからないのです。朝から立ち退くための準備をしようとしてたんですけど、お客さんがお見えになって、そうしたら…なんででしょうね。ここに立ってステンドグラスを眺めていたくなりました。」


「なんでそんなことを」


「わかりません。…でも待っていたのかもしれません」


「えっ」


 シスターはあたたかな微笑を浮かべてそれを口にした。


「あなたのことを」


 それがどういった意味であるのかつかさにはわからなかった。


 記憶は消えているはずだ。ではこれはどういうことなのか。


「昔、孤児院にある男の子がいたんです。私、記憶力は結構いいほうなんですけどね。その男の名前は忘れちゃいました。 ひどいですよね。その男の子がずっとこうしていたんです。何時もいつもぼーっと一日中。」


 シスターは邂逅をつづける。


「私やほかのシスターが話しかけると必要最低限のことはしてくれました。でも、笑ってはくれませんでしたし、泣くこともしませんでした。ただ彼はそこに在って、『生きて』いただけでした。その男の子を待っていたのかもしれません。そんな気がしました」


「…」


 なぜ待っていたのか。つかさはそこまで深く掘り下げて聞くことができなかった。


 シスターはつかさに微笑みかける。


「あなたは、彼ですか?」


 シスターの目は冗談でも言うかのように朗らかで、こえは優しかった。


 それは聖母に形容されるような全てを包み込む寛容さと言うよりも、身内に見せる優しげな微笑に似ていた。


「人違いです。私には親がいますので」


 つかさは融通の利かない事実だけをひとことはっきりと口にして、シスターの質問の答えとした。


「そうですか」


シスターはもう少し続きます。

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